フリーパス付きアプリ 2026年度版 販売中!
BIG6 BLOG LEAGUE

明治大学
野球部ブログ

主将 福原 聖矢
  • TOP
  • 俺たちのラストシーズン──内藤大翔(天理)

俺たちのラストシーズン──内藤大翔(天理)

命の恩人、外山(4年・外山稜太郎)からバトンを受け取りました。明治大学政治経済学部経済学科4年内藤大翔です。ちょうど1年前、ラストブログを見て、福原(4年・福原聖矢)とすぐ俺らも書く時が来るんやろなって話していましたが思った以上に早く書く時が訪れました。

拙い文ではありますが読んでもらえるとありがたいです。

自分が明治大学を目指したのは、瀨さん(R8卒・瀨千皓)がいたからです。中学、高校、大学と、瀨さんの背中を追いながら野球を続けてきました。明治大学がどんな大学なのか、何リーグなのかも分からず、ただ憧れである瀨さんと「もう一度一緒に野球がしたい!」という思いだけで、明治大学硬式野球部に入部しました。

大学の4年間は、たくさんの挫折を経験し、人として大きく成長できた4年間だったと思います。
1年秋の東大戦でスタメンとして出場し、正直、このまま4年間試合に出続け、活躍する姿を思い描いていました。
ところが、2年春に鎖骨を骨折し、その後は何もかもがうまくいかなくなりました。神宮の舞台に立つどころか、3年秋になってもB戦にも行くことができず、とても悔しい思いをしました。

そんな時も、常に励ましてくれる先輩や同期の支えがあり、4年春、再び神宮の舞台に立つことができました。そして、初ヒットを放った瞬間は、これまでの苦悩がすべて報われたような気がして、人生で一番と言っていいほど嬉しかったです。
うまくいかないことの方が圧倒的に多かった4年間でしたが、だからこそ人として成長できたと思います。今では、怪我をしたことも含め、4年間で経験したすべてのことが必然だったのだと思うし、そのすべてがあったからこそ今の自分があると感じています。

過去の話はこれぐらいにしておいて、このブログではなかなか伝えることのできない感謝の想いを綴っていきます。

指導者の皆さんをはじめ、明治大学野球部に関わるすべての方々の支えがあったからこそ、今の自分があり、神宮の舞台で最後まで全力でプレーすることができました。
このブログという場をお借りして、改めて感謝を伝えさせていただきます。
本当にありがとうございました。

同期へ

福原
ここでは書けないような夜をたくさん共にしました。エピソードトークを何か書こうと思いましたがほんとに書けないことだらけでした。3年生の頃から毎晩、スーパーまで散歩に行っていましたが、来年のキャプテン誰になるのかなって話をしている際に「俺がやるわ。」って福原が言い自分が、お前と俺だけはまじでない。という冗談混じりの会話をしていたのになんでキャプテンしてるんですか?笑
ほんとにあの頃は、福原がキャプテンすることなんて考えられませんでした。いま考えると福原がキャプテンでほんとによかったです。福原だから個性の強い4年生がまとまることができたと思っています。ありがとう。
これから先もずっと一緒にふざけていたいです。
かりゆしのライブもまた行こうね!

島抜(4年・島抜康介)
自分たちが知らないところでたくさん島抜にはお世話になった4年間だったと思います。ありがとう。
ベンチから共に声を出している時間が後少しと考える悲しいけどこれまで以上に一緒にベンチを盛り上げましょう。

榊原(4年・榊原七斗)
1年春、自分はボールボーイとしてメンバーに帯同していて1年春からメンバーに入ってるななとは遠い存在やなって思っていました。でも、ななとはめっちゃ優しくていじりやすくてただのいいやつでした。いつまでもそのままでおってください。プロの世界でも頑張って!

