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【野球人生を振り返って】内山陽斗

36人目は内山陽斗(副将・外野手・天理)です!

野球人生を振り返ると、野球を通じて沢山の経験をさせていただきました。

私の野球人生は、4歳の頃に兄の影響で半ば強制的に始めたソフトボールからスタートしました。当時は早く辞めたいなと思いながら嫌々やっていたのを覚えています。

中学に上がるタイミングで硬式野球を始め、中学3年生の時には、15歳以下の日本代表に選んでいただき、パナマ共和国で開催された世界大会に参加するという大きな経験をさせてもらいました。そこでは、同世代ながらも将来有望な選手たちと出会い、チームメイトには当時すでに最速142キロを投げ込む粋七丞や、他にも現在社会人やプロで活躍している選手が多くいました。私にとって大きな刺激となり、今後に向けての目標をより強く持つきっかけとなりました。

高校は、甲子園を目指して天理高校に進学しました。初めての寮生活や野球漬けの日々がスタートしました。朝から晩まで野球と向き合う環境は想像以上に大変でした。その中で野球の技術だけでなく、人間としての成長を大きく実感することができました。高校の監督から言われて印象に残っている言葉は「人間性がプレーに表れる」ということです。普段の生活態度や取り組み方がそのまま野球のプレーに出るということを言っていました。監督からはプレーのことで注意される事はあまり無かったですが、練習への取り組み方、挨拶や掃除、寮生活などプレー以外の事を指導して頂いたと思います。この考え方は、今でも大切にしていて、私の野球に対する姿勢の根幹になっています。

在学中はコロナウイルスの影響で、練習や試合が思うようにできない日々もありました。その中で一つ上の学年が秋、神宮ベスト4まで勝ち進み選抜出場が確定していたのにも関わらず、選抜大会の中止と夏の甲子園も中止となり、私たちには想像出来ないような苦しい状況だったと思います。「自分たちの学年では先輩たちを越えよう」と必死に練習に取り組み、結果は選抜ではベスト4に進むことができました。一方で、夏の大会では智辯学園と当たる前に敗れてしまい、甲子園に出場することが出来ませんでした。悔しさは残りましたが、これも大切な経験となりました。

大学に入学してからは、下級生からリーグ戦に出るのは難しいと感じたので、3年の春からリーグ戦で活躍すると言う目標設定をしました。1、2年生の間は食事やトレーニングの勉強をして体づくりに重点を置き生活してきました。

目標にしていた3年春のリーグ戦前の鹿児島キャンプやオープン戦ぐらいからAの試合にも出れるようになってきて、手応えを感じていた矢先そこで事件が起こりました。忘れもしません。3月28日東洋大学とのオープン戦、打球を追いかけてダイビングキャッチを試みるもフェンスに激突し左膝を強打、検査の結果左膝後十字靭帯断裂で約3ヶ月野球が出来なくなりました。目標にしていた3年春からリーグ戦で活躍することが出来なくなり、その後も焦る気持ちが悪循環となり大学3年のシーズンは大学入学から思い描いていたシーズンとはかけ離れたものとなりました。リハビリとトレーニングを冬の期間取り組み万全な状況になり、なんとかラスト1年神宮で活躍したい一心で練習に励みました。迎えた春リーグ戦初戦中に右膝を怪我してしまってリーグ戦出場は1打席のみの出場となってしまいました。私にとって辛く苦しい時間が長く続いています。まだリーグ戦で活躍することが出来ていないので最後のリーグ戦に花開くように頑張りたいと思います。

ここからはこれまでの野球人生でお世話になった人に感謝を伝えたいです。

家族へ

家族にはありえへんぐらい心配かけっぱなしやったなと思います。肘の靱帯切れたり、肩を痛めてボール投げれなくなったり、フェンスに突っ込んで膝の靱帯切ったり、手術が必要な大きな怪我した時は特に心配かけました。怪我する度に報告するのが嫌でなかなか言い出せないことが沢山ありました。そしてここまで何も考えず野球に没頭して来れたのも家族のおかげです。本当にありがとう。

最後のシーズンは元気な姿を神宮で見せたいと思います。

4年生へ

私も含めて個性の強い人が多く、まとまりにくい部分もあったと思いますが、今ではみんながそれぞれの役割を果たし、支え合ってきたからこそ、ここまでやってこられたのだと思います。私自身しんどいときも一緒に乗り越えてくれた同期のみんなに心から感謝しています。最後は全員で力を合わせ、有終の美を飾ろう。

康淳へ

康淳とは中学・高校・大学と、ずっと一緒に野球ができて本当に良かったと思っています。長い間同じチームで過ごしてきたけど、プレースタイルも性格も考え方も全く違うタイプの選手でした。グラウンドから離れると中学生まんまって感じで、でも野球のプレーになると真剣そのものでチームには欠かせない存在です。本人には言った事はないですが、私が怪我で思うようにプレー出来ない期間でも折れずにここまで来れたのも康淳の存在が大きいです。後輩の頑張っている姿を見て負けてられないなって言う気持ちになるので本当に有り難い存在だと思います。中学から今まで本当にありがとう。一緒に野球出来るのも残り数ヶ月しか残されて無いけど少しでも長く一緒にプレー出来るように、最後は絶対に優勝して一日でも長く一緒にグラウンドに立ち続けたいです。

「陽はまた昇る」と書いた理由は、私の名前の由来になっていて、昇弥という兄がいて、2人で辛い時も力を合わせて乗り越えてほしいとの思いから陽斗と付けられたそうです。それと野球人生を振り返ったときに真っ先に浮かんできた言葉だからです。この言葉には「再起」「復活」といった意味があります。太陽が沈んでも必ずまた昇るように、人も何度でも立ち上がることができる。挫折や苦しみは決して終わりではなく、新しい始まりのための試練なのだと、これまでの経験を通じて強く感じています。

もし今、怪我や高い壁に阻まれて悩んでいる人がいるなら諦めなければ、必ず道は開けます。辛く苦しい時間も、神様が必要だと思って与えてくれた時間だから、その時間を大切にしてほしいです。苦しんだ経験は決して無駄にならず、必ず自分を大きく成長させてくれます。

最後になりますが、これまで支えてくださった全ての方々ありがとうございました。

ラストシーズン悔いの残らないように頑張ります。

ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。