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俺たちのラストシーズン──中薗遼太郎(県立船橋)

皆さんこんばんは!

誘うとダルがる、でも誘われないと寂しいツンデレ日本代表の石田(4年・石田健太朗)からバトンをもらいました。目が細いと言われ続けて22年。ついにAIにも煽られるようになった千葉県立船橋高校出身、アナリストの中薗遼太郎です。

昨日の相棒のブログを読み終わり、さすがだなと思うと同時に「俺のとこ短か!」と思わず口に出してしまいました。自分に対してツンばっかの彼が最大限頑張って書いた感謝だとして受け取りましょう。私は君にたっぷり書いたので最後までお読みください。

さて本題ですが、あと少しで終わる15年間の野球人生の区切りとして、素直に感じたことを綴りたいと思います。このブログが誰かのアナリストとの出会いになるかもしれないという希望も込めて頑張ります。長くなってしまいましたが少しでもお付き合いいただけたら嬉しいです。

まず、引退を前に感じることは、このチームにアナリストとして入部して本当に良かったなということです。

アナリストとの出会いは高3の夏、大学でも野球を続けたい気持ちと自分の実力でやっていけるのかという不安が葛藤している時期でした。県立船橋高校では、自分たちより技術もパワーも勝る強豪私学に勝つために何が必要か考え、叩き込んでもらいました。仲間と指導者に恵まれ、3年春には県ベスト4という成果も出ました。そんな頭を使う野球に夢中になっていた自分にとって、将来プロになるような選手たちとデータを用いて日本一を目指せる、こんなに面白い道があるのかとその魅力に一気に惹き込まれました。

ですが、一般練習会で面接を終え、帰宅した私が母に伝えたのは「この野球部には入らない」という言葉でした。選手として活動するわけでもないのに、実家を出て家族に負担をかけてまでやることなのか、やり切れるのか、自信がなかったからです。当時は様々な理由をつけましたが、今考えるとその覚悟ができていなかったから「家族のために」という理由を盾に無難な道に逃げようとしたのだと思います。その時、背中を押してくれたのは母でした。当時の母は私が選手としてプレーしている姿を見たかっただろうし、私が実家にいればできたこと、やりたかったことがたくさんあったと思います。そんな自分の気持ちを抑えて、何が私にとって1番良い選択なのかを考えて背中を押してくれました。あの時の母の言葉がなければ、私はこの野球部に入っていないし、アナリストをやって良かったなと思えることは一生ありませんでした。本当にありがとう。

そして、入寮してすぐに目にした「6番ライト瀨(4年・瀨千皓)」の文字と彼の初打席初ホームランには衝撃を受けました。同級生にこんなすごいやつがいるのかと、未知の世界に足を踏み込んだようで、わくわくした気持ちと不安が入り混じった不思議な感覚になりました。こうして始まったアナリスト生活ですが、正直しばらくは精神的に苦しい日々でした。アナリスト一期生として入部した私たちには先輩も仕事もなく、自分たちの居場所や必要性に悩みました。ストレスでしょっちゅう体調を崩し、色んな病気に罹りました。やることも定まっていないのに連れていってもらった高森キャンプでは、なぜか村松さん(R5卒・村松開人)、希由翔さん(R6卒・上田希由翔)、宗山さん(R7卒・宗山塁)の班のバッティングピッチャーに指名され、ビビり散らかした挙句、大河(4年・小島大河)にデッドボールを当て、打者1人半で交代を告げられました。その時に発症したイップスはいまだに治りません。ですがその日の夜、あるニュースが高森に届きました。府中にバッティングケージを超える暴投を投げるとんでもないイップスバッピが現れたというのです。うえちゃん(4年・植田颯斗)でした。とても心が軽くなりました。ありがとう。それから、当時私はなぜかユニフォームを着て選手と一緒にアップをしていましたし、オフ前後のPPは30本一緒に走りました。なぜでしょう。なぜなのかは今もわかりませんが、そのくらい迷走していました。

そんな中、データに興味を持ってもらうためにはどうすべきか、選手や指導者の方々が必要としているのはどんなデータなのかを石田と考えながら少しずつチームに溶け込めるようになり、1年秋からリーグ戦のデータミーティングを任せていただきました。当時はとにかく必死でした。徹夜でミーティングに臨み、お昼ご飯も出ない中、オフ前もオフも朝から夕方まで神宮のバックネット裏に座り続けました。よく2人であの仕事量をこなしていたなと当時の2人は褒めてあげたいと思います。

