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俺たちのラストシーズン──小島大地(明大中野)

みなさんこんにちは。15分遅れスタート、先頭ゴール(Finish)でおなじみ明大野球部随一のスピードスター若狭くん(4年・若狭遼之助)からバトンをいただきました、4年生が選ぶ「最後に1発殴りたいランキング」第1位改め、「実は良いやつランキング」第1位の学生コーチを務めます小島大地です。

東京なのに、電波は圏外、Wi-Fiも使えないってなんだよとか、こんな時間に乾燥機200分も回してるやつ誰だよ120分超えたら自動で燃えカスになればいいのにとか、そんなことを考えていたらあっという間に自分の番が回ってきてしまいました。秋リーグも佳境を迎え、ボルテージも最高潮に近づくとともに、こうして後ろを振り返ると、酸いも甘いも経験したこの4年間、ひいては自分のすべてとも言える野球人生とのお別れに、とても寂しさを感じます。まだまだ日本一へ向けた戦いは続きますが、野球人生、4年間の思い出や感謝をこの場を借りて綴りたいと思いますので、お手隙じゃなくてもお付き合いください。

はじめに恐らく最後の機会なので、自身の野球人生を振り返りたいと思います。

私は父が大学野球のコーチ、叔父は元主務、祖父は少年野球の会長という、野球界(裏方)サラブレッドとしてこの世に産まれました。

ですが、幼少期は、父が野球と不倫していて母に付きっきりだったからか、野球が身近にありながら全くといっていいほど興味を示さず、クラブの体験会に行っても、野球を始めることはありませんでした。

しかし小学校3年生、突如としてオールシャインズで私の野球人生が始まりました。なぜ始めたのかはあまり記憶にありません、理由を付けるとしたら血が騒いだといったところでしょう。

少年野球は順調そのものでした。実写版ジャイアンとして小6には身長170cm、体重70kg超、特注の指導者サイズのユニフォームを身にまとい、大人用カタリストを振り回す怪獣として、指導者、仲間にも恵まれ、市大会、都大会優勝を達成しました。正直、俺みたいなやつがプロに行くんだなと思っていました。この頃にはすっかり野球にのめりこんでいました。野球=楽しいという、原点を作ってくれたシャインズの皆さん本当にありがとうございます!

中学では全国大会に出たいという思いで、横浜緑シニアに投手として入部しました。怪我がちで50人を超える部員の中、目覚ましい活躍は出来ませんでしたが、目標の全国大会に出て、大学に入っても切磋琢磨できる、レベルの高い仲間たちと野球ができたことはとても良い思い出です。大学で苦しい時、シニアのみんなに負けたくないという思いが私を奮い立たせてくれました。

写真:左奥から右回りに外山(4年・外山稜太郎)、山根(早稲田大学野球部)、竹内(慶應義塾大学野球部)、父、自分、深谷(法政大学野球部)、後藤(慶應義塾大学応援団)

この頃から野球で父を超えるということが私の目標になりました。そのため甲子園ではなく、六大学野球、神宮球場で活躍するという目標のもと戸塚監督の母校でもある明大中野高校を選択しました。男子校だということを決まるまで知らなかったので、知っていたら違う選択肢になっていたと思います。ですが受験を経ずここまでこれる選択をした当時の俺、今考えれば本当にありがとう。

高校生活は甲子園はおろか、コロナ禍ど真ん中で活動もままならず、軟式野球部が発足して部員が集まらないなど、難しすぎる勉強と男子校生活も相まって想像とはかけ離れたものでした。またスーパールーキー中村海斗(3年)が入学してシートを投げただけでエースとなり、私の投手人生も儚く終わりを告げました。ですが主将をさせていただき、少ない人数の中で、知恵を振り絞りながら中心に立って勝ちを目指す野球はとても楽しかったです。またここで、日本一になりたい、狙える野球がしたいという、今の私を突き動かす最大のモチベーションを獲得しました。

こうして神宮球場で活躍する、日本一を獲るという目標を掲げ、父を超えるべく、憧れである大学野球部の門を叩きました。甘く考えていたつもりなど微塵もありませんが、野球で飯を食おうとしている人達のレベルには本当に驚かされました。またそんな選手達が朝から晩まで練習するこの環境で、打っても投げても守っても、勿論走っても、下から3本の指に入る実力であり、必死に夜遅くまで練習してみるものの差はいっこうに縮まらず、1年目は同期で唯一、B戦を始めとした遠征で府中から1歩も出ることがなく終わりました。何をやっても糸口が見えず、本当に苦しい時期でした。それでも腐らず続けた練習が少しは形になり、2年生になり何とかB戦には連れて行ってもらえるようになりました。デビュー戦では代打でヒットを放つものの、高3夏大会ぶりに塁に出た私は、約1年ぶりの牽制球を受けフリーズ、タッチアウト。あの滑稽な姿は伝説となり、牽制死ファミリー(後に福原(4年・福原聖矢)、八谷(4年・八谷晟歩)、若狭、檜村(4年・檜村圭吾)が加入)という不名誉すぎるファミリーの初代にして名誉ファミ長となりました。

その後も試合に出ればミスを犯し、3試合に代打、少しの守備での出場にも関わらず試合後のミーティングで当時の戸塚助監督から5回も名指しで怒られるという快挙を達成しました。そんな状態でもリーグ戦への憧れから必死に練習しました。ですがフレッシュでも思うような結果を残せず、2年生も終わる頃、同期、後輩の活躍を横目に、練習してもしても神宮への道のりは見えてこないし、何より日本一という目標がありながら、自分はこの先一体このチームの何に貢献できるのか、果たしてチームが日本一になった時に私はそれを喜べるのか、という自身の存在意義が分からない時期がやって来ました。

そんな停滞期でも時間はあっという間に過ぎ、3年春に戸塚監督から学生コーチへの打診を受けました。「神宮で活躍する」という大志からこんな私でも葛藤があり沢山悩みました。ですが最後に日本一になって胸を張って終わりたいと学生コーチになることを決断し、「日本一」という目標に全ベットすることを決めました。

