立教大学
立教大学野球部の影のスペシャリストは、和田健聖(4年=池田学園池田)、堀川陽来(4年=報徳学園)、桑原立(4年=杉並)、中島悠真(4年=長崎西)、高見和哉(4年=東京都市大付)、富田拓海(4年=川越東) 6人の4年生学生コーチである。彼らは全員、選手として立教大学野球部の門を叩いた。しかし、チーム事情やさまざまな葛藤の末、自ら選手としての道を断ち、「チームのためになりたい」という強い思いから学生コーチへと転身した。私は4年間、彼らと共に活動してきた。同学年のスタッフが増えることへの喜びがある一方で、選手としての夢を自ら手放し、裏方に回る決断を下した彼らの覚悟には、心から尊敬の念を抱いている。学生コーチの業務は多岐にわたる。練習メニューの作成や選手のコンディション管理に加え、監督・コーチ陣と選手の間に立つ"中間管理職"的な役割も担う。時には選手に厳しく接し、時には指導者に対して意見を述べるなど、非常に繊細かつ難しいポジションである。今回は、リーグ戦でベンチ入りを果たしている2人、学生コーチチーフの和田健聖と、投手コーチを務める堀川陽来を紹介する。和田は、リーグ戦前のシートノックや三塁コーチャーも担当している。鹿児島県垂水市出身で、おおらかさと男気を兼ね備え、人一倍強い責任感を持つ。まさに「九州男児」を体現する存在であり、個性豊かな選手たちを束ねるチームの柱だ。堀川は投手コーチとして戸村コーチと連携を取りながら、継投の判断を担っている。彼の最大の魅力は、ベンチから発せられる力強い声掛けである。流れが悪く、雰囲気が沈みかけた時、その声が神宮球場に響き渡る。それは誰よりもチームを想う気持ちの表れにほかならない。この6人の学生コーチによる見えない努力と献身的な支えがあってこそ、立教大学野球部は成り立っている。今後も彼らへの感謝を胸に、チーム一丸となって日本一を目指し、歩みを止めることなく邁進していく。(宇畑直斗)

早稲田大学
早稲田が誇るスペシャリスト、それは新人監督の武藤真吉(4年=早大学院)である。彼はチーフの学生コーチとしてAチームのみならずBチーム・スタッフ全員と向き合いながら、常に「チームがより良くなるには何が必要か」を考え続けている。また、とにかくコミュニケーションを取り続けることを意識し、選手のみならず首脳陣や学生スタッフなど、部に関わるすべての人から絶大な信頼を得ている。表舞台に立つことは多くないが、緻密な分析と的確な判断、そして人を動かす言葉でチームを支える姿は、まさに"影のスペシャリスト"そのものだ。さらに、彼が担うシートノックや三塁コーチャーとしての役割にもぜひ注目していただきたい。的確で途切れない声かけは選手の背中を押し、プレーの質を一段引き上げている。早稲田大学野球部の組織力を陰から底上げし、勝利へと導く存在として、欠かすことのできないキーパーソンである。(千葉海翔)

慶應義塾大学
影のスペシャリストにはアナリスト陣を紹介しよう。現在の慶應義塾では部員218名中42名のスタッフがいる。その中で19名のアナリストが選手一人一人のスイングスピードや打球速度、ピッチャーでいえば球速や曲がり幅など細かくデータ分析をしている。これらのデータはただ見ただけでは何を示しているのか全く分からない。しかし彼らはこの暗号のような数字を分かりやすいように解読し、他チームと比較して現在の状況で何が足りないのかを数値で教えてくれる。ただ直感だけではわからない部分を数値的に把握することによってチームに足りないものを示してくれるスペシャリストだ。これらのデータをもとに先週の明治戦では2年ぶりに勝ち点を取ることができた。この勝利には彼らのデータ分析があったからこその勝利ともいえる。1球、1スイングをも無駄にできない練習において彼らのデータは大きな存在である。慶應義塾にはほかにもたくさんのスタッフが活躍しており様々な場面でチームを支えている。今回はアナリストに注目をしたが今後もチームには欠かせないスタッフとともに戦い四冠に向けて突き進む。(沖﨑真周)

