明治大学
主務を務める島抜康介(4年・日立一)。彼のトレードマークは、「スマイル」であろう。持ち前の社交性で、幅広い世代・立場の方々との調整をそつなくこなす。チーム内では指導者と選手の橋渡し役であり、マネージャー陣の状況にも目を配る。常に周囲を見渡し、必要な場面で的確な発言ができる彼は、厚い信頼を寄せられる存在だ。私自身、これまで何度も彼に助けられてきた一人であり、心から尊敬している。しかし、その笑顔の裏には、決して表には見せない苦悩があった。下級生の頃から学年で唯一の男子マネージャーとして多くの仕事を担い、3年秋からは主務という大役を任され、今年は六大学のチーフも務める。計り知れない責任と重圧を背負い、立場ゆえのやりにくさを感じることもあっただろう。ベンチでは誰よりも声を張り上げ、選手を鼓舞する。一方、事務局の方々や六大学のマネージャーが集う連盟室に戻れば、喜怒哀楽を一度胸の奥にしまい、またいつもの笑顔で周囲と向き合う。どんなときも自分の役割を全うする姿勢に、彼の主務としての強さを感じる。彼が大切にする日頃から明治大学野球部を応援してくださる方々への感謝の気持ち。その感謝を、勝利という形で恩返しするために。来週に控える最終カード。優勝へ、そして、日本一へ「繋げ。」(平野凪乃香)

法政大学
今年度、法政大学の主務を務めているのは、佐藤瑛(4年=法政二)である。強い責任感と正義感を持ち、何事にも妥協せず、常にチームにとって何が最善かを考え、行動している。アナリストからマネージャーへと転身した彼女は、持ち前の高い対応力と吸収力を発揮し、主務としてチーム運営を支えてきた。選手が野球に集中できる環境づくりを大切にし、選手や指導者とのコミュニケーションを重ねながら、日々の業務に真摯に向き合っている。そんな彼女の魅力は、時折見せる明るい笑顔と、その内に秘めた勝利への強い想いにある。普段は表に出すことの闘志を胸に、常に組織全体に目を向け、チームのために力を尽くしてきた。チームの勝利を誰よりも願い、日々奔走する彼女の姿は、法政大学野球部を支える大きな力となっている。(井上愛香)

東京大学
今年度、主務を務めるのは堂埜智咲紀(4年=湘南)である。高校時代から野球部のマネージャーを務める彼女を表すならば「マネージャーの鑑」の一言に尽きる。常に視野が広く豊かな想像力を駆使して機転を利かせ、幾度となくチームを救ってきた。細やかさと大胆さの両方を兼ね備え、膨大な仕事量を効率よくこなすその姿には、チーム全員が尊敬の眼差しを向けざるを得ない。また、見る人皆を唸らせるほどの達筆の持ち主であり、その字は「機械で書いた」と形容されるほど。どこを切り取っても後輩マネージャーにとって憧れの的である。そんな主務と切磋琢磨しチームを支えてきた副務は、部員を愛し部員に愛されてきた男・石田遥人(4年=札幌西)である。抜群のコミュニケーション能力と明るさを武器に多くの部員と接し結束力を高めてきた彼だが、時にはチームを俯瞰して鋭く指摘をし、チームを牽引してきた。また、残り2カードを前に坊主頭にし神宮のベンチに入る熱い心とユーモアも持ち合わせる。迎えるラストカード。妥協なく真正面から野球部と向き合ってきた4年生マネージャーに、最後にもう一度、春の勝撃を届けたい。(横田麟)

立教大学
人が集まるところには理由がある。誰にでも分け隔てなく接し、自然と周囲を笑顔にする。大西陽菜乃(4年=高松商業)は学年の垣根を越えて一人ひとりに目を配り、選手がふらりと立ち寄れる明るさと、すべてを受け止めてくれる安心感を持つ。何事にも好奇心旺盛で、チームの為にできることがあれば、自然と身体が動き出す。あれもこれもと目を輝かせながら取り組む姿は、まるで好奇心の赴くままに走り回るわんぱく少女のようだ。しかし、その無邪気さの奥には、任された仕事に決して手を抜かない真面目さと、チームの為なら労を惜しまない強い責任感がある。高校時代からマネージャーとして甲子園を経験し、抜群のマネージメント力を有している。そんな彼女の隣には、4年間二人三脚でチームを支え続けてきた、宇畑直斗(4年=立教新座)の存在がある。トレードマークの笑顔で周囲の空気を温め、野球のことになれば誰よりも熱くなる。その真っ直ぐな情熱と飾らない明るさは、チームを前進させるエンジンになったに違いない。選手たちが野球だけに心を注げる日々。その当たり前の日常の裏側には、彼女が積み重ねてきた無数の仕事と気配りがある。しかし、周囲を包み込むやさしさの奥には、一戦に懸ける情熱と、目の前の一勝を掴み取る執念がある。野球はグラウンドに立つ9人だけで成り立つものではない。誰かが安心して挑戦できる場所があり、その挑戦を信じて支える人がいる。これを体現してきたのが彼女そのものだ。一人ひとりに寄り添いながら、勝利への道を切り拓いてきた彼女の優しさと情熱が、神宮での最高の歓喜へと繋がることを願っている。(上田慶太)