学コになったからには自分の中で実現したいことがありました。

それは評価の明瞭化です。明治ほど競争の激しい野球部はないです。それは身をもって痛感してきました。だからこそ評価を受けた選手と評価する指導者の中で考えにギャップがあったり、選ばれない理由がはっきりしないと選手は何が必要なのかが見えてこないと思うからです。ときに納得のいかない評価にさらされた選手もいたと思います。

ですがその中でも評価が最適であった理由と、必要だった点を自分なりに必ず答えられるようにすることは大切にしてきました。

ですが1年目は、正解などないそれぞれが十人十色の考えを持つこの部活で、指導者、選手と意思疎通が上手くいかず、フレッシュ監督をクビになるなど悔しい思いをしました。あの時振り回した選手たち、本当にごめんなさい。そんな経験もばねに今は大分形になってきたかと思います。

4年生になり、あっという間のキャンプ、OP戦を終え、三塁コーチャーという役職をいただき、ついに憧れのリーグ戦の舞台に立ちました。鳴り止まない応援、歓声のなか一点をせめぎ合うあの最前線に立った時に感じたこれまでに無い高揚感は今でも覚えています。ですが春は慶應に完全優勝を許し2位に終わり、日本一へ続く神宮大会への道も閉ざされてしまいました。

打倒慶應、日本一を掲げ、個人としてもチームとしてもここまで突っ走ってきました。

迎えた秋、早稲田戦を競り落とすも、なんとか自力優勝を残し、雪辱の慶應戦を迎えます。みんな真価を見せるときです。苦楽を共にしてきた仲間たちと、これまで培ってきた全てをぶつけて日本一まで走り抜けます。

ここからはお世話なったすべての方へ感謝を綴りたいと思います。

まず初めに、チーム福原を応援してくださる全ての皆さん。やっぱり明治がナンバーワンって応援を聞いてつくづく思います。いつも沢山のご支援ご声援をいただきありがとうございます。日本一を獲るその時まで熱い応援をよろしくお願いいたします。

指導者の皆さん

戸塚監督
母校の大先輩として、選手としても学コとしてもとても可愛がっていただきました。出身校を「メイナカです」と答えたら「メイダイナカノだよ」略してんじゃねえと地獄のマンツーマンノックが始まったり、今でも横でノックを打てば選手がエラーする度に下手くそ、小島みてぇだなぁと愛のあるメッセージをくれます。私にとっては覚えてくれているだけで嬉しいです。ありがとうございます。最後は優勝して監督を胴上げして八重歯全開の満面の笑みが見たいです。引退してからもよろしくお願いいたします。

松岡コーチ
2年間ですが、飲み会に呼んでいただいたり、たくさんの逸話を聞かせてもらったり、グランド内外で野球をたくさん勉強させていただきました。ありがとうございます。1分間スピーチで話したビール掛けの夢、松岡さんが今でも「優勝してビール掛けしよう」と覚えていてくれて嬉しいです。真っ赤になるまでビールを飲みましょう。

西嶋コーチ
真っ直ぐの投げ方、海外生活の苦労、など色々なことを教えていただきました。ありがとうございます。春のリーグ戦では西嶋さんがデカすぎてベンチの約半分を占め、三塁側から監督のサインが見えませんでした。コーチャーに行く人、気をつけて、本当に本当に。

山口さん
人間力を携えながら、客観視できる大人である山口さんの、言葉、存在に渦中の際は本当に助けられました。府中キャンプ、Bチームといった焦点が当たらない練習まで親身に見ていただきありがとうございました。「こじと一緒に俺も引退するよー」と仰っていましたが、半田(3年・半田真太郎)がその座を引き継ぐまでは、ぜひ後輩達の面倒もみてください。また焼肉も連れて行ってほしいです!

PL田中さん
下手すぎる自分を、見捨てず可愛がっていただきありがとうございました。地獄の特打を始めとした田中さんのご指導のおかげで、バッティングだけは人並みになれました。社会人では田中さんにライバル視されるくらいの存在になりたいと思います。引退したらリニアモーターカーより速く走ると噂のプリウスで若狭と一緒にゴルフに連れて行ってください。

鈴木さん
叱咤激いただきありがとうございます。Bチームを含め後輩たちは1人残らず自慢であり、野球部の未来です。どうぞよろしくお願いいたします。

続いて先輩方

(同部屋の先輩方)

杉本さん(令和6年 心理戦防護課程合格)
弱冠2年生ながら同部屋に抜擢していただき、悪いことも良いことも悪いこともたくさん吸収させていただきました。かりゆし58の「アンマー」のような生活を送る杉本さんと隣人の染さん(R7卒・染谷駿斗)の影響も相まって完成した「大社不部屋」で過ごした時間はこの上ない刺激的な毎日でした。圧倒的な頭のキレ、ワードセンス、燃え滾るパッションと行動力は今でも自分の憧れです。離れてからもご飯や、就活相談に乗っていただきありがとうございます。いつでも飛んでいくのでこれからも飲み連れてってください!

大流さん(R7卒・西田大流)
一見、怖そうでヤクザみたいなマサルさん、同部屋になりマサルさんの怖さはどちらかというとインテリヤクザの方だということに気づきました、(嘘です)。腹黒いところも自分は好きです。まさるさんにはたくさんご飯に連れて行ってもらいました、2人で行きたいお店をシェアしあった時間が思い出です。マサルートさんのリサーチはいつも大当たりで感服です!予約サイトが黄色なのはここだけの話ですが…。
まじめな話をすると自分が裏方に転身する決断は、MGを兼ね、黙々と自分の仕事をこなす大流さんの姿を間近で見てきた影響が大きかったと感じます。周りに流されず、自分のポリシーを貫く姿、今になってその難しさがより分かります。引退してからもたくさん気にかけていただき、ありがとうございます。久々に「東京帰るから空けといて~」待ってます!