明治大学
明治大学野球部の強さを支えるのは、華やかなスポットライトを浴びる選手たちだけではない。その根底には、勝利のために己を捧げる学生コーチたちの存在がある。彼ら5名の献身こそが、今の明治の躍進を支える真の基盤だ。学生コーチの役割は多岐にわたるが、その本質は「架け橋」であることに他ならない。監督・コーチの意図を汲み取り、それを選手たちに噛み砕いて伝える。あるいは選手たちの小さな変化や葛藤を拾い上げ、組織の意思決定に反映させる。特筆すべきは、その圧倒的な献身の姿勢である。自室で束の間の休息を取っていたとしても、選手から一本の電話が入れば、迷わずグラウンドへ駆けつける。選手が納得いくまでノックバットを振り、黙々とバッティングピッチャーを務める。「繋げ。」というスローガンの結び目は、間違いなく彼らの手の中にある。(島抜康介)

法政大学
法政大学野球部の影のスペシャリストは、「学生アナリスト」である。アナリストの業務は多岐にわたり、練習や試合の動画撮影、データ処理、リーグ戦期間中の他チーム分析などを担っている。アナリスト部門が創設されてから6年が経ち、年々その役割は広がり、さまざまな挑戦を続けている。リーグ戦で得られる動画やデータだけではサンプル数が限られ、他チームの分析では十分な傾向を導き出すことが難しい。そのため、自チームの分析にも力を入れ、日々の練習からピッチングやバッティングの数値を専用機材で計測し、より詳細な分析を行っている。そんなアナリストが大切にしているのは「選手にデータを強要しない」という姿勢だ。データに不慣れな選手でも興味を持てるよう、資料の作成や発表方法を工夫し、選手が自然とデータを受け入れられる環境づくりを意識している。現在、アナリストチーフを務める齋藤良平(3年・八千代)は、部の活動だけでなく、自身が所属するスポーツ健康学部での学びも生かしながら、プログラミングや動作解析の知識を深めている。分析を通じてチームの勝利を影から支える存在として、その役割はますます重要になっている。(佐藤瑛)

東京大学
「東大野球部の影のスペシャリストは誰か」――。その問いに対し、誰もが迷わず「アナリスト陣」の名を挙げるだろう。彼らの真髄は、膨大なデータを勝利への「道標」へと書き換える「技」にある。ラプソード等の測定器が弾き出す数値や試合映像の解析に留まらず、最新のVR技術を駆使し、対戦相手となる好投手の球筋を打席で疑似体験できる環境までも構築した。これまで個人の「感覚」に頼らざるを得なかった部分を、誰もが理解できる言葉や映像へ可視化する彼らの手腕は、まさに職人芸と言える。客観的な根拠を武器に、知略で格上に挑む東大にとって、彼らの分析はチームの指針そのものだ。その献身に報いるため、選手たちは神宮での勝利を誓う。(石田遥人)