早稲田大学
誰よりも早稲田を愛し、どんな時もチームのために奔走する。主務としてチームを支えてきた大野郁徳(4年=早稲田実)は、強い責任感と周囲を包み込む優しさを持ち合わせた存在である。今年は米国遠征や高麗遠征をはじめ、例年以上に多くの仕事を抱える一年となった。遠征の準備から日々の部の運営まで、チームを支えるために向き合わなければならない仕事は数え切れない。それでも彼は、一つひとつの仕事に責任を持ち、早稲田大学野球部のために力を尽くしてきた。時に多くの責任を背負いながらも、周囲への気配りを忘れず、仲間と真摯に向き合う。その姿からは、主務としての責任感だけでなく、早稲田への深い愛情が感じられる。表舞台に立つ選手たちが野球に打ち込めるのも、その陰でチームを支える彼がいるからこそである。22年間を懸けて愛してきた早稲田大学野球部。集大成となる最後の戦いで、彼が思い描く最高の景色は、きっとチーム全員でつかみ取る勝利の先にある。早稲田を愛し、早稲田のために走り続けてきた大野郁徳の4年間が、最高の形で完結することを願う。(林田真依)

慶應義塾大学
2026年の慶應野球部を支えるのは、「野球を愛し野球に愛された男」沖﨑真周(4年=幕張総合)だ。彼の魅力?そんなものは数えだしたらキリがない。地頭がいい、運転が大好き、コミュ力が高い、字が綺麗、曲のセンスがいい…挙げればキリがない。彼こそが真の漢と言っても過言ではないだろう。そんな彼が放つ一言一言は218人の心を一瞬にしてまとめ上げる。そして部内で何が必要なのかを瞬時に判断する。何が不足していて、何を必要としているのか。誰かが「あれが欲しいな」と思った頃にはもうそこにある。彼の視野の広さはまるで獲物を探す鷹のようだ。一見厳格な印象のある沖﨑だが実は可愛らしい一面もある。とにかくちょっかいをかけるのが大好きで猫のようにじゃれ合うこともある。そんな二面性こそが、選手、首脳陣、スタッフを問わず誰とでも距離を縮められる秘訣なのかもしれない。気づけば彼は部内の誰からも信頼される存在となっていた。さあ、明治戦が終わり東京六大学野球はますます面白くなってきた。ここからが本当の正念場だ。勝負の時を迎えた沖﨑真周は、獲物を狩る鷹と化す。残るは早慶戦。稲狩り開始。(杉原大輝)