ただ、自分たちだけではこんな理想的なアナリストの活動はできませんでした。よく分からない1年坊主が急にミーティングで発言したり、みんなより遥かに野球が下手なはずの自分が、ピッチングやバッティングに口を出したりしても、嫌な顔ひとつせずに話を聞いて、真剣に向き合ってくれました。アナリストという存在を受け入れてくれた当時の4年生をはじめ、選手のみんなには感謝しかありません。

そして、僕をアナリストとして成長させてくれたのも選手でした。何か質問をすると、何を考えて練習しているのか、どんな感覚で投げているのか、野球に対する考えや理論を想像の何倍も詳しく話してくれます。普段の姿からは想像できないくらい真剣な顔で饒舌に話すみんなを、こんなに野球と真剣に向き合い、考えて取り組んでいるんだなと尊敬していたし、みんなと野球の会話をする度に新しい知識が増えていって、本当に楽しい刺激的な毎日でした。自分の力だけでは知ることのできなかった世界を、みんなのおかげで知ることができました。入部以来、8シーズン全てで優勝争いをしてくれていることも、これほど恵まれていることはないと思います。(ラストシーズンは優勝争いに留まらず優勝しよう!)思い返してみると、私のアナリスト生活は選手のおかげで成り立っていたんだなと改めて実感しました。本当にありがとう!

ここからはお世話になった方々へ感謝を伝えていきたいと思います。

まずは高校の増田先生、日暮先生

お二方の下で高校野球をやらせていただけたおかげで、大学野球を続ける選択ができました。教わった野球観や作戦はこの野球部でも通用するもので、お二方の凄さをここに入部して改めて実感しました。増田先生が車の中で大学野球の面白さを伝えてくださっていなければ、大学でも続ける選択肢すらなかったですし、日暮先生があの練習会に連れて行ってくださらなければ、私がアナリストに出会うことはありませんでした。また、毎登板後に日暮先生の横で立ってする反省会。あそこで配球やピッチャー理論を叩き込んでいただいたことが、私がこの野球部でアナリストとして頼りにしてもらえるようになった1番の要因です。これからは自分がここまで続けてきて学んだことを少しでも多くの後輩たちに伝えられるように頑張ります。またご飯行かせてください!

戸塚監督をはじめとする指導者の方々

皆さんの下でなければ、私が思い描いていたアナリストとしての活動はできなかったと思います。これほどまで、私たちアナリストの意見を聞き入れてくださる指導者の方々はどこを探してもいないと思っています。特に西嶋さんには1年生の時からデータに興味を持っていただき、そのおかげでバッテリーに溶け込むことができました。本当にありがとうございました。

アナリストとしてこれほど充実した生活を送ることができているだけで十分なのですが、幸せなことに野球以外でも楽しい日々を過ごすことができました。そんな楽しい日常を作ってくれた素敵な同期に向けて、普段は恥ずかしくて言えないことも正直に書いていきます!

まずは匠吾(4年・吉田匠吾)

匠吾と仲良くなってなかったら僕の大学生活は全く別のものになっていたと思います。お互いK-POPが好きで誕生日にサムギョプサルをご馳走したのが始まりだったかな?部屋に居候して、たくさんゲームしたり、相談し合ったりしたね。匠吾には、漢とは何かを背中で示して教えてもらいました。あの勇姿、忘れないよ。匠吾は情に熱くて、何事にも、誰にでも全力で向き合う姿が俺には真似できないすごいところだなって尊敬してます。ここには書ききれないけど、匠吾のおかげで大学生活がとっても楽しくなった!これからもよろしくね!