光弘(4年・光弘帆高)
初めて会ったのは中2の時でした。相手チームに光弘がいて、自分が打ったレフトに抜けそうな打球を取られ、わけわからんぐらい強い肩で半分も走らずにアウトになりました。まさか大学でチームメイトとなるとは思ってなかったけど、一緒に野球できてよかったです。光弘にはなんか全てが見透かさせてる気がして気味が悪い時があります。僕は見透かされてるのですか?
次のステージに行っても光弘の活躍期待してます。いつか一緒に服も買いにいこね。

津田(4年・津田基)
またミスチル歌いに行こね笑

若狭(4年・若狭遼之助)
オールシーズン汗だくで誰よりも練習する姿を見て負けてられないなって思い、同じ右バッターとしてめっちゃ意識してました。わかともここには書けないような最高な夜を共にしたけど社会人になってもまた行こな!エレベーター占領しないでね。笑

八谷(4年・八谷晟歩)
一番最初の同部屋として極寒の部屋を築き上げました。はちはとにかく熱い男で、同じ右バッターとしてはちが活躍する度に、負けてられないなっていう思いで常に意識してました。
卒業する前にまた昼から飲みに行こな!笑

栗原(4年・栗原英豊)
くりには何から書けばいいんかよくわからんのやけど、1年の頃からずっと一緒におって、たくさんいじらせていただきました。お互い試合に絡めずたくさん悔しい思いをしました。くりと一緒におる時間は気を張らなくてよくて、なんでも話せるような良き友です。この先もよろしくな!

外山
命の恩人です。ありがとう。江ノ島行ったりいろんなとこ行ったけど来年からもいろんなとこ行こな!この先、死ぬまで柿ピーを食べるときは外山を思い出すでしょう。

山内(4年・山内優平)
命の恩人です。ありがとう。

松本哲(4年・松本哲郎)
1年の頃、りゅーい(4年・河原﨑琉衣)と江ノ島漢気の旅に行ったのは懐かしい思い出です。てつがおるだけでその場には笑いが絶えへんし、ほんとにいいやつです笑
秋、リーグ優勝するためにはてつの力が必ず必要なので、自分筆頭に足が遅い人たちの代走よろしくお願いします。

友納(4年・友納周哉)
くそがきです。東京におったら飲みに行くことはあまりないのに福岡ではよく飲みに行ったね笑
天神でまた飲んで寿司食べにいこう!笑
自分はずっと福岡におると思うので帰ってきた際には連絡待ってます。今後ともよろしくお願いします。

檜村(4年・檜村圭吾)
1年の冬に室内で一緒にティーをしていて、福王さんから「このままやったら檜村に抜かれて試合出れなくなるぞ。」と言われたことが一番覚えています。実際、3年の秋にスタンドからベンチに入ったひむの姿を見てる時、このままではだめやなって思い、また頑張れました。
ラストシーズン共にベンチで声張り上げて、優勝に貢献できるように頑張ろうね!

河原﨑
お互い入寮が遅くて、制服の採寸に一緒に行ったんがきっかけで仲良くなりました。たくさんいろんなとこに行ったね。ここでは書けないような夜をいっぱい共にして、りゅーいの素直さ?本能的?な姿は見習わないとなって思ってます。笑
社会人になっても飲みに行こな!

岸本(4年・岸本一心)
1年の秋から同じく試合に出てて、正直、おれもいっさも順当に社会人決まって高いレベルで野球を続けていくんやろなって思ってました。なかなか進路が決まらんと愚痴とかいっさにしか話せんことがたくさんあって、今でも思うことがあります。笑
社会人になっても飲みながらまた語り合おうね。

小島(4年・小島大地)
1年の頃、トレルー準備が一緒で、何度注意しても早く来ない小島はほんとに社会不適合者だと思っていたし、半分呆れていました。学生コーチになってからは、見違えるほどにチームのことを考え動いている姿に感謝しかないです。必ず日本一になろう!

田中(4年・田中陽貴)
田中とはゼミも一緒で、よく飲みに行ったしめっちゃ一緒にいました。良い時、悪い時、たくさんの時間を共にしました。社会人になっても飲みに行って、田中のイケナイ太陽聴かせてね!