応援席から
早稲田スポーツ新聞会 
10月18日、立大2回戦。早大は6-8で敗戦し、3季連続のV逸が確定した。香西一希(スポ4=福岡・九州国際大付)を主将に据え、「どん底からの天皇杯奪還」を掲げたこの1年だったが、その夢に手が届くことはなかった。
東大、明大を撃破したが、法大、立大から勝ち点を落とした。4カード終了時点では5勝5敗の勝ち点2で、3位タイ。しかし、優勝の可能性はすでについえている。
チーム打率や防御率はともに春から改善を見せた。5位に終わった昨季と比較すれば、十分な善戦を繰り広げたと言える。中でも明大戦は、2回戦で0-17の大敗を喫しながらも、3回戦では息の詰まる接戦を制し、勝ち点を手にした。
それでも、優勝には足りなかった。敗戦を振り返ると、前述の明大2回戦を除く全試合で、7回以降の失点が決勝点となっている。救援陣や守備の不安定さが、終盤の弱さを招いた。
投手陣はエースの髙橋煌稀(スポ3=宮城・仙台育英)が中心。防御率2点台と躍動したが、2勝3敗と、結果はついてこなかった。先発、救援の両面でフル回転した香西主将は、開幕2戦以降は15イニング1自責点。立大2回戦では5回81球を投げるロングリリーフで気迫を見せた。
一方で、先発2枚目の宮城誇南(スポ4=埼玉・浦和学院)は防御率5点台、3季連続の勝ち星なしと苦しい結果に。東大戦で完封勝利を挙げた安田虎汰郎(スポ3=東京・日大三)は登板機会に恵まれず。そのほかの投手は不安定な投球が目立ち、信頼を勝ち取るには至らなかった。
野手陣は岡西佑弥副将(スポ4=智弁和歌山)、尾形樹人(スポ3=宮城・仙台育英)、德丸快晴(スポ2=大阪桐蔭)がいずれも規定到達で打率3割超え。
中でも岡西はリーグ戦初本塁打を含む2本塁打を放ち、守備では無失策と安定感を見せた。
また、湯浅桜翼(スポ2=宮城・仙台育英)は打率3割3分3厘、大内碧真(スポ4=埼玉・浦和学院)は2割9分2厘とともに打撃好調。2人は守備でもチームを支えていただけに、立大2回戦で敗戦を招いた失策が悔やまれる。
対して不振に陥ったのは寺尾拳聖副将(人4=長野・佐久長聖)と阿部葉太(スポ1=神奈川・横浜)。寺尾はケガの影響もあり、打率2割3分8厘と、4番としては物足りない成績となった。阿部はシーズン序盤こそ好調だったものの、中盤から当たりがストップ。2季連続の打率1割台と、大学の壁に直面している。
全体的に春からの成長は見せた。しかし、天皇杯には届かなかった。「地獄の夏」を乗り越えた価値を示すためにも、早慶戦での2勝が欲しいところだ。
11月7日からの早慶戦は慶大の優勝が懸かっており、さらに小宮山悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)にとってリーグ戦最後のカードとなる。早大の優勝が懸かっていなくても、負けられない理由は十分だ。
神宮六景 
2026年の春、私は東京六大学野球の審判員として、初めて神宮球場のグラウンドに立ちました。東京六大学野球連盟は昨年、100周年という節目を迎え、今年からは101年目という新たな歴史の1ページに携わることができる――そう感じたことが、審判員になることを決めた一番の理由です。三十代最後に挑む、新しいチャレンジです。
原点をたどれば、母校である宇都宮高校の野球部に行き着きます。私は高校に入るまで、投手の経験はありませんでしたが、それでも二年生から背番号「1」を背負わせていただきました。当時の宇都宮高校は、それほどに小さなチームでしたが、任された背番号1も、4番の重みも、まさに挑戦そのものだったと今では思います。そんな私を導いてくれたのが、当時の監督の鈴木弘幸さん(早稲田大学平成2年卒)の背中でした。東京六大学野球への憧れを抱いて、平成18年、私は法政大学野球部の門を叩きました。
法政大学では、二年生の秋季リーグ戦からマネージャーへと道を変えました。グラウンドに立ちたい思いは簡単には消えず、「家族の期待に背くのではないか」という不安もあり、悩みに悩んだ末の選択でした。振り返れば、この一歩が人生最大の財産になりました。マネージャーという立場から見えたのは、法政大学のベンチからの景色だけではなく、東京六大学という世界の広がりと深さでした。当時の金光興二監督(昭和53年卒)からの厳しい指導は、社会に出てからの自分の礎になっています。同学年のマネージャー・関隼人(平成22年卒)や私と同郷で主将を務めた石川修平(平成22年卒)からも多くの刺激をもらいました。
平成22年3月に大学を卒業し、社会に出て最初の上司は、早稲田大学野球部出身の近藤圭さん(平成3年卒)でした。近藤さんからの言葉や仕事に対する姿勢は、憧れとして今も色あせることなく胸に残っています。野球から離れた十六年間も六大学に縁のある人が人生の節々に立ってくれる、不思議な縁の連続でした。
2026年1月、法政大学野球部110周年記念式典で後輩の浅田祐太朗さん(平成26年卒)から声をかけられたことをきっかけに、先輩の御手洗悠さん(平成18年卒)から示してくださったキャリアビジョンが審判員への興味の扉を開いてくれました。現役時代お世話になった、審判員としての大先輩である萩原俊幸さん(昭和54年卒)、小山克仁さん(昭和59年卒)と再び関われることも、とてもうれしく思っています。
そして2026年5月2日。初めて審判員として神宮球場のグラウンドに立ったあの日、バックスクリーンに自分の名前が映し出された瞬間、心が震えました。選手としては叶わなかった、東京六大学野球の公式記録に名が残ること。誰もが経験できるわけではないこの瞬間を、支えてくれる家族への感謝とともに、これからも責任を果たしながら積み重ねていきます。
ビデオ検証やDH制、拡大ベースの導入など、私が大学生であった頃とは、取り巻く環境も変わりました。透明性や専門性、スピードアップが求められる時代になり、判定をめぐってSNSで批評されることも珍しくありません。だからこそ、審判員という役割の存在意義と存在価値を、一人でも多くの方へ伝えていきたいと考えています。
人生は一度きりです。少しでも興味や関心があれば、まずはやってみる。そして学び、知る。自分の気持ちを大切にして、後悔のない選択をする――「101年目のご縁」を大切に、これから私も東京六大学野球という100年を超える物語を紡ぐ一本の糸として、未来の誰かへつなげていきたい。
(法政大学 平成22年卒 関和哉(東京六大学野球連盟審判員))



