衛藤(4年・衛藤晃太)

1年のしんどかった時期に、カメラ番を頼んだら文句を言われました。悔しくて1人で泣きました。あれは未だに根に持っています。それは冗談ですが、まさかあの時はここまで仲良くなれるとは思ってもいませんでした。俺はいまだに衛藤の言うことが冗談なのか本気なのか分からず、ついていけない時が多々ありますが、ずっとそのままでいてください。写真では幼く、酒を飲んだり運動したりするとゆでダコみたいになるえってぃんだけど、努力し続けて、副将になって、春はリーグ戦にスタメンでも出て本当にすごいと思います。これからも色んなところ遊びに行こう!最後にきくよしも行っとこう。

里空(4年・本岡里空)

いるだけで周りを笑顔にするりくの力は本当にすごいと思います。大変なことが多かったと思うけど自分たちの学年はりくがいたから最終的にまとまれたと思う!自分にとっても同じ裏方としてりくがいてくれたことはこれ以上ない幸運でした。最近は周りに影響されて攻撃的になってきてるのが腹立ちますが、これからも「ありやな〜」って言ってたくさん遊ぼう!歯はしっかり磨こうね!

優介(4年・八幡優介)

優介は友達や家族をとても大切にする純粋な良い子です。それでいて少し?性格が悪いです。僕に似ています。2人でいる時の優介とはなんとなーく感覚が似てる部分があるかも?って勝手に思っているので、優介を見るとなんだか安心します。初めから裏方の自分たちとは違って、選手から裏方に回るのは、すごく勇気のいる決断だったと思います。それでも学コの仕事をやり遂げている優介をすごいと思うし、裏方の仲間になって仲良くできて良かったです!夜景見に行こうって誘ってくれてありがとう!これからも語り合おうね!

郷原(4年・郷原怜大)

郷原はこの野球部で1番初めに知り合った人です。郷原と初めて会った日「こいつがいてくれるなら大丈夫だな」って不安だらけだった入寮が一気に楽しみに変わったのを覚えています。郷原はどうでもいい話を死ぬほど楽しそうに何回も話してくれます。1エピソードにつき最低3回は聞かされます。そのせいか、デマを広げるのも得意です。僕が好きなのは女の子だし、カラオケではきちんとお金を払うし、ご老人にも優しくします。でもそんな郷原だからこそ、一緒にいるとどんなに気持ちが沈んでいても気づくと元気になっていました。引退してもどうでもいい話聞かせてね!

あと、郷原と仁(4年・井上仁)のことを自分は勝手にすごく尊敬しています。投手として入部することを選ばなかった自分にとって、2人がとんでもない選手たちに紛れてどんどん成長していく姿と勇気は羨ましくもあったし、すごくかっこよかったです。郷原はこれからも野球を続けてくれるみたいなので、必ず投げてるところ見に行きます!

なかむ(4年・中村凌輔)

なかむと郷原とは教職&史学地理学科ファミリーとして学校でほとんどの時間を共に過ごしたね。ピンクの半袖パーカーを着ていた角刈りなかむはいつのまにかシティボーイに変身していました。びっくりです。それも含めて、野球も勉強も何事にも妥協せず取り組むなかむはすごいと思います。いつも変顔をして変な声を出してちょけてきますが、根が真面目なのが滲み出ています。あのノリが見れなくなるのは寂しいので、Rocketでだる絡みしてください。待ってます!

うえちゃん

うえちゃんは、ホームランなのに一塁ベースを駆け抜けます。トイレと二塁ベースの場所を見失いやすいのかな?うえちゃんはこの野球部で1番初めに仲良くなった人だと思う!色んなことを一緒にした思い出があります。神宮大会優勝して日本一になった足でそのまま向かったあの場所は最高だったし、四送会で一緒にネタをしたのもいい思い出です。うえちゃんと一緒にいるとすごい楽しいので、これからも会おうね!

一輝(4年・菱川一輝)

一輝にはお酒が苦手な人の気持ちを分かってもらいたいですが、自分をトレーニングやキャッチボールの相手によく誘ってくれました。それが嬉しかったし、一輝から聞く野球の感覚の話には驚かされてばかりでいつもすごいなぁって思ってました。研究熱心なかずならこれからもっと良いピッチャーになると思うので絶対プロ行ってね!

来年から1人で運転することが多くなる一輝くんがとてもとても心配ですが、巻き込み確認忘れないように!またいつでも助手席で行けるっしょ〜って言ってあげます。

髙須(4年・髙須大雅)

俺のことをおもちゃとしか思ってない彼ですが、一緒に遊んだのは楽しかったし、実は優しくて人情深いところが隠しきれてなくて可愛いので許します。自分が今まで見てきた中で、マウンドでの立ち姿が1番カッコいいのは髙須なので、これからの活躍も楽しみにしてるね!