富澤(4年・富澤なつみ)
アナリストとしてチームを支えてくれてありがとう。4年春のリーグ戦、なつみを筆頭とするアナリスト達のおかげで思い切ってプレーする事ができました。ほんとにありがとう!

酒井(4年・酒井菜々花)
心配です。
いい人に巡り会って欲しいです。またいつでも相談には乗るのでご連絡ください。
以上。

平野(4年・平野凪乃香)
なぜかよくわかんないけど栗原と3人でよく飲んだね。栗原となのこの考え方とか捉え方が一緒すぎて引くときもありました。またしょーもない話をしながら笑いたいので栗原と3人で飲みに行きましょ。
場所は福岡でお願いします。

ここでは書けなかった同期には四送会までに直接、感謝を伝えたいと思ってます。🙇‍♂️

先輩方

瀨さん
中学、高校、大学と7年間一緒に野球をさせていただいたこと、瀨さんと出会えてほんとによかったです。中学生の頃、第二で夜遅くまでバッティングをしている姿や、言動でチームを引っ張っている姿を見て、瀨さんみたいな選手になりたいと思い、今でもずっと尊敬しています。
高校時代、天理大学との練習試合で当時2年生である自分と藤森、戸井がやらかしまくり、監督からこの試合負けたら2年のせいで坂道100本と言われ、正座しながら3人ともぼつった顔をしていました。9回に瀨さんが同点ホームランを放ちダイヤモンドを回っている姿は、今まで見たどんな男よりもかっこよかったです。笑
憧れが強すぎて自分から距離を詰めることができずもっと仲良くなりたかったなと後悔してます。今後も瀨さんのような熱い漢になれるよう残りの野球人生、後悔ないように頑張ります!
今後ともよろしくお願いします。

中山琉唯さん(R7卒・中山琉唯)
同部屋に指名していただきありがとうございました。るいさんは部屋での姿とは想像できないぐらい勝負強く、法政戦でのレフトへのタイムリーヒットは自分のことのように嬉しかったのを今でも覚えています。
社会人に進まれてからも進路のことを気にしていただいたり、バッティングの相談をさせていただきました。るいさんのような勝負強い選手になれるよう残りのシーズンも頑張ります。

平野優
一番書いてほしそうなので書きます。ゆたかはとにかくご飯に連れて行ってくれます。寮まで送ってもくれます。御茶ノ水でお腹が空いたらとりあえずゆたかに連絡します。こんなに甘えることができた先輩ってこれまでで初めてです。自分がまったく野球で結果が出ずもう野球を諦めようと思っている時も、毎回「頑張れよ、神宮行くからな」と言葉をくれたおかげで今も野球頑張れています。(春は1試合も観に来ませんでした。)いつまでもゆたかさんらしく生きていてください。あとまた焼肉連れて行ってください。今後ともよろしくお願いします。

吉田匠吾さん(R8卒・吉田匠吾)
「ないとーはこれから大きな選択をするはずでしょう。この野球部にいると野球をすることが正義になりがちですがそんなことはありません。野球は一つの手段なだけです。野球を手段として生きてきた人が正義にしたいだけなので気にせずに、あの時、あのようにすればよかったと後悔しないようにいっぱい考えて悩んで選択してほしいです。」
昨年、しょうごさんから上記の言葉をいただいてうるっと来ていたのに、今自分がしょうごさんに書く時になったと思うと感慨深いです。3年生の頃は何もかもが上手くいかず野球から逃げようとしている自分がいました。そんな時、しょうごさんからかけていただいた「野球なんて図書館で考えたらほんの一角にもすぎないんだからそんな考えすぎず、たかが野球よ。」という言葉が心の支えになっていました。
あと、松岡さんから朝帰りを疑われた日、6時半ぐらいに自分のバックを借りに部屋に来ていたので朝帰りしてないことを自分は知ってます。笑
またいつかしょうごさんとしょーもない話ができる日を楽しみにしてます。時間あったら飯行かせてほしいです。いっぱい語りましょ!