三部さん(R8卒・三部大地)
昨年、1年間同部屋に指名していただきました。初めに、就活をうまく乗り切れたのは間違いなく三部さんから沢山のアドバイスをいただいたからです。ありがとうございます。共通点が多く、女兄弟しかいない自分にとってはまさしくお兄ちゃんのような存在でした。同部屋中に学生コーチに転身し、Bチームを担当する中で上手くいかないことがある度に、三部さんに相談させてもらいました。夜な夜な2人で話したあの時間が、まさしく今、学生コーチとしての指針になっています。また、これだけ良い考えを持っている人が野球のヒエラルキーによってチームに参画できないのはおかしいと思い、野球継続の有無で選手間に溝を生みたくないと考えたきっかけでもあります。
引退してからも遠藤さん(R8卒・遠藤雄介)を超えるほど春リーグを追っていたことには驚きましたがそれもすごく三部さんらしいです。最高の形で引退して三部さんに近況報告したいと思います。岡山に行ってしまったらしばらく帰京できなそうなので、ぜひ町田で飲みましょう!

(旧101号室の方々)

ザキさん(R8卒・宮崎雄太)
AM.5:30から始まる朝練習を夕方の練習としてタイムスケジュールに据える狂人ともいえる夜型人間です(社不)
先日慎くん(3年・髙橋慎)が夜中に爆食すれば明日朝飯食わなくて済むわーと言っていましたが、紛れもなくザキさんが遺した伝統です。そんなザキさんには沢山お世話していただきました。なんでもOKな101号室、数え切れないほど行ったひゅうが、ビートルズ、ビーズのライブ、レモンサワー半分でKO inベルーナ などなどザキさんとの思い出は尽きません。先輩ではありますが、とても口外できない本音をさらけ出せる唯一無二の存在です。今後も引き続き可愛がってください。Pleasure行きましょう!

元翔さん(R8卒・福岡元翔)
我らがビートルズ初代ファミ長です。グランド整備以外で、土を寮に50L注文した男は史上初めてだと思います。なんとか二代目ファミ長として子供たちを継承し育て上げましたがエース牧田(2年・牧田健吾)の活躍も虚しく、三代目ファミ長守谷(3年・守谷治樹)で臨時休業となってしまいました。指導不足です。すみません。しかし我らの魂は今も府中の森公園で脈々と受け継がれているでしょう。それを信じて社会人として、また始めるであろう四代目牧田と共に支援を送りましょう。

植ちゃん(R8卒・植田颯斗)
ポケモンマスター就活生として101では録画面接の作法をご教示いただきました。就活を終え、植ちゃんが本当に仕事をしているのか心配ですが、いるだけで笑いあり、廊下を歩けば事件あり、風呂は無し。ちょっと汚い植ちゃんとまたワイン開けたいです。九州行くので迎え入れてください!

八幡さん(R8卒・八幡優介)
昨年、「お前あと1年もあるのやばいな」と言われ、「ブログを書いても油断するな」の金言のもと、自分もなんとか引退まで残り約1か月に到達することができました。幸か不幸か高校から背中を追われがちな先輩と追いがちな後輩ですが、特に学生コーチになってから、選手想いな姿など見習う部分も多かったです。無事に引退した暁には、幻の学コ飯よろしくお願いします!

遠藤さん
早稲田1回戦、1アウト2塁ランナー福原。明治ファンの皆様なら覚えているであろう完全にあの時のデジャブシーン。三塁コーチとして奇しくも2年連続2人目となるアウトのタイミングで腕を回してしまったのですが、僅かに遠藤さんより人間力が勝ったのか(それだけはないです。嘘です。)奇跡的にマウンドで送球が跳ねセーフとなりました。あの時に頭の中で走馬灯のように遠藤さんの顔がよぎり続けていたことは一方的な思い出です。人間って不思議です。そんなことはさておき遠藤さんには学生コーチとしてのいろはを教えていただきました。チームへの献身性、それを実行するための高い自制心、また全てのものごとを自責で捉え、自己研鑽する姿。読んでいる皆さんに凄さを伝えたいので、どれ程かと言うと、左投手対策のために左投を練習して習得し、バッティングピッチャーこなす人です。遠藤さんの下につけたことで今があるといっても過言ではないです。引退してからも課金したチャッピーのように困ったときには的確なアドバイスをくれます。キャンプやリーグ戦に円滑に臨めたのも遠藤さんのアドバイスがあってこそです。とても遠藤さんのようにはなれませんでしたが、遠藤チルドレンとして集大成の秋、「チーム福原」で遠藤さんが築いた昨年のチームを越えて恩返ししたいと思います。自己研鑽の合間を縫って、次は加藤(1年・加藤颯太)と一緒にご飯お願いします!

こじさん(R8卒・小島大河)
こじさんのせいで小島「じゃない方」と呼ばれ、体格だけは恵まれているからか、あらゆる場面で「本物」だと思われては、違うことを説明し、勝手にガッカリされるというとばっちりを受け続けた4年間でした。選手としては比べられるどころか足元にも及びませんでしたが、侍ジャパンに当然選出され、本体が忙しくなる学期末、小島 じゃない方として暗躍し、最高品質のバットをたくさんいただきました。そのバットで凡打の山を築いたことで、選手生活に踏ん切りをつけることができました。勝負強さはプロでも健在で同じ小島大として小島河の活躍が誇らしいです。生涯応援するので、ご活躍を期待しています!

かわいい後輩達

ガッコチーム!