応援席から
明大スポーツ新聞部 
昨季、全勝優勝という圧倒的な成績を収めた明大。今年度は『繋げ。』をスローガンに掲げ、2季連続の優勝を狙う。
今季から導入されたDH(指名打者)制では、若狭遼之助(商4=星稜)、岸本一心(文4=横浜)、内藤大翔(政経4=天理)らが試合ごとに起用されている。「DHでも守備力を重視する」という戸塚俊美監督の方針が反映された起用といえる。DH制の導入で打線に厚みが加わる中でもひときわ目を引く存在が主将・福原聖矢(国際4=東海大菅生)だ。左打者が多い打線の中で貴重な右打者であり、慶大2回戦では5番に抜てきされると4打点を挙げるなど存在感を放つ。勝負強い打撃で流れを引き寄せ〝繋ぐ〟野球を体現する選手の一人だ。さらに慶大2回戦までの4試合終了時点で打率.500を記録。開幕前、目標に掲げた首位打者へ着実に歩みを進めている。
投手陣は、湯田統真(政経3=仙台育英)と平嶋桂知(政経2=大阪桐蔭)が先発の軸を担う。湯田はコンディション不良を乗り越え、リーグ戦初登板となった開幕戦で無失点の好投を披露。「チームが勝てる投球を」と語り、さらなる成長を見据える。平嶋も2年生ながら先発を任される実力を誇り「任された場面で責任を全うする」と力強い。甲子園を3度経験した右腕が神宮でも輝く。
中継ぎ陣もフレッシュな顔ぶれが台頭する。東大2回戦では栗原英豊(営4=松商学園)、浦久響(国際3=日本航空石川)、中村海斗(営3=明大中野)がそろってリーグ戦初登板を果たし、無安打で試合を締めた。また、150㌔超えの直球が武器の松本直(情コミ4=鎌倉学園)、直球と多彩な変化球を織り交ぜた投球で打者を翻弄する三浦心空(政経4=東邦)ら経験豊富な投手も後に控え、層の厚さは他大学に劣らない。投打に光るものを見せながらも、惜しくも慶大に勝ち点を献上した明大。連覇へ向け、白星を重ね、反撃を図る。
(明治大学体育会明大スポーツ新聞部・小松錦葵)
神宮六景 
本年4月より名誉ある立教大学野球部 先輩理事並びに一般財団法人東京六大学野球連盟 常務理事を拝命いたしました。前任の堀内幸男先輩(昭和46年卒)は同理事を14年間務められ、本年4月より評議員に就任されました。同先輩からの教えを守り、立教大学野球部、そして次の100年に向けてスタートを切った東京六大学野球連盟の為に、与えられた役割を全うして参りたいと思います。皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて突然ですが、私の名前は「森田 徹」です。この名前は、野球好きの父親が、東京六大学野球で大活躍され、昭和33年に早稲田大学から中日ドラゴンズに入団、ホームラン王や打点王にも輝かれた「森 徹」さんから拝借したそうです。森と森田で実に安直ですが、結果として私を東京六大学野球に導いたのかも知れません。亡き父親に感謝です。
私の神宮球場での忘れられない思い出です。リーグ戦初のベンチ入りは大学4年の春でした。1学年上には当時戦後最多のシーズン96奪三振を記録した野口裕美先輩、大塚淳人先輩、荻原淳先輩をはじめ優秀な先輩方が多数いらっしゃったので先輩方が卒業してからやっとベンチ入りを果たしました。最初の早稲田戦ではレフトのレギュラーで使っていただき、ホームでランナーを刺すなど出足は上々でしたが、直ぐに落とし穴が待っていました。次の法政1回戦で当時の東京六大学野球のスターで広島東洋カープに入団された小早川毅彦選手(現 法友野球倶楽部会長)のレフトフライをタイムリーエラーしました、それも外野手としてあるまじき万歳です。今でも3塁側応援席からの大きなため息が耳に残っています。とても情けない出来事でしたが、プロでもあれだけ活躍された小早川選手の打球の高さは、まさに驚くべきもので、初めての体験でした。言い訳にはなりませんが。
次は、大学4年生秋の最後の東大戦。報道ステーションで有名な大越健介キャスターから打った決勝ヒットです。それも4年生最後の打席、野球の神様が打たしてくれたのでしょうか。大越キャスターのストレートは切れっ切れで全く手が出ずにあっという間に2ストライク。次は外角のスライダーでボール。次にストレートが来たらまず打てないとかなり弱気になっていましたが、何とスライダーで勝負をしてくれて奇跡的にセンター前に。ストレートでなくて本当に良かったと今でも安堵します。大越キャスターは本当に素晴らしい球を投げられていました。東京六大学野球の歴史に残る大投手です。
話しは変わりますが、ひょんなことから2015年に東京六大学野球連盟活性化委員会のメンバーになりました。大学を卒業してからはたまに神宮球場に応援に行くことはありましたが、それほど関心を持たずに過ごしていました。2015年以降、他の5大学の皆さんと東京六大学野球をいかに活性化させるか、学生に神宮に来てもらうか等々話し合いを続けてきました。大学時代は他の5大学はライバルとしか考えていませんでしたが、東京六大学野球は6校が揃い、呉越同舟ではないですが皆で一つの舟に乗り、それを守り、目標に向かって進んでいくことがいかに大切かを知りました。神宮球場で試合が出来るのも当たり前ではないですし、天皇杯を授与されるのも当たり前ではありません。東京六大学野球連盟は結成101年目を迎えましたが、これからも6校で切磋琢磨しながら東京六大学野球を守り、更なる発展に向けてお互いが絆を深め、努力して行くべきだと強く思っています。これからも現役選手のプレーに期待をして、東京六大学野球を盛り上げて行きましょう。ありがとうございました。
(立教大学 昭和59年卒 森田徹)

















