【僕たちが歩んだ4年間】㉖~森田丈士~
26人目は、森田丈士(内・人間・土佐塾)です。

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皆さん、こんにちは。堀越からバトンを受け取りました、高知県土佐塾高校出身の森田丈士です。身長163cm、依田塁(4年・投・文・早大本庄)と並んでチーム最小の選手です。今回このような機会をいただいたので、4年間の道のりを綴っていこうと思います。
朝準備や補助、1年生ランはとても大変で、もう1度やれと言われても勘弁してくださいと言いたくなるような1年間でした。この1年間を乗り越えることが出来たのは、同期の皆がいたからです。
野球に関しては入部してからずっと、他の選手の技術・身体能力の高さに圧倒され続けました。1年生の頃に、当時リハビリ中だった一輝(松江一輝・4年・内・人間・桐光学園)と一緒にダッシュをしました。30mダッシュ、5割走で走る一輝と10割走で走る私。普通に考えれば10割の私が勝つはずが結果は惨敗。恥ずかしいどころの話ではありません。一輝、また今度30m対決しよう。ただ15mのハンデをください。お願いします。
冒頭に身長の話もしましたが、「みんな、でかいなあ」と常々思っていました。私は一塁手をやっていますが、内野送球の的とされる一塁手で、私は小さすぎる的です。色んな人から「小さくて投げにくい」と言われてきました。その通りです。内野手の先輩方、同期、後輩の皆さんごめんなさい。身長はもう変えられないものなので、いちいち考える必要もないのですが、しばらくの間はとても悔しい気持ちでいっぱいでした。何とかしたい。上手くなりたい。その思いで野球に打ち込んでいました。
才能あふれる同期がリーグ戦・フレッシュトーナメント・2軍戦で活躍する中、4年間思うようにいかないことが多かったです。皆に追いつき、追い越そうととにかくバットを振り、ボールを捕り投げました。しかし、結果をずっと残せないままでした。不安や焦りだけが強くなり、眠ろうとしても頭の中はその日の凡打やエラーのことばかり。安部球場に行くこと、野球をすることが嫌になりかけました。「何でこんなに練習をしているのに」と思いましたが、父親に電話でこのことを相談した際に「他の選手はもっと練習している。だから自分はこんなにやったとか思わず、毎日全力でやり続けなさい」という言葉を受けました。この時、私自身とても甘かったことを実感しました。どんな状況でも自分がやることを変えずにやり続ける。結果はどうであれ、自分を信じることが成長につながると学びました。結局、リーグ戦・フレッシュトーナメントに出場出来ず、浦添キャンプや南魚沼キャンプにも参加することはできませんでした。しかし、こんな私にWASEDAのユニフォームを着る機会が訪れました。オール早慶戦です。
6月の頭に小宮山監督からオール早慶戦のお話を受けてから、とにかくそこで結果を残したいと練習に励みました。オール早慶戦へ出発する前に、同期や後輩達から応援の言葉をたくさん貰いました。どれも嬉しかったのですが、1番嬉しかったのは「野球の神様がついているから大丈夫だよ」と言ってくれた千凱(今井千凱・4年・外・人間・長崎西)の言葉です。ずっとBチームで一緒にやってきた千凱からそう言われてとても嬉しかったです。

写真左から 今井、森田
そしてオール早慶戦を迎えました。
名古屋大会にも帯同させていただき、バンテリンドームのグラウンドに立つことが出来ました。とても貴重な経験でした。
翌日、坊っちゃんスタジアムで愛媛大会を迎え「8番・指名打者」で起用していただきました。結果を残したい。その思いと同じくらい、夏の東伏見キャンプでやってきたことが間違いではなかったと証明したかったです。南魚沼キャンプに行けなかった悔しさを全員が抱え、「神宮で活躍する」という目標に向かって東伏見で練習に取り組んできました。勿論、技術や精神力が足りないのは事実です。それでも目標を見失わず、自分が神宮に立つことをイメージして全員がやってきました。そのキャンプを経て、私はWASEDAのユニフォームを着て、慶應と戦う機会を頂きました。私が活躍すれば、やってきたことが決して間違いではなかったことが証明できる。Bチームとしての強さを証明できる。一緒に頑張ってきた皆を少しでも勇気づけたい。この思いで打席へ向かいました。打席へ入る前のかおり(成瀬かおり・4年・マネ・スポ・千種)のアナウンス、スタンドからは4年間歌い続けたコンバットマーチ。噛み締めるように打席へ入りました。結果はサード後方へのタイムリー。その瞬間の歓声や紺碧の空。ベンチを見れば皆が喜んでくれている。野球人生最高の瞬間でした。

