ラストシーズンに懸ける想い!その20<山口龍之介>
こんにちは。
大分上野丘高校出身、内野手の山口龍之介です。
父の影響で野球に興味を持ち、幼少期からボールを投げたり、バットを振ったりするうちに、いつしか野球にのめりこみました。小学校2年生で少年野球チームに入団したところから、私の15年間の野球人生が始まりました。ひとまわりもふたまわりも体が大きい上級生の姿を見ながら、野球選手としての礎を築く中で成長を実感しながらステップアップし、結果も残すことが出来た、充実した小学校時代だったと思います。
中学校では学校の軟式野球部に所属していました。決して強豪ではありませんでしたが、下級生から試合への出場機会を得て、尊敬する先輩たちと戦うことができたことは今でも忘れられない思い出です。
高校野球では2年生でベンチ入りを果たしたものの、なかなか試合には出ることが出来ず、3年生でレギュラーにはなりましたが3年間を通じて勝ちを重ねることが出来ず、悔しさの残る高校野球生活でした。
大学野球は壁にぶつかり続けた4年間だったと思います。これまでより高いレベルを志し、塾野球部の門を叩きましたが、6月組になり大学野球のレベルの高さに衝撃を受けた、前途多難なスタートでした。ほとんど試合に出ることの出来なかった1年生を経て、2年生では少しずつ出場機会が増えていきましたが、思うような結果を残すことが出来ず、フレッシュリーグへの出場は叶いませんでした。しかし、試合に出ることが出来なかった2年間の努力が私のその後を支えてくれました。
その成果が形になったのは初めてAチームのキャンプに参加できた3年の春でした。しかし思うようにいかず、Aチームの壁を感じたキャンプでした。その後新チームになり、最上級生としてチームのことを強く意識するようになり、自分の結果よりも日本一・四冠をとるためにどうすれば良いかを考えながら取り組むようになりました。
そして、2度目の春のAチームのキャンプでは全日程を完走できたものの、レギュラーとの差を感じた1ヶ月半でした。春季リーグ戦への出場は叶いませんでしたが、練習を続けたことがマチュアカップでの一生忘れられないサヨナラ打につながったのだと思います。
ラストシーズンを迎えるにあたり、これまでの野球人生の集大成となるプレーを神宮球場で見せることができるように、覚悟をもって取り組みます。この15年間の野球人生を支えてくれた両親や指導者の方々をはじめ、野球を通じて出会ったすべての方への感謝の気持ちを忘れずに戦っていければと思います。
4年生一丸、チーム一丸となって、秋こそは日本一を獲ります!

主将 


