【あなたにとって野球とは―#19】吉田悠真(投手・調布北)
4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。
19人目は、吉田悠真(投手・調布北)です。
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小学2年生から15年間続けてきた野球も、ついに引退を迎えました。これまで当たり前のように生活の中心にあった野球が終わると思うと、今でもどこか不思議な感覚があります。
大学での4年間を振り返りながら、これまでお世話になった方々への感謝を綴りたいと思います。拙い文章ではありますが、最後までお読みいただけますと幸いです。
中学、高校と弱小校でプレーし、より大きな舞台で勝負がしたいという思いから、法政大学野球部への入部を決めました。
入部してすぐ、丸山さん(丸山陽太・R8卒)とのキャッチボールからレベルの違いを思い知り、「すごいところに来てしまったな」と感じたことを今でも鮮明に覚えています。
それでも、ここまで頑張ってこられたのは同期のみんなのおかげだと思います。
名だたる強豪校から集まった同期たちですが、何より凄いと感じたのは、野球に向き合う姿勢でした。
結果が出ずに落ち込んだり、弱音を吐いたりすることはあっても、結局は練習に打ち込む。どんな時も当たり前のように努力を積み重ねる姿を見て、才能とは何かを考えさせられました。
野球で大成することが人生の全てであるかのように、ひたむきに野球と向き合う同期たち。その覚悟には、一人の人間として心から尊敬の念を抱いています。
肩の怪我で思うように野球ができず、自分の存在価値さえ分からなくなっていた時期にも、仲間の存在が大きな支えとなっていました。
諦めるという言葉を知らないんじゃないかと思うほど前向きに取り組む大野(大野駿介・4年)や、こてんぱんに打たれて落ち込んでいたはずなのに、翌朝には早くからグラウンドに来て練習に打ち込む上野(上野優太・4年)。
そんな姿を見ていると、自分も頑張ろうと思うことができました。
みんなの眩しすぎる背中を追いかけながら野球ができたことを、本当に幸せに思います。
また、15年間の野球人生を振り返ると、家族には本当に多くのことを支えてもらいました。この場を借りて、感謝を伝えたいと思います。
まずは母へ
誰よりも遅く寝ていたはずなのに、翌朝には早起きしてお弁当を作ってくれていました。そのハードワークぶりに本当に人間なのかと疑ったこともあります(笑)。
毎日当たり前のように支えてくれた母の苦労に少しでも報いたいという思いが、野球を頑張る原動力になっていました。ありがとう。
父へ
「人として一人前になりなさい」と、昔からよく言われてきました。何かにつけて「お前はまだまだだ」と言われ、なかなか認めてもらえませんでした。
だからこそ、いつかギャフンと言わせてやろうという思いが、自分の中の基準を高く保つ原動力になっていました。
野球では「よくやった」と言わせることができませんでしたが、社会人になって、いつかその首を縦に振らせたいと思います。
兄へ
野球を始めたきっかけであり、ずっと憧れの存在でした。何かに夢中になると、何でも一番を取ってくる姿が本当にかっこよかったです。
野球を始めてからは「吉田の弟」と呼ばれるようになり、兄はいつも心の中のライバルでした。
中学以降、強豪の環境に身を置き続け、そこで結果を残してきた兄。ある程度の環境で、ある程度の存在感を示せれば満足していた自分とは、物事に向き合う覚悟がまるで違いました。
自分も兄のように厳しい環境で結果を出せる人間になりたい。その思いが、法政大学でプレーすることを決めた理由の一つでもあります。
今でもずっと尊敬しています。
最後に、「あなたにとって野球とは」という問いに対して、私は「克己」という言葉を選びました。
これは文字通り、己に打ち克つことを意味します。
15年間の野球人生は、自分よりも高い基準で物事に向き合う人たちに囲まれ、その背中を追いかけ続けた日々でした。
そんな人たちの姿を見て、自分の弱さや甘さを何度も痛感しました。それでも、少しでも近づきたいという思いが、自分自身に負けず、前を向く原動力になっていました。
野球を通じて出会った人たちから教わったこの姿勢を、これからも大切にしていきたいと思います。
同期のみんなは、これからも変わらず高い目標に向かって努力を続けていくと思います。私もみんなに負けないよう、次の舞台で活躍できる人間を目指し、精進してまいります。
15年間の野球人生に関わってくださった全ての皆様、本当にありがとうございました。
主将 


