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ラストシーズンに懸ける想い!その19<筒井俊介>

こんにちは。
県立船橋高校出身、内野手の筒井俊介です。

約18年間続けてきた野球人生も、あと少しで終わりを迎えます。5歳の頃、自宅の前の公園で祖父と夢中になってキャッチボールをしていた自分が、歴史と伝統を背負う慶應のユニフォームを着ることになるとは思いもしませんでした。少年野球、中学野球、高校野球、全てを振り返ってみても、決して順風満帆な道のりではなく、各カテゴリーで苦しい思いをしてきました。しかし大学野球ではそれらと比較にならないほど、多くの壁にぶつかりました。これまでは苦しんでいても、最後には結果が出る、1番大事な場面で輝ける、そんな根拠のない自信がありました。それが大学ではことごとく上手くいかない。自分の不甲斐なさ、勝負の残酷さ、努力が報われない現実。全てを経験した4年間でした。

フレッシュトーナメントで選手として優勝の瞬間にいれたこと、西会津キャンプ、Mature Cup、振れば振るほど分からなくなっていったバッティングなど、様々な出来事があった4年間でした。その中でも私の中で1番印象的なのが、4年春の松山キャンプです。冬から強化した守備を評価され、Aチームのメンバーとしてキャンプを過ごしていました。ラストイヤー、何が何でも結果を出すと意気込んでいた矢先に左手有鈎骨を骨折しました。骨折と診断を受けた病院から宿舎まで歩いて帰ったあの道は、一生忘れないと思います。周りから見ればちょっとAチームにいただけだろと思うかもしれませんが、Bチーム暮らしが長かった私にとっては絶対にモノにしなければならないチャンスでした。「なんで自分だけ」と当時は絶望しましたが、堀井監督の元で人間力を磨いた今なら分かります。そのような困難は誰にでも降りかかるのです。苦しみを周りに見せない人、辛さを噛み締めて成長へのエネルギーと変える人が成果を上げていくのです。4年間堀井野球を浴び続けたことで、少しはそんな人間に近づけているのではと考えています。

苦難ばかりの中でもがき続けた4年間でしたが、塾野球部への入部を決意したことを後悔したことは一度もありません。この4年間ほど、笑って、悔しがって、もがいて、自分自身と向き合い続けた時間はありませんでした。元々塾野球部への憧れから、慶應義塾大学を志しました。ただ、正直に言えば、世間で語られる「慶應ブランド」に対しては、どちらかというと反発心を持っていました。華やかで、スマートで、どこか恵まれた人たちの世界。泥臭く、格好悪くても目の前のことに食らいついてきた自分の人生とは、相容れないものだと思っていたからです。でも、実際にその世界に飛び込んでみて、その見方は大きく変わりました。人前に立つときは、堂々と、格好良くある。そのために、人から見えないところでは、驚くほど泥臭く準備する。華やかな舞台に立つために、誰よりも地味なことを積み重ねる。それが、私が4年間で知った慶應の野球でした。そして今では、きっとそれこそが「慶應ブランド」の本質なのだと思っています。

両親は私の野球人生に時間やお金、全てを捧げてくれました。父は少年野球のコーチから私への技術指導、バッティングセンターへの送迎など仕事以外の時間を全て私に使ってくれました。母は常に私の味方でいてくれました。嬉しい報告より、悔しい報告をすることの方が多かったかもしれません。そんな中でも次の一歩を踏み出す支えとなってくれました。両親と祖父母に神宮球場でプレーする姿を見せるため、野球ができる残りわずかな時間を大切に、これでもかと思うほど最後まで自分の全てを注ぎます。

そして最後に6月組で入部の遅かった私を受け入れてくれた仲間へ。野球をしている時もしていない時も、常に真正面から私を受け止めてくれました。室内練習場で文句を言いながら夜遅くまでバットを振った時間も、1人ではきっと続いていません。こんなに野球への思いも感覚もノリも共有できる学年、組織、仲間は今後出会うことないでしょう。ありがとう。結婚式は呼んでください。余興でもなんでもします。

(4年・内野手・筒井俊介/県立船橋高校出身)