たけ(3年・伊藤丈朗)&たや(田家天太郎)
自分と田中(4年・田中陽貴)が推薦し、転身の話を受け、こうして学生コーチになる選択をしてくれてありがとう。2人は要領もよく、仕事の飲み込みも早くて、本当に助かりました。おかげでいつでも安心して引退できそうです。

丈には周りの様々な要望や考えに耳を傾ける傾聴力があります。また丁寧な仕事ぶりから相手の信頼を勝ち取ることも上手です。さすが04て感じです。

たーやには強い芯と合理的に考えられる力があります。良いこと悪いこと、求められてることを考え必要な部分を的確に攫い、それを実行できます。私にできなかった背中で引っ張ることもできる頼もしいやつです。

私たちが引退すれば、2人がチームの核となります。今年以上に個性が強く、未知数も多いであろう来年の代は恐らく私たちの何倍も学生コーチが頼られることでしょう。特に手探り状態の新チーム発足時は選手も戸惑うことが多く、課題が出ては立ち止まり、なかなかスムーズにいかないと思います。2人は要領がいいから綺麗に解決しようとしすぎるかも分かりません。そんな時は腹を割って話したり衝突を厭わずに泥臭く向き合うことも一つです。そういう回り道みたいなところにもチームを良くするきっかけが多く隠れています。2人が躍動する来年のチームが今から楽しみです。

加藤
先日、持ち前の愛くるしい姿に似合わない、中々の重量でウエイトをしていたので「何目指してんだ笑」と問いかけたら、あどけなさの残る純粋な眼差しから「恥ずかしくない体です!」と鋭い刃が飛んできました。自分の首より下を見ていましたね、許しません。広商産駒のゴールデンルーキー入部に、次は後輩に指導されるのかと怯えていましたが、よく出来た、めちゃくちゃ可愛い後輩でした。右も左も分からない中で、学コを務めることはとても難しいはずです。そのなかでも誠実に一生懸命仕事に取り組む姿は本当によく頑張っていると思います。また同期や周りの選手と上手く関係を取り持てることが加藤の一番の強みです。これから任される仕事、責任が大きくなっていくと思うけど初心を忘れず、1人だと思わずに、想いをもって周りを巻き込んでらしく頑張ってな!きっと加藤なら大丈夫。加藤が中心となり引っ張っていく29年度の「チーム富岡(1年・富岡勇仁)(暫定)」を今から楽しみにしてます!

みんなには遠藤さんのように良い教えをたくさん残せた自信はありませんが、一緒にやれた時間は反面教師にでもしてほしいです。みんなの頑張りは必ずチームの力になります。何か困ったとかご飯に行きたいとかあればいつでも連絡ください!がんばれ!

愛也(3年・藤平愛也)
1年間同部屋ありがとう。初めての後輩同部屋だったけど、勝手に部屋長を名乗り、エアコンの温度、部屋の配置といった全権を握り、完全に尻に敷かれる形となりました。可愛いから許します。ご飯行ったり日曜は一緒VIVANTみたり、練習に付き合わされたりとても楽しかったです。なんでも計画的に、抜かりなくこなす愛也に就活も野球も心配はないです。良い報告とスタメンとして活躍する姿を楽しみにしてる。

有川(3年・有川駿佑)
愛也と一緒に焼肉に行ったり高森ドライブデートをしたりどれもいい思い出です。ありといると笑いが絶えません、可愛いやつです。音楽のセンスだけは分かり合えませが、来年ありがチームを支える中心になることは分かります。人付き合いも仕事も要領よくこなせるありだからこそ、来年は主体的に動いてチームをどんどんいい方向に導いてください。就活との両立が難しい時期に突入すると思いますが、「導き」が欲しくなったらいつでも連絡ください。大歓迎です。来年以降も併せての活躍を期待しています。

守谷
直属の後輩として、ほぼ同部屋として、よく一緒にいました。ビートルズでは主務を任せてみたものの… 来年以降が心配です…ですが、1年の時この生活に絶望し涙していた姿から見ると、今はもう大分頼りがいのある姿になりました。来年は責任も増えると思いますが、裏番長として、ありと二人三脚で頑張ってください。なかなかごはんに行けてないですが、飲みでも行こう。

土居(2年・土居湊大)
ふてぶてしい変なやつだけど、いつでも全力でバカ正直で、リーダーシップもあって、喋ってて気持ちの良い奴です。都合の悪い時に色々誘ってきて、こっちが誘うと今日はたまたま予定がと言ってくるやり取りはもはや茶番です。今は怪我もあり、苦しい時が続いているけどプロ顔負けのBTをあとはグランドで出すだけだから考えすぎずに土居らしくやってくれ!

慎
95%のうざさと5%の可愛さを持つ狂人ちんくん。ちんくんはアホすぎて話になりませんが。アホじゃないちんくんはちんくんじゃないです。もう野球いいわーと強がるのが口癖だけど、ご飯食べいくと野球の話しかしないので、試合に出たい思いや将来の不安がバレバレです。来年、ちんくんが主力で活躍している姿が見たいです。これからも細々とラーメンファミリーは続けてください。そろそろひゅうが行こう。

二坂(2年・二坂青凰)、大泉(2年・大泉塁翔)、峯(2年・峯孝宏)、牧田を中心とした後輩のみんな
たくさんだる絡みしました。四送会でみんなにやり返されないか心配ですが、甘んじて受け入れようと思います。おかげで楽しい寮生活でした。一緒にいられるのも残りわずかですが、最後までやり切りたいと思います。潤琉(2年・秋山潤琉)!施錠徹底で!

メイナカの後輩たち
学コとして、勿論選手のことはフラットに見ていますが、やはり後輩の活躍は嬉しいです。戸塚監督と同じメイナカとして、どんな形であれ少しでもチームに貢献するということを忘れずに各々頑張ってください。やらかす時は正々堂々、メイナカらしくやらかしてください。これからもみんなのことはずっと追っているので活躍を期待しています。

そしてかけがえのない同期のみんな

諸悪の根源 内海(4年・内海優太)
高校生で篠木投手からバックスクリーンに衝撃弾を放ち、晴れて私たち一般組が入寮した直後にはデビュー戦初打席で逆ラン。ファーストしか守れない自分にとって内海の存在は死活問題でした(競れたことはない)。内海が打席に立ったときの何かしてくれそうな存在感が自分は大好きです。飲み会の内海は嫌いです。早稲田戦はあとひと伸びのところで同点弾&バットフリップとはなりませんでしたが、お前のバットがチームを日本一に導くと信じています。プロへ行っても、万が一「川崎の佐野恵太」と呼ばれても、一生応援します。