後輩へ

冨田(1年・冨田祥太郎)
高校時代は重なってないけど気さくに絡んできてくれてありがとうね!忘れかけてた天理高校の異常さを冨田が入ってきたこの1年間でたくさん思い出しました。人柄の良さや素直さを忘れることなく、大学生活を楽しんでください。これから上手く行くことばかりではないと思いますが、天理魂で熱く誰よりも声を出して、瀨さんから受け継がれてる天理は熱い漢キャラを伝承していってください。

磯(3年・磯圭太)
何期同部屋やったかわからんぐらい一緒の部屋やったけど大変お世話になりました。3人部屋やったかな?って思うぐらい友納が部屋にいて、しょーもない話をしている時間がとても好きでした。突如始まる自分のファッションショーに付き合っていただいたり、磯のデート服を考えたり、美味しい居酒屋さんを紹介し合ったりする時間がもう過ごせないとなると悲しいです。最上級生となっても磯らしくチームを引っ張って行ってください。

林(3年・林謙吾)
林とは洋服見に行ったり野球のことを多く語ったりしました。考えすぎてしまうところが自分とどこか似ているなと勝手に思っています。林の持っている力はこんなもんじゃないはずです。21歳の人間が正しい選択をする事は容易じゃないと思いますが、たくさん悩んで少しでも後悔が少ない選択をしてくれればいいなと思っています。洋服の色合わせであったり、畳み方などなんでもいいからこれからも頼ってきてね!

峯(2年・峯孝宏)
峯とは林と同様に沢山のことを語り合いました。スーパーまでアイスを買いに行く道での行動心理学的な?話は永遠に続けられる気がしました。一緒にいるととても居心地が良くて、今後も関われたらいいなと思っています。野球に対してもよく考えて練習してるなって思うし、凄い能力を秘めた選手です。神宮の舞台でこれまでやってきたことが報われる日を楽しみにしてます。

豊田(2年・豊田喜一)
最後の同部屋ありがとう!自分も大学3年までなかなか上手くいかず、野球をするのが嫌になる時期がありました。勝手に今のきいちと重ねて見てしまう時があります。結果が出ず野球から避けたりなったりする時こそ、なにかアクションを起こしてください。きいちが神宮の舞台で盗塁を刺してる姿が見たいです。悔いがないように頑張ってね。

武藤(2年・武藤陽世)
多くはブログで語る事はできませんが命の恩人です。大変ご迷惑をかけました。すみません。これからも沢山の人の命をすくってください。

髙橋(2年・髙橋勇翔)
弟子です。なぜこのような関係になったのかはわかりませんが、可愛い後輩です。練習のパートナーとして日々一緒に練習してきたけど、髙橋のスイングの強さ、逆方向への強さは自分でも敵わないところがあります。ほんとにストイックで、野球に向き合う姿勢は自分も頑張らないとなって思わされていました。これから上級生となり神宮の舞台で活躍する為のチャンスが訪れると思います。髙橋なら大丈夫です。考えすぎることなく思いっきりかましてください。神宮でガッツポーズしている姿を見れることを楽しみにしてます。
バターサンド定期的によろしく。

家族へ

父
サッカーの世界でずっと戦い、家族のために頑張ってくれている父は、幼い頃から今もずっと自分の憧れであり、目標です。そんな父の背中を追いかけるように、これまで野球を続けてきました。
朝早くから走りに行き、コンビニのビニール袋がパンパンになるほど街のゴミを拾っている父の姿を見て、自分も父のような人間でありたいと思うようになりました。そして、プロになるためには野球の技術だけでなく、私生活の部分が大切なのだということも父から学びました。
プロの世界には届かず、学生野球でも試合に出ることに苦戦している自分ですが、これから先も、大好きな野球ができることに感謝し、一日一日を大切に取り組んでいきたいと思います。
父の息子で本当に良かったです。これからもたくさん迷惑をかけると思うけど、よろしくお願いします。
これまで野球をさせてくれて、本当にありがとう。いつまでも、自分の誇りの父親です。