後日談ですが愛媛大会の日、オール早慶戦の遠征に帯同していなかったメンバーは、東京ドームで都市対抗野球を観戦していました。観戦中に私のタイムリーヒットの速報が入ったらしく、都市対抗そっちのけで早稲田の部員が座っていた一角がざわついたという話を聞き、とても嬉しかったです。
日曜日の結果をもって4連覇への道は半ばで途絶えました。改めまして明治大学野球部・応援団・関係者の皆様、44度目の優勝おめでとうございます。残すは早慶戦のみです。最後、皆が笑って終われるように、少しでも力になれるように頑張ります。
ただでさえ長い文章ですが、ここで私の思いをぶちまけます。
入部する前は、標準語は分からない。電車の乗り換えはどうしたらいいか分からない。野球もとてつもなく下手くそ。そんな人間でした。部を辞めてしまった方が楽だったかもしれません。それでも1度決めたことは最後までやり通す。間違いだったのかなと思いそうになっても、選んだ道を正解にすることが大切だと思います。試行錯誤の繰り返しでしたが、私は選んだ道を正解にすることが出来ました。この長い文章をどなたが読んでくださっているかは分かりませんが、1つ確かに言えるのは、地方の無名校からでもここまで出来ます。最近、やってもないのに「私はどうせ無理。通用しない。」という言葉をよく耳にします。私自身、早稲田で野球をやる中で活躍したいという思いもそうですが、高知県の野球少年少女が少しでも大学野球に興味を持ってくれたらいいなと思いプレーし続けてきました。確かにレベルはとんでもなく高いです。4年間、日の目を見ず終わる可能性も当然あります。それでも挑戦する価値は十分あります。この文章が多くの野球少年少女に届き、1人でも多くの子達が大学野球界へ来てくれたらこの上ない幸せです。
最後に感謝の思いを綴ります。
先輩方へ
たくさん可愛がっていただきありがとうございました。皆さんのようなかっこいい社会人になりたいと思います。またどこかでお会いした際はよろしくお願いします。
國光(國光廣太・4年・外・教育・早稲田実)・悠斗(飯塚悠斗・4年・内・社会・早大本庄)・千凱・風希(黒嶋風希・4年・内・教育・佐賀西)へ
苦しいことがたくさんあったけど、皆で頑張れたと思う。4人と共に頑張れて本当に良かった。ありがとう。