我らが主将せいや(4年・福原聖矢)
新チームになり、光弘軍事政権が発足すると思っていましたが、蓋を開けると福原民主主義共和国が建国されました。最初こそ驚いたものの、せいやほど視野が広く、頼りになるリーダーはみたことがないです。チーム福原の学生コーチを担えたことを誇りに思います。賛否両論あるボケマシーンという一面もありますが、様々なものを背負って先頭で戦うせいやはかっこいいし、日本一のキャプテンにしたいと心から思っています。
社会人生活では自分が女房役としてせいやが還る場所を死守したいと思います。いやプロ行けよ、てか行くね行っちゃうね。

防衛大臣みつひ(4年・光弘帆高)
その気になれば抹殺できたであろう自分を仲間として迎え入れてくれてありがとう。冗談はさておき、ほたかのおかげで練習が締まり、チームが締まります。それぞれが野球の美学をもつこの曲者揃いの大所帯でそれができることは、並大抵のことではなく、帆高の積み上げてきた全てからなる説得力があってこそ成立するものだと思います。無論代わってあげることなどできる訳もなく、重責を担う帆高はとても大変だったと思うし、春シーズンは帆高もチームも不本意な形に終わってしまいました。復活の兆しが見えるこの秋、本来の帆高を周囲に見せつけてくれ。勝手ですがなんだかんだで、来春は逆襲の開幕スタメンとして、同期で一番早く活躍してると予想してます。併せて楽しみにしてます。

はち(八谷)
寮長でもあり、先述した牽制死ファミリーを共に創った副ファミ長です。最近開催できてないので近々やりましょう。1年からベンチに入り、今年こそはと主戦を張る意気込みの中、なかなか機会に恵まれず、はちはこの1年間悔しい思いばかりだったと思います。ですが求められる形で精一杯チームに貢献する姿、皆に信頼される姿は逞しく、まさしく昨年の瀨さん(R8卒・瀨千皓)を想起させます。昨年は瀨さんが慶應戦でチームに勝ちを呼び込みました。今年ははちの仕事だと思います。めちゃくちゃ期待しています。がんばれ。

ばんば
丸尾以降犠牲者は出したくないと思っていましたがやはり番場でした。ですが、何故か定期的に会うのであまり寂しいという感じはしません。ですが、いつでも番場の独創的かつ切れ味鋭いトークを享受できない今はやはり、ちょっぴり寂しいです。四送会と就活ではグランドで発揮しきれなかったポテンシャルを遺憾無く発揮してくれることを願います。これからもよろしく!

りゅうい(4年・河原﨑琉衣)
就活が野球を諦める原因にしたくないと、尽力しましたが、救えませんでした。ですが、どんな立場でもりゅういはりゅういで、同期全員から愛されるりゅういはさすがです。スタンドから大声援を送ってくれるりゅういも大好きです。貸しも溜まったのでそろそろまた部屋に住み着きたいと思います。部屋を片付けてYogiboを空けてお待ちください。

いっさ(4年・岸本一心)
自分がデブなせいでいっさのアイデンティティである「デブキャラ」を霞めてしまい申し訳ないと思っています、、、控えます。スカしていて、1秋には同期全員を敵に回す男ですが、素直になれないだけで、実はまじめで、実はいい奴だということも周知の事実です。お互いうまくいかないときには準硬で一緒にバットを振り、ベンチで思いにふけたこともいい思い出です。東洋一の野球センスを持ついっさが煮え切らない思いをする姿には自分も悶々としていましたが、抜擢された法政戦でいきなり結果を出すところは流石だと思います。ですが、俺を出せ、俺を出せば勝てるといつも言ういっさにはもっと活躍してほしいです。
BIG MOUTHではなくただのかわいいBIG MOUSEだということを今週の慶應戦で見せてください。めちゃくちゃ期待してます。

くり(4年・栗原英豊)
寮内ではベッドに引きこもっていますが、学校では栗原軍団を統べ、肩を切りながら廊下を闊歩する我らが経営学部のエースです。食後のFIFAや、リモートサイクリング、オスナが打ったヤクルト戦、125号室で鎬を削った日々、どれもがいい思い出です。全くと言っていいほど練習しませんが、ぬるっと進路を決めたりと、ここぞの爆自摸にはいつも驚かされます。くりが練習すればプロに行けるかもわかりません。投げてる姿を長く見たいのでベテランみたいなピッチングではなく、ベテランになるまで現役を続けてほしいです。引退しても飲もう!打とう!チャリ漕ごう!

もとき(4年・津田基)
皆さんご存知、04世代甲子園の大スターですが、大学では共にサブノックを受け、Bチームでベンチを温め、先の見えない代打準備をした苦労人です。それでもなお腐らず、渇き続け、外野に挑戦し、レギュラーを掴んだ姿は多くの模範だと思います。試合に出ても様々なしがらみに悩まされ、この秋は9番として最優秀防御率争いを繰り広げています。ここぞで活躍してほしいと心から思います。いやきっと活躍します。もときがいるなら名古屋に住むのもありだなと思ってます。引退したら 旅 行こう。

しゅうや(4年・友納周哉)
最上級生になったからか4年目にして奇行が目立つようになりました。付き合ってたらかっこよかったのに結婚したら旦那に冷めるやつ、多分こういうことなんだと男ながらに思いました。将来の奥さんに嫌われないように反面教師にしたいと思います。

りょうたろう(外山)
先述した通り、中学からの仲です。かつて自分の控え投手だったりょうたろうが、気づいたらフレッシュで零封したりと、選手としては大きく差をつけられました。
めちゃくちゃ良いものを持ってるのに、進藤もびっくりの体調不良やだぶり、最近では奉り仕えている姿など絶望的な間の悪さに驚かされます。りょうたろうがリーグ戦で投げることを期待したし、絶対投げられたと思うけど、叶いませんでしたね。それでも最後の最後まで野球をやり切ろうとする姿は、選手を辞めた身として素晴らしいと思います。お互いやりきって胸を張って鴨居に挨拶行こう!