母
常に自分の味方でいてくれて、誰よりも自分のことを想ってくれてありがとう。
中学生の頃は毎日、車でグラウンドまで送って行ってくれて、あの3年間があったからこそ、ここまで野球を続けることができました。
たくさん迷惑をかけたり、逆にかけられたり?笑
いろいろなことがあった22年間でしたが、そのすべての経験が今の自分をつくり、強くしてくれたと思っています。これから先、福岡で野球を続けますが、これまでの感謝をプレーで伝えられるように、精一杯頑張ります!これからもまだまだ未熟な自分ですが、よろしくお願いします。

なな
美白が好まれるこの時代に、自分の野球に付き合わせてしまったせいで、たくさん日焼けさせてしまいました。ほんとにごめん。笑
ななには、これまでたくさん我慢させてしまった分、来年からは俺にいっぱい頼ってきてな?いつでも、何があっても、ななの一番の味方でおるから!ななもこれからいっぱい悩むことがあると思うけど、15歳で何もかも正しい選択ができるわけじゃないんやから、思うがままに、なならしく生きてください。最高の妹です。

おじいちゃん
野球を始めるきっかけをくれたのは、おじいちゃんです。小学1年生の頃、山形の公園で一緒にバッティングをした時に野球の楽しさを知り、そこから今日まで野球を続けてくることができました。野球を始めたおかげで、たくさんの仲間と出会い、いろいろな経験をして、人としても成長することができました。今の自分があるのは、あの日、おじいちゃんが野球を教えてくれたことがきっかけです。全てのきっかけをくれて、本当にありがとう。
これからも体には気をつけて、いつまでも騒がしいおじいちゃんでおってください。笑

まっこちゃん
幼い頃からまっこちゃんに頼ってばかりで、今でも福岡に帰るたびに頼りっぱなしなのは、そろそろ治さないとなと思っています。笑
いつも親身になって自分たちのことを考えてくれて、支えてくれるまっこちゃんが大好きです。
来年から自分が福岡に戻って、また騒がしくなると思いますが、これまでたくさん支えてもらった分、これからは少しずつでもおばあちゃん孝行ができればと思っています。
これからも体には気をつけて、元気でいてください。

ヒデおじちゃん
父親代わりとしてたくさん叱っていただき、ヒデおじちゃんから本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。
幼い頃は、父が仕事の関係でなかなか家にいないことも多く、ひとりでいる時には大河と一緒にいろいろなところへ連れ出してもらいました。
マンションの駐車場では、ヒデおじちゃんも仕事で疲れているはずなのに、夜遅くまで自分たちの練習相手になってくれて、野球を教えてくれました。あの時教えてもらったことが、これまでの自分の野球の基礎となり、今日まで野球を続けてくることができたと思っています。
ヒデおじちゃんがいてくれたからこそ、今の自分があります。ヒデおじちゃんの姿を見て、「自分もこんな筋の通った人になりたい」と思うようになり、ずっと憧れてきました。憧れすぎて、今では服装まで似てきています。笑
小さい頃から言われ続けてきたヒデおじちゃんの言葉も、今になって少しずつその意味や意図が分かるようになってきました。これからも、まだまだたくさんのことを教えてもらいたいです。
学生野球を終えるこのタイミングで、今までの感謝を伝えることができて本当に良かったです。これからもよろしくお願いします。

改めてこの文章を書きながら、自分は本当にたくさんの人に支えられてここまで来ることができたんだと、再び気づくことができました。この感謝の気持ちをこれからも忘れることなく、支えてくれた人たちへの感謝を力に変えて、この先の人生も自分らしく、熱く生きていきたいと思います。

これからの内藤大翔に、どうぞご注目を!笑

次は、ザ・浦和学院、八谷君です。
彼はとにかく熱い男です。熱すぎて年中冷房18℃で生活しています。そんな彼が書くラストブログは果たしてどこまで皆さんの目頭を熱くしてくれるのか乞うご期待です。