写真左から 國光、飯塚、森田、黒嶋、今井
きたじ(北嶋晴輝・4年・マネ・スポ・早稲田佐賀)・かおり・彩希(井上彩希・4年・マネ・スポ・金沢泉丘)へ
3人がいなかったら115期はどうなっていたのか。3人のおかげで115期、部全体が締まりました。最後の最後まで色々と大変やと思うけど、よろしくね。
周平(小澤周平・4年・内・スポ・健大高崎)へ
かっこよかった。周平がキャプテンでよかった。重責を担った1年間もあと少し。またよろしくね。今度、高知の魅力をみっちり教えます。参考にしてね。
瑞樹(吉田瑞樹・4年・捕・スポ・浦和学院)へ
凄いキャッチャーです。背番号6の重圧はとてもすごかったと思うけど、やり遂げてかっこよかったよ。最後、左中間にもう1発見たいな。
一輝へ
法政戦のタイムリー。スタンド向かって吠えてくれたこと。めっちゃ嬉しかった。早慶戦での熱いプレー、期待しています。
健伸(前田健伸・4年・内・商・大阪桐蔭)へ
何がとは言いませんが、突然スライダーを投げないでください。あと周平も。私はブルペン捕手ではないです。早慶戦、早稲田ファンが待つライドスタンドへのアーチ、期待しています。
創志(大西創志・4年・学コ・人間・城北)へ
首脳陣と選手のパイプ役、大変なはずやのにそれを見せずにやり遂げて本当に凄かった。50番かっこよかったよ。あと少しよろしくね。
はたけ(畑﨑一颯・4年・学コ・商・早大本庄)へ
オンとオフの切り替えがうまいはたけ。チームのために献身的に動く姿はとてもかっこよかった。色々とサポートしてくれてありがとう。最後のリーグ戦週、球審よろしくね。
なかじ(中島稜太・4年・学コ・人間・桐朋)へ
選手に寄り添うなかじの優しさは本当に尊敬する。どれほどその優しさに救われたか。これからも素敵ななかじのままでいてね。
大地(冨田大地・4年・学コ・スポ・日立一)へ
言う時は言う、見守る時は見守る。その切り替えがすごくうまくて、大地の書くボードの綺麗さ。将来の参考にさせてもらいます。
周良(飯島周良・4年・学トレ・教育・早大本庄)へ
バッティング練習、ありがとう。周良と一緒にやった練習のおかげでオール早慶戦打てたよ。またやろうね。次こそは勝つ。
武藤(武藤真吉・3年・学コ・社会・早大学院)へ
武藤の野球に対する情熱はチーム1で、普通はこんなに頑張れないよ。凄い。色々と苦労をかけてしまってごめんね。これからは50番として、天皇杯を取り返してね。応援しています。武藤のもとで最後1年間やれて本当に良かった。ありがとう。
五十嵐(五十嵐喜郎・3年・学トレ・教育・弘前)へ
わがままの多い選手がたくさんいて大変やったと思うけど、率先して色んなことに動く姿を見てきて本当に凄いなと思う。これからも頑張ってね。
村越(村越理紗・3年・学トレ・教育・千葉東)へ
足首の捻挫した時に、丁寧に処置してくれてありがとう。おかげ様でそれ以降怪我せずに学生野球を終えることになりそうです。目標に向かって頑張ってね。
井櫻(井櫻悠人・3年・外・スポ・高松商業)・横井(横井亮太・1年・内・スポ・高松商業)へ
四国の子が入ってきたら、しっかりと面倒を見てください。横井は全く心配していません。問題は井櫻。君です。よろしく頼むよ。野球は今まで通り頑張ってください。四国の選手で盛り上げてね。応援しています。
渥美(渥美嘉成・3年・内・人間・札幌一)・拓(佐藤拓・3年・外・スポ・早稲田摂陵)・足立(足立晃基・3年・内・社会・早稲田実)・寺尾(寺尾拳聖・3年・外・人間・佐久長聖)へ
まず寺尾、ご飯連れていきますので。絶対に。よろしくね。渥美・拓・足立、君たちは遠慮なくお寿司や肉を口に放り込んで行きましたね。その食べっぷり、大好きです。グラウンドでも色々と助けてくれました。ありがとう。
かんた(佐藤莞汰・3年・内・社会・早稲田実)へ
苦しいこと、いっぱいあったと思うけど、かんたらしくやり切ったら絶対いいことある!頑張れ。
大平(大平健一郎・3年・内・教育・早稲田実)へ
3年の皆はとにかく練習するけど、君はその筆頭格ですね。その謙虚さと、溢れるパワーで来年の活躍を期待しているよ。
永田(永田陽向・3年・内・文・早稲田佐賀)・奈良(奈良颯太・3年・内・教育・早大学院)へ
君たちは熱い男です。練習中の声に何度も助けられました。上手くいかないことがあっても、その元気の良さで周りを照らし続けてね。
勇翔(柴田勇翔・3年・内・商・早大本庄)へ
少し肩の力を抜こう。大丈夫。これからも勇翔らしく真面目に謙虚にみんなを引っ張ってね。
遼(岩﨑遼・3年・内・スポ・広陵)へ
色々悩み続けてきたね。苦しかったね。今までのことが報われるように。祈ってます。
外野陣(片岡(片岡孝介・3年・外・社会・早大本庄)・豊田(豊田高輔・3年・外・商・早大学院)・永谷(永谷天太・3年・外・教育・早稲田実)・長渡(長渡笙・3年・外・スポ・早稲田佐賀)・細谷(細谷俊輔・3年・外・教育・早稲田実))へ
いつも皆、直向きに野球をやっていて、もちろんしんどいことも沢山あったと思うけど頑張る姿は自分にとっても刺激になったよ。ありがとう。
堀川(堀川大悟・3年・内・教育・早稲田実)へ
いつも球審ありがとう。色んな思いを抱えながらだと思う。それでもみんなのために頑張る姿。凄いです。これからも頑張ってね。
115期のみんなへ
色んなことがあったね。みんなのおかげでとても楽しい経験が出来ました。本当にありがとう。それぞれの道に進むけど、みんなのこれからを応援しています。最後に、田舎田舎と言わずにぜひ高知に来てください。最高のおもてなしをします。

1・2年生のみんなへ
力のある選手が多く、こんな力が自分にもあればなあと何度も思いました。みんなが持っているダイヤの原石をとことん磨いて早稲田を引っ張っていってほしい。苦しいことがたくさんあるけど、それに負けず頑張り続けて。まずはフレッシュトーナメント、優勝目指して頑張ってね。
両親へ
色々と心配をかけました。何度も電話越しに元気のない声を聴かせてしまいました。何とか恩返しをしたい。その一心で愛媛の試合を頑張れました。少しは恩返しが出来たかな。それやったら嬉しいです。これからは少しずつゆっくりしてもらえるように、兄弟で頑張りたいと思います。2人の元に生まれ、育ててもらって世界1の幸せ者です。ありがとう。
兄へ
精神面で色んなアドバイスを貰って、それが今に活きています。ありがとう。また楽しく家でホークス戦を観ましょう。「逆境を笑え」お兄ちゃんが大好きなムネリン(川崎宗則選手)の言葉を題名に使いました。4年間は逆境続きやったし、しんどかったけどそれすら楽しめた。あとは森田家に野球をもたらしたお兄ちゃん、私を野球に導いてくれたお兄ちゃんの要素も入れたいと思い、この題名にしました。これからもよろしくね。
ここに書ききれませんでしたが、4年間で関わった皆さんのおかげで私自身成長することが出来ました。早稲田で4年間を過ごせて本当によかったです。ありがとうございました。次は早稲田の成田凌、山口真央にバトンを渡します。