やまと(4年・内藤大翔)
鮮烈なリーグ戦デビューをするも、2年以降はBのファーストに居座り、選手時代は早くAいけよと、やまとの控え(ひむ)の控えとして勝手にうんざりしていました。(自分が下手なだけ)そんなヤマトとも、現在は同じ障害が立ちはだかる同志であり、飲み友です。バスも隣です。試合ではこんなに頼りになる選手がいるかと思う、ここぞで魅せる漢です。吉祥寺、リベンジしよう。

やまうち(4年・山内優平)
勝手にヒップローテーション係に任命し、リーグ戦期間はチームのためにバッティングピッチャーとして腕を振ってくれました。4年目にしても掴めない変なやつですが、誠実なところ、自己犠牲できるところ、社会で活躍する体育会とはまさに山内のことだと思います。引退後は自分の目標である早めのFIREに向けて、インサイダーを攻めた取引をお願いします。

哲郎(4年・松本哲郎)
ジェネレーションギャップを感じさせない物腰の柔らかさとコミュ力の高さを兼ね備え、同期を始め、指導者、後輩、様々な人と打ち解けられる哲の人柄が心から羨ましいです。そんな力が自分にもあれば、学コとしての99.99%の問題は悩む必要すら無かったと思います。就活終わったらCチーム俺しかいないよと悩んでいた哲が、今こうしてチームの戦力になっていることがとても嬉しいです。一緒に就活をすれば心強かったし、ゲロいじりだけは不本意ですが、BBQしたり飲みに行って語ったりいい思い出がたくさんです。引退後は長老として東京に残ってくれるので、華金飲みは勿論、哲を中心に必ずみんなで集まろう!タイまでやり切ろう。

こくう(4年・三浦心空)
余計なことしか言わない心空ですが一緒にいれば面白いし、自分本位にみえて、意外とよく周りも見てるし、チームのことも考えてます。心空と話している時間が結構好きです。俺がやらかした時だけ一段と嬉しそうなのはうざいです。覚えてないと思いますが、下の公園で心空が「俺も日本一はなってみてーな、俺らの代ならいけるくね」と言ったこと、こいつでもこんなこと思うんだと感心しました。学コ転身を悩んでいた自分が、この同期なら支えたいと思えた一つでもあります。打たれて泣きじゃくる心空はもはやネタだからもういいです。獲ろう日本一。

ひむ(檜村)
初めての同部屋であり、学部、学科、クラス、ポジション、と全てが同じであり、同部屋時代は全く同じスケジュールで生活していました。右も左も分からない寮生活の大変さを痛感していた頃、日本一厳しい成田高校で修行を積んだひむにはたくさん迷惑をかけました。あの時はごめん。その後も共に就活を乗り越え、単位を取り、野球のこと、チームのことで多くの意見を貰ったりと、いつまでたっても頼もしいやつです。就活を並行しながら、野球でも結果を出し続けた姿はまさしく自分の理想像であり、葛藤する姿を近くで見てきたからこそ、ひむと一緒にベンチ入りできて本当に嬉しいし、レフト前ヒットは自分のことのように嬉しかったです。絶対に優勝しよう。社会人では遠くになっても絶対飲み行きます。田中を連れてくるかは委ねます。まずは華金新橋飲みで!

ゆうしん(4年・前田悠槙)
横の部屋と雑に入れ替えただけで生まれた同部屋がきっかけで仲良くなりました。同部屋としてはゆうしんの恋愛をアシストしたり、デストロイしました。そこから赤特「女運」がついてしまったような気がします。そんなことが起こったのも、私の様々なやらかしも、きっとゆうしんの恐怖の夢遊病によって不眠症になったからです。誰かとずっと話していたり、ベットの上から降りてきて夜中に部屋を徘徊したり、昼寝ですら部屋に帰ると、枕、布団を初めとしたあらゆるものがベットから床に落ちていました。深夜に2段ベットのハシゴに体育座りしている姿は今も脳裏に刻まれています。勇気を振り絞ってゆうしんのFといっぱい喋ったのもいい思い出ですが(本当は良くないらしい)、これら全部を何も覚えてないというのだから本当に恐ろしいです。ゆうしんとはフレッシュリーグの企画チームであちこち飛び回ったり、飲み行ったり、足を上げた瞬間からタイミングが合うのでシートでたくさん打たせてもらったりと良い思い出がたくさんあります。就活、野球と妥協を許さず必死にやってる姿を見てきたからこそ、最後は報われて欲しいです。ゆうしんと一緒にベンチ入りたいです。最後まで一緒に頑張ろう!

なお(4年・松本直)
鎌学に共通の友人も多くすんなりと仲良くなり、栗原、若狭としのぎを削った良き友でありライバルです。寝坊をすると、とんでもなく野球が出来なくなる弊部で、週末にリーグ戦先発が控えている中、5時20分過ぎに自分が巻き込まれるリスクを顧みずに起こしに来てくれました。あの恩は一生忘れません。直は漢です。人望の塊です。憧れであり、生まれ変わったらなりたいです。

そう思えるのは、活躍する姿もそうですが、上手くいかない時、課題に直面した時、周りに何と言われようが、やり過ぎなくらいに名の如く真っ直ぐに向き合うからです。野球以外でも度量が大きく気持ちがいいやつです。周りの想いを汲み色々な人の期待を背負って投げる直ほど頼もしいものはありません。悔しいけど直が打たれて負けたならしょうがないやとさえ思わせてくれます。1つ偉そうに言うなら、直は自分のためにというよりもチームのため、仲間のために動く時が一番直自身も上手くいっている気がします。自分が直にできることは、遅れてきたピッチング連絡を回収することと、ベンチで声援を送ることくらいだと思いますが、投げるときは直がハッとするくらい球場の誰よりも声援を送りたいと思います。だから神宮で投げる時くらいはゆっくり周りを見て、球場全部からくるプレッシャーを楽しんで投げてほしいです。どこで投げようと何番でも俺らのエースは直です。絶対優勝しよう、日本一なろう。

