【あなたにとって野球とは―#17】吉添晴翔(捕手・清水東)
4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。
17人目は、吉添晴翔(捕手・清水東)です。
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私にとって14年間の野球人生は、野球の技術だけでなく、人として大きく成長させてくれるものでした。
小学校、中学校、高校と、それぞれの年代で素晴らしい指導者に恵まれ、野球を通してさまざまなことを学びました。
小学校の時の指導者からは、野球の技術について多くのことを教えていただきました。その中でも特に印象に残っているのが、「バットは最短で振る」という言葉です。この言葉は、野球を続けていく中で最後まで自分の中に残り続けました。ただ教えられた技術を身につけるだけではなく、一つの言葉を長く大切にし、自分の野球に取り入れていくことの大切さを学びました。
中学校では、とても几帳面な先生から、道具をきれいに保つことや、日頃から身体のケアをすることの大切さを学びました。野球は技術だけで成り立つものではなく、道具を大切にすることや、自分の身体を管理することも野球の一部なのだと気づきました。
また、中学校の先生から教えていただいた「考動」という言葉も、今の自分をつくる大きなきっかけになりました。何をするときにも、ただ言われたことをするのではなく、「なぜこれをするのか」「次に何をすべきなのか」を自分で考えてから行動することを意識するようになりました。その結果、何気ない日常の行動であっても、それが野球につながったり、野球以外の場面でも役立ったりすることが多くあると学びました。
高校では、野球の技術以上に、人としての在り方について多くのことを学びました。その中でも特に印象に残っているのが、「素直さ」です。
ただ、私が学んだ素直さは、言われたことを何でもそのまま受け入れるということではありません。まずは言われたことを素直に受け入れ、一度自分で挑戦してみる。その上で、自分に合うのであれば取り入れ、自分なりに工夫していく。反対に、自分には合わないと感じたのであれば、なぜ合わないのかを考えた上でやめる。このように、まず挑戦してみることの大切さを学びました。
実際に、挑戦したからこそ失敗することもたくさんありました。しかし、失敗したからこそ見えてくるものや、自分なりの正解があることにも気づきました。挑戦と失敗を繰り返し、その経験から学んでいくことで、少しずつ自分自身が成長していくのだと実感しました。
大学に入ると、周りとのレベルの差を痛感しました。どれだけ練習しても、紅白戦に出場しても、高校まで対戦してきたピッチャーとは球の質が全く違い、バットにボールを当てることすらできない日々が続きました。また、思うようにボールを投げることができず、自分の実力不足を何度も感じました。それでも、諦めずに練習を続けたことで、2年時にはオータムフレッシュ、3年時にはマチュアに出場する機会をいただきました。決して順風満帆な野球生活ではありませんでしたが、試合に出場する機会を与えていただいたこと、そして自分を支えてくださった方々には本当に感謝しています。
お母さんへ
高校の時は、自分のわがままで毎日朝練に行くために、始発の電車に間に合うようにお弁当を作ってくれてありがとう。夜も、塾の迎えで遅くなる自分のために、遅くまで夜ご飯を作って待っていてくれてありがとう。来られる時には試合の応援にも来てくれて、本当にありがとう。14年間野球を続けてこられたのは、お母さんの支えがあったからだと思っています。
お父さんへ
3兄弟の中でも、自分のことを一番期待してくれていたと思います。それなのに、最後までリーグ戦に出ることができなくてごめん。高校までたくさんの試合に来てくれて、正直、たまに「なんで来るの?」と思ったこともありました。でも、今振り返ると、いつも応援に来てくれていたことが本当にありがたかったし、感謝しています。
同期へ
4年間、大変なこともたくさんあったけど、ここまで楽しく野球を続けてこられたのは、同期のみんなのおかげだと思っています。くだらないことで笑ったり、苦しい時に支え合ったり、みんなと過ごした4年間は本当に大切な思い出です。4年間一緒に頑張ってくれて、本当にありがとう。
東大戦は2連勝して、最後はみんなで笑って終われるように頑張ろう。
主将 