大河

大河とは生意気に配球の話をしたこともありました。聞いてくれてありがとう。その度に大河がどれだけ考えてやってるかに驚いていたし、やっぱり君のバッティングには頭が上がらないのでまずはこの秋よろしく頼みます。またなかむのこと高尾山で尾行しようね。

圭一(4年・木本圭一)

君も俺に何を言ってもいいと思ってる人間の代表です。圭一はデータを特に気にかけてくれたし、ベンチでもアナリストの代わりになってくれました。覚えてないかもだけど、2年の春、逆転2ランを打った後「データのおかげで打てた!ありがとう!」ってLINEくれた時はすごく嬉しかったし、その言葉にとっても救われました。ありがとう!東京にいるだろうからこれからも遊ぼうね!

千皓とひで(4年・今井英寿)

表に出たがらない人が多いこの学年を盛り上げ続けてくれてありがとう!2人が作ってくれる雰囲気がすごく好きだったし、めっちゃ面白かったです。試合に出てない時でもチームを盛り上げてくれていた2人をすごいと思っていたし、だからこそ千皓のホームランもひでのヒットもめちゃくちゃ嬉しかったし感動しました。残りの試合も大暴れしてね!

遠藤(4年・遠藤雄介)

彼は変態です。常人は遠藤と同じように働くことは無理だからです。そのくらい朝から晩まで、チームのことを考えて動き回っていました。なので、途中から「遠藤は変態だからこんなに働けるんだ」という結論に至りました。たくさん文句も言われて(俺も言ったかな?)大変だったと思うけど、本当にすごいです。あと、遠藤が1年生から学コでいてくれたことは心強かったです。下級生のキャンプを乗り越えられたのは遠藤がいてくれたからだと思います。ありがとう。この野球部に、やったことないピッチャーとして入部しようとしていたそのイかれた感覚は一生いじり続けますが、引退してもたまに主務飯しよう!

石田

練習会で石田と初めて話した時、俺はこいつと2人でやっていくのか…?ととても不安になったのを覚えています。ごめん。ただ、実際自分と石田の共通点は、ロッテファンでアナリスト志望だというところくらいで、真逆すぎる人間でした。でも、めちゃくちゃ仲良く?上手く?やってます。(半分以上は僕のおかげだと思います。)彼は、寝てたら困る場面で僕を起こすのではなく、動画や写真を撮って面白がるだけ面白がって放置するくらい意地汚い部分があります。が、彼は本当にすごいです。まず野球が大好きだし、視野が広いし、新しいアイデアがバンバン出てきます。二人三脚でやってきましたが、アナリストチーフは?と聞かれたら迷わず彼を推薦します。そのくらい石田は新しい試みをし、後輩のことを考え、感覚に頼りがちな自分と違って、どこまでも細かいデータを出し、それに基づいた提案をしていました。ギリギリまでやらないタイプの自分は、いつも先を越されていたため、どんどん成長する石田を横目にすげぇなぁと尊敬していました。最後に殴るなら迷わず君を選びますが、褒め合いで戦っても勝つ自信しかありません。昨日のブログで石田にない部分を自分が持っていると書いてくれましたが、彼も私にない部分を全て持っています。身長も含めて凸凹コンビですね。自分1人ではできなかったという言葉では足りないくらい、石田がいてくれたからアナリストとしての理想的な活動ができました。ここには書ききれないほどの思い出と尊敬しているところがありますが、それはまた語り合いましょう。石田がアナリストで入部してきてくれて本当によかったです、ありがとう。

えー、最後にじぇい(4年・大川慈英)、髙須、久野(4年・久野悠斗)、毛利(4年・毛利海大)、大河

君たちはみんな、僕の誕生日である10月1日というとっても縁起のいい日にプロ志望届を提出したので良い結果が待ってます。アナリストが言うので絶対です。これからも頑張れ!

本当は1人1人全員に書きたいですが、またぬるっとしていると言われそうなので、みんなへの感謝はここら辺に留めておきます。が、こんなにみんなの活躍を心から願って、応援できる同期に出会えたことは本当に幸せでした。たくさんいじって仲良くしてくれてありがとう!