わか(若狭)
自分の野球部生活はわかなしには語れないと言っても過言では無いです。様々なところに遊びに行った思い出もたくさんですが、いつからか練習パートナーとして、若狭は自分の真ッスラを超えた真ッスイーパーを、自分は目でも瞑ってんのかと言うくらいストライクの入らないわかのバッピを毎日のように打ち合い、投げ合いました。自分が学コになってからも練習は続き、燻っていた若が3年にデビューしてブレイク、そのまま全日本メンバーになったこと。そして先日の法政戦スーパースライダーをもつ助川からの勝ち越しスリーランHR。控えめに自分のおかげと言っても過言では無いでしょう。ですが自分のバッピが安定している時は、若の打撃も安定して状態が良くなります。つまりは、若がもし、抜群にコントロールが上手い誰かと一緒に練習していたら、もっと凄い打者になっていたかもしれません。そう考えると少し申し訳なさも覚えますが、練習の虫である若狭と二人三脚で練習できた時間、それが形になった瞬間は学コ冥利に尽きるというか、これ以上ない喜びを感じた瞬間です。4年として、この1年苦しいときが多かったことは近くにいて痛感していたし、ベンチ外からスタートした若が秋1本のヒットで涙を流していたところも見ています。わかが積んできた練習量、本来持っているポテンシャルからしたらまだまだいけるはず。今週の慶應も頼むぞ。

たーなー(田中)
グーでいこうかパーでいこうか、いっそ後ろからノックバットで、、そんなことを考えた時も多々ありました。意見が合うことの方が少なく、事務室、応接、LINE、電話と何度言い合いをしたか分かりません。ですがカード頭恒例の萬蔵庵を始め、飲みに行ったりと、間違いなく同期で一番長い時間を、苦楽を共にしました。八方美人だと分かっているけれど田中に褒められるとなんか嬉しいです。俺は攻撃ばっかでごめん。この1年間、抜かりない丁寧な仕事や指導者との意思疎通、グランドでは目立たないけど、タイムキーパーや様々な設営など、間違いなく縁の下の力持ちとして活躍してくれました。自分だけがガッコじゃこの1年絶対に上手く回りませんでした。本当にありがとう。俺と田中がベンチにいるなんて今でも信じられないけど最後笑って終われるように、最後まで二人三脚で頑張っていこう。すぐ体調崩すのだけはどうにかしてくれ……

学生コーチになり、チームの「裏方」に片足を突っ込んだ自分ですが、接点が増えて思うことは、想像以上にこの部が裏方によって回っているということです。グランドに出ることはなくとも、MGは明治の看板を背負い、様々な人を巻き込んで、時には明治の枠組みすらを超えて問題解決や調整、運営にあたってくれています。トラックマンから球場で動く全てのボールがミリ単位で記録される昨今、アナリストがいなければあの難解なデータを扱い、相手の対策や自チームの分析を行うことは勿論、自チームの選手達を客観視して合理的な評価することはできません。自分が語るのもおこがましい話ですが、みんなのおかげでチームが成り立っているし、強いチームで在れます。本当にありがとう。来年以降もチームに残る裏方のみんなはそれぞれが明治野球部の屋台骨として、日本一の裏方から日本一の野球部をこれからも創り続けてください。

P.S.宇賀神(3年・宇賀神有海)お菓子食いすぎんなよ。

4年間真の裏方として支えてくれた4人

主務こうすけ(4年・島抜康介)
我が母校の管理不足で、下級生時代には全ての雑務を一人で請け負い、3年になると、これまた我が母校の管理不足で主務を任され、就活を並行しながらもありえない業務をこなし、それを要領よくまとめるこうすけには頭が上がりません。そんな苦労もあってか日本代表の主務にまで駆け上がり、このチームはもはや福原ではなく「チーム島抜」と呼ばれてもおかしくないはずです。裏方のボスとして「〜だけはすんな」とか「〜絶対しろ」と飛んでくる命令は相変わらず怖いです。ですがこうすけの運転する車の助手席は自分の指定席であり、キャンプに行けば飲みに行き、キャンプじゃなくても飲みに行き、時には鍋を囲んだり、こうすけとは波長が合って一緒にいてとても楽しいです。社会人のゴールデンウィークはとりあえずこうすけを旅行に誘いたいと思います。そんなこうすけとベンチに入り、中の小上がりを取り合いながら全力で声を出せるのも残り僅かです。寂しいですがそれも噛み締めて、最後は笑って終わろう!日本一まで駆け抜けよう!

副務なのこ(4年・平野凪乃香)
ふわーっとしてますが、仕事になるとメリハリと行動力が凄いです。酒も強いです。野球部のお姉ちゃんです。日本一になるために日本一の山(富士山)を登ったわと報告すると、それなら私も登らなきゃと岸本顔負けの負けず嫌いを発揮してななかと登頂していました。アツいやつです。監督を通信制限に陥れ、みんなの頭を悩ませる寮内Wi-Fi事件の解決はなのこの手にかかっているそうです。自分の部屋だけでも治してください。4年間本当にありがとう。引退したら悪いイメージを勝手に持ってる町田で飲もう!自分とならキットダイジョウブ!

副務ななか(4年・酒井菜々花)
野球部のママです。経理隊長です。その節はありがとう。お菓子食べ過ぎっていつもいってきますが充分ななかも食べてます。他愛もない話をしたり、飲みに行ったりする中でななかの将来がとても心配ですが、いい人に出会えることを願っています。ななかの酒癖が治ってるのか引退後も調査するので、フッ軽で参加するように。4年間本当にありがとう。

なつみ(4年・富澤なつみ)
創設2代目で、初の女子アナリスト、特に今期初めは頼れる先輩も、同期もいないなかで悪戦苦闘している姿を多く目にしました。それでも「必要なことは無理だと思わず何でも言ってほしい」とキツイはずの自分に鞭を打って言っていました。なつみには嫌われる覚悟で忌憚なく様々なことを伝え、時に泣かせてしまうこともありました。それでも、人一倍強いチームへの想いから、たくさん修正を繰り返してくれて、朝から晩までデータを集めてデータを作って考えて伝えて、4年生として1年間その重責を先頭に立って担ってくれました。本当に大変だったと思います。特になつみのおかげで、自選手の状態がよく分かるようになり、学コも自信を持って選手を推薦できるようになりました。後輩たちもなつみの姿をみて、見違えるほどに成長しています。この1年お疲れ様、そして4年間本当にありがとう。まだまだ戦いは続きます、まずはリーグ戦優勝。神宮大会に行ったらもっとたくさんのデータ処理が待ち受けてます。今から覚悟しといてね😈

P.S.裏方のみんな優勝したらビール掛け手配ヨロシク!

長々と書いてしまいましたが、私はこの野球部で最高の仲間たちと出会えたことこそ一番の財産だと思います。みんな大好きです。だからこそ、最後はみんなで優勝したい、笑って終わりたい、名実ともに日本一の仲間でありたい。そう願うばかりです。必ず出来ると思います。みんなでなろう日本一!

地元のみんな
慣れない寮生活をなんとかやりきれそうなのは、地元がまだ近く、定期的に還る場所があったからです。悩んだ時には寮まで車を走らせて話を聞きに来てくれたり、遊びに連れ出してくれたり、プロテインバーの差し入れをくれるなどたくさんの応援の力を貰いました。本当にありがとう。是非、神宮にも遊びに来てね、引退したらみんなでゆっくり遠出でもしよう!

最後に家族へ。

私が野球を始めてからというもの週末は野球で潰れ、庭は私のティーネットが占拠するなど、兄妹が多い中で、野球中心の生活をみんなに強いてしまいました。野球さえなければ、そう思う瞬間がみんなにあったと思います。本当にごめん。みんなのお陰で最高の野球生活を送れています。手のかかるわがまま長男坊だったと思うけど、これからは受けた恩をしっかり返していきたいと思います。

父さん。

野球を始めてからは付きっきりで、休日はチームの監督、コーチもしてくれました。家の中でも父と子というより、指導者と選手という関係で、父さんの顔色ばっか伺う日々に、他の家のお父さんが羨ましいと思った時もありました。ですがここまで野球を続けて来られたのは、父さんが野球を1から100まで教えてくれたおかげです。今になってやっと父の偉大さとその教えの深さを実感してるし、こうして最高の野球人生を歩めています。私に野球を与えてくれて、それを続けさせてくれて、この上ないサポートをしてくれて本当にありがとう。プロ野球選手になって父さんにマセラティをプレゼントしたいと思っていましたが、それは叶いませんでした。それどころか神宮で選手として活躍する姿さえ見せられませんでした。しかし学生コーチとしてでも、父さんが達成していない日本一を獲って父さんとの野球での戦いに終止符を打ちたいと思います。まだまだ手がかかると思いますが、これからもよろしくお願いします。

母さん。

野球一家の父方とは違い、全てが始めての中で、野球中心の生活を送るに際し、心身ともに一番苦労をかけました。中学時代は、幼い3人の妹もいる中で、野球に時間を奪われ、多忙すぎて涙を流す姿に野球どころじゃないと思ったこともあります。そんな大変な中でも惜しみ無くサポートをしてくれて、何不自由なく野球を続けさせてくれてありがとう。足が遅いのは恐らく母さんの遺伝だと思いますが、友達が家に来る度に驚かれるほど美味しいご飯を毎日たくさん作ってくれてありがとう。お陰様で大学では大きい怪我もなかったし、ここまで立派な身体に成長できました。野球で上手くいかなくても父に怒られても、いつでも母さんだけは味方でいてくれました。親元を離れてからは、ことある事に連絡をくれてたくさん気にかけてくれて、必要なものがあれば仕送りしてくれて、母さんの偉大さに気付かされるばかりです。本当にありがとう。最後はかっこいい姿をみせられるように引き続き頑張ります。引退したらゆっくりカウベルでも行きましょう。

可愛い妹達。

みどり

年子ということもあり、幼い頃は喧嘩が耐えませんでした。なし崩し的に始めたはずの野球をここまで続けるとは思いもしなかったし、絶望的な地頭の悪さを持つみどりが何をマネージメントできるのか兄として心配ですが、父親譲りの圧倒的な外面で活躍しているようで良かったです。昨年は念願の兄妹対決も実現しました。最後の1年間は人生においてかけがえのない時間となるはずです。みどりらしく、野球人生、大学生活を全うしてください。

ひかり

小島家野球被害者の会会長です。野球に嫌気がさし、兄妹で唯一バレーボールの道に進みました。私の野球に家族を振り回し、寂しい思いをたくさんさせて本当にごめんな。そんなせいか自立心のあるしっかり者に成長し、ひかりのことは正直安心です。引退したらひかりのバレーを見に行くことが1つの大きな楽しみです。家に帰れば振り回した分、送迎等いつでもばっちこいです。これからはただでさえ忙しい高校生活が更に忙しくなると思います。それでも頑張り屋のひかりならきっと大丈夫。相談ならいつでも乗ります。残された高校生活もその先の進路選択も悔いなくやり切ってね!

すい

10歳も離れているからか、妹でありほぼ娘です。私が溺愛しすぎたせいか、小6にもなっても兄離れが進まず少し心配です。家に帰る度に背が伸び、会う度に驚かされますが、野球でも兄顔負けの中心選手として活躍しているそうで嬉しい限りです。中学でも野球を続けるそうなので、老けてきた父に代わって、野球を教えてあげたいと思います。小島家が未達の甲子園を目指して野球も勉強もがんばれ!

果てしなく長いブログになってしまいましたが、残された時間も噛み締めて、最後の最後まで自分らしく頑張っていきたいと思います。

次は田中の誘いには気をつけろで同じみ、明治のフィクサーこと、裏方界隈のモニターであり私の大親友 田中陽貴です。グランド内外で部員を阿鼻叫喚させた「ターナー節」はラストブログでも発動するのか、乞うご期待。