波田(2年・波田瑛介)

なんの関わりもない頃から始まった同部屋だけど、気づいたら1年間も過ごしてました。鳴り止まないアラームがうざかったと思います。ごめんね。部屋でどうでもいい話をしているうちに感覚似てるなって思って、色んな話できて楽しかった!左利きのAB型という肩書きは変な奴だと思われがちですが、めちゃくちゃ純粋な心を持った良い子です。これからも近況教えてね。入部前から自分が1番期待しているピッチャーなので、今は大変なことが多いと思うけど、頑張ってね!リーグ戦必ず観に行きます!

りょうたろうファミリーの外山(3年・外山稜太郎)と河田(2年・河田凌太郎)

君たちと野球の真面目な話をした記憶はないけど、くだらない話がたくさんできて楽しかったです。これからも報告があるたびにご飯行こう!また呼んでね!

史学地理学科ファミリーのみんな

こんなに人数が増えるとは思ってもいませんでした!ありがとう!最年長になる河田と大室(2年・大室亮満)を筆頭にみんなの成績が心配ですが、協力して頑張ってね笑 名誉ファミ長の高田さん(R7卒・高田直人)に怒られてしまいます。みんなのリーグ戦での活躍も楽しみにしてます!

そーのすけ(2年・渡邉聡之介)

書くか迷ったけど普段素直に接してないので書いておきます。俺のことを先輩だと思ったことは一度たりともないと思います。あってその態度なら異常です。舐め切った口調と態度とはいえ、いつでも話しかけてくれるのは嬉しかったし、向上心のあるそーのすけをこっそり応援してます。リーグ戦の試合前になると急に口数が減り、いざマウンドに上がるとプレートの周りでウロウロと落ち着かない君ですが良い球を持ってるので自信を持ってこれからも頑張ってね。初登板無失点嬉しかったよ!150km/h期待してます!

藤平(2年・藤平愛也)、吉田(1年・吉田海渡)、髙橋(1年・高橋駿太)

君たちは千葉市美浜区の星です!全然ご飯とか行けてなくて申し訳ないけど頑張ってね!これ読んでたらご飯誘って!めっちゃ応援してます!

そのほかにも「ぞのさーん」ってデータの話だけじゃなくてどうでもいい話もしてくれた後輩たちみんなありがとう!頼りに?してくれて嬉しかったし楽しかったです!

アナリストの後輩たちへ

まずは、アナリストとしてこの野球部に入ることを選んでくれて本当にありがとう。怒ってばっかだったので伝わってないと思いますが、自分はみんなのことがとても好きです。こんな自分にもついてきてくれたし、みんな本当に一生懸命だからです。みんなが入ってくれたことでやれることが増えたし、自慢のアナリストチームになりました。来年からも富澤(3年・富澤なつみ)を中心にみんなで協力して頑張ってね!

うるさかった先輩の遺言として1つだけ覚えておいて欲しいです。それは、極論を言うと、アナリストがいなくても選手たちが野球をすることは可能だということです。「まぁこんなもんでいっか」と妥協して仕事をし続けても誰かに咎められることはないし、選手はみんなありがとうと言ってくれるはずです。でも、そこで妥協し始めたら終わりです。選手や指導者が何を必要としているか、どうしたらデータに興味を持ってもらえるか、どう伝えるのが最善か。それらを常に考えて自分たちもアップデートし続ける必要があります。画像の貼り方、カメラのアングルなど色んなことでお互いをよく知らないうちからうるさく言われてうざかったと思います。ごめんね。だけど、そういう小さな積み重ねが信頼を作ると思うので、選手がデータを気にしてくれることを当たり前と思わずに頑張って!何か相談があればいつでも待ってます!写真に写りたがらない石田のことは僕が説得するので1回くらいみんなで写真撮ろうね笑

すっかり長くなってしまいました。これが卒論なら良かったですね。最後に思い出話と共に家族への思いを綴りたいと思います。あと少しだけお付き合いください。

2009年WBCの決勝、イチロー選手のタイムリーを見たところから始まった私の野球人生は浮き沈みの激しいものでした。少年野球では苦手な外野で数々の信じられないエラーの記録を残しつつも、ピッチャーというポジションに出会ったり、ホームランを打ったり。大会でも良い結果を残すことが多く、仲間にも恵まれ野球の楽しさを知りました。中学で入ったクラブチームでは、1学年上の帯同メンバーに選ばれたと思えば、誕生日に自分の代でメンバー漏れをしたり、気づいたらアンダースローに転向したりもしました。高校では、1年秋から登板するも、防御率は108.1を記録。3年春には県ベスト4の成績を残すも、夏は怪我をしたりと波瀾万丈な野球人生を送りました。それなりに嬉しい思いもたくさんしたものの、優勝したり、エースになったり「1番になった!」というような絶対的な成功体験は少なく、正直に言えば、苦しい悔しい思いをすることの方が多かったと思います。

ただ、不思議と「野球をやめたい」「野球なんて嫌い」と思ったことは一度もなく、むしろ、プレーしないのに大学野球を続けるくらいに大好きです。それは、間違いなく野球人生を共に歩んでくれた家族のおかげです。

両親は、私のやりたいと言ったことをいつでも尊重してくれただけでなく、自分のことのように興味を持って全てを捧げてくれました。大学に入ってからも、僕が絶対に出ることのないリーグ戦に1年の春からほぼ毎週神宮まで応援に来てくれます。今季は今の所皆勤賞です。出ないのに全試合来てくれるなんて人、いないんじゃないかな?笑 悩み事があったり、辛く行き詰まってる時に電話をすればすぐに気づいて話を聞いてくれて、救われたことが何度もありました。

父は、詳しくないはずの野球を本やYouTubeを見て勉強して私に教えてくれました。少年野球ではコーチをしたり、シニアでも審判をしたり、高校の練習試合もかかさず見にきてくれました。父が撮ってくれた試合のDVDでテレビ台の下は一杯になっています。お父さんのおかげで自分は小さな幸せに気づける人になれました。

母は、起きてる間はずっと、寝てる間も考えてるんじゃないかというくらい、私のことを第一に考えてくれました。食事や応援はもちろん、試合の前は必ず神社に行き、風邪をもらわないように遊びに出かけるのを控え、僕より準備してくれました。今も少し気になることをぼそっと言っただけでも、それに効く薬や解決するグッズを用意してくれるし、手紙やお守りなど、自分の周りには、母が私のことを考えてしてくれた物で溢れています。お母さんみたいな、人を思いやる心を持った人に少しでも近づけるよう頑張ります。みんなの分までクマありがとう!

これだけ私を思ってくれる2人は節目節目で「野球をしてくれてありがとう」と言ってくれます。感謝したいのはこちらなのになぜかされてしまいます。2人にそう言われるといつも泣きそうになってしまうし、どれだけ辛く悔しかったことが多くてもやってきて良かったなと思えました。2人からの「ありがとう」のおかげで、私はここまで野球が大好きなまま続けて来られたと思います。あまり褒めすぎると子バカになってしまいますが、それくらい感謝してもしきれないし、2人のもとに生まれて幸せ者でした。

まずは2人に優勝しているところを見せたいので、チームの力に少しでもなれるよう頑張ります。そして引退したら、今度は自分が2人を色んなところに連れて行ってあげたいと思います!楽しみにしててね!

柊之介

気づいたら野球をやってたと思うけど、小さい頃から野球センスがあって、高校でも俺より速い球を投げるくせに、俺を頼りに色々聞いてくれてありがとう。俺よりすごいのになぁと思いながらも頼りにしてくれて嬉しかったです。人一倍野球で辛く苦しい思いをした中、最後までやり切った柊は本当にすごいと思うし、その経験はこれからの人生で必ず生きると思います。2人しかいない兄弟、これからも仲良く色んな話をし合える仲でいようね。柊の大学生活も楽しみにしてます!

長く拙い文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。ここで過ごした時間、経験、出会った仲間、学んだこと、それらは全て普通に大学生活を送っていては得られない財産でした。この4年間を糧にこれからは恩返しと周りの人を幸せにできる人間になれるよう頑張りたいと思います!

さて明日は、”千葉県”江戸川区出身の八幡優介くんです。仲間想いで涙脆い彼のブログは涙無しには読めないと思います。みなさんハンカチに留まらずバスタオルを用意してご覧ください。

お楽しみに!