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ラストシーズンに懸ける想い!その6<竹内丈>

こんにちは。
桐蔭学園高校出身、投手の竹内丈です。

サッカー少年だった私は、父のアメリカ転勤をきっかけに、なんとなく野球を始めました。まさかそこから、人生の大半を野球と過ごすことになるとは思ってもいませんでした。

少年野球の思い出は、とにかく「楽しかった」の一言に尽きます。ピンチになると一丁前にタイムをかけて内野手を集め「試合終わったらどこで遊ぶ?」なんて話していました。中学では初めて強いチームに入り、勝つ喜びと負ける悔しさを知りました。

そんな野球が初めて「楽しい」だけではなくなったのが高校でした。怪我を繰り返し、高校1年の冬には両親に「辞めたいかも」と弱音を吐きました。夜遅くまでネガティブな話をする私を、2人は一度も責めることなく、笑顔で優しく受け止めてくれました。その時から、私が野球を頑張る理由が「大好きな家族を喜ばせたい」になった気がします。

甲子園には届きませんでした。それでも、まだ野球を続けたいと思い、塾野球部の門を叩きました。

「1試合でもいいからリーグ戦のベンチに入ってみたい」。そんな気持ちで始まった大学野球。家族に頑張っている姿を見せたくて、入部した日からただ目の前の練習に必死になっていたら、気づけば1年春、早慶戦のマウンドに立っていました。

不思議なことに、マウンドでは何も聞こえませんでした。早稲田大学の大応援も、慶應ベンチの声も、キャッチャーの宮崎恭輔さん(2024年卒・現群馬ダイヤモンドペガサス)の声さえも。それなのに、怖さはなく、ただただ楽しくて、夢中で投げていました。3つ目のアウトを取った瞬間、突然耳に飛び込んできたあの轟音は、今でも忘れられません。

1年秋は、僕の人生を大きく変えたシーズンでした。開幕から多くの登板機会をいただき、先発を任されるようになりました。忘れられないのは、優勝がかかった早慶戦です。1戦目を落とし、後がない2戦目の先発。毎日のようにご飯に連れて行ってもらい、弟のように可愛がってくれた4年生の野球人生が、自分の投球次第で終わってしまうかもしれない。そう思うと吐き気が止まらず、試合前に2回吐きました。それでも「この人たちと1日でも長く野球がしたい」という気持ちで投げ、4-0で勝利。翌日も勝って逆転優勝し、明治神宮大会では人生で初めて日本一を経験しました。

今思えば、1年生であまりにも素敵な景色を見せてもらったからこそ、その後が苦しかったのかもしれません。

2年生から今日に至るまで、痛いところがない状態で野球ができた日は、一体何日あったのだろうと思います。怪我を繰り返し、思うような投球ができない日々が続きました。それ以上に苦しかったのは「1年生で先発投手として日本一になった」という周囲から見える自分と、本当の自分の実力がどんどん離れていくように感じていたことでした。期待してもらえることは嬉しいはずなのに、その期待がとっても怖かったです。

3年生になると、怪我や実力不足でリーグ戦登板は1年間でわずか数試合。マウンドに立てない時間が増えました。でも、その時間があったからこそ、自分が投げられない時にチームの中でどう振る舞うのか、仲間の成功をどう受け止めるのかを考えるようになりました。振り返れば、思い通りにならなかったこの時間は、僕の大学野球には必要不可欠でした。

そんな私を、堀井監督はずっと信じ続けてくれました。何度、堀井監督の期待を裏切る情けない投球をしても、「丈ならできる。お前を信じている。」と何度も励ましてくれました。2,3年生の頃は、堀井監督の近くへ行くだけで「丈が俺のところに来ると、また怪我の報告なんじゃないかってヒヤヒヤするんだよ」と言われるほどでした。それでも、どんな時も気にかけ続けてくれた堀井監督には、感謝してもしきれません。

最後の一年こそ。そう思って迎えた4年春も、怪我から始まりました。状態も良く、開幕からエンジン全開でいこうとしていた矢先、2月の練習試合で右肘の靱帯を部分断裂。診断を聞いた時は、悔しいというより、「こういう野球人生なんだろうな」としか思えませんでした。それでも、上田誠コーチをはじめとするコーチの方々やチームの皆んなは、いつ治るかも分からない僕に「待っている」と何度も言ってくれました。その言葉に支えられ、約2か月後、リーグ戦のマウンドに戻ることができました。

春は、同級生や後輩が次々と活躍しました。その姿が本当に誇らしくて、優勝が心から嬉しかったです。全日本大学野球選手権では準優勝。下級生の頃は、自分が投げてチームを勝たせることに必死で夢中だった僕が、自分が中心でなくても仲間の活躍を心から喜べるようになりました。気づけば、自分のこと以上に活躍を願う後輩もできました。そんな仲間に出会えたことも、この野球部で過ごした4年間の大切な財産です。

そして、最後の秋を迎えます。

なんとなく始めた野球を、気付けば人生の大半をかけて続けていました。

もちろん、最後までマウンドに立つことを諦めるつもりはありません。どんな時も味方でいてくれた家族に、何度期待を裏切るような結果になっても信じ続けてくれた大好きな堀井監督に、励まし続けてくれたコーチの方々に、そして一緒に過ごしてきた仲間に、最後は自分の投球で恩返しがしたいです。

でも、結果がどうなったとしても、一つだけ自分と約束したいことがあります。

こんなにも楽しい野球を、最後の最後まで大好きでいたいです。

少年野球の頃、ピンチのマウンドに仲間を集めながら「試合終わったらどこで遊ぶ?」と笑っていたあの頃のように、最後まで思いっきり野球を楽しみます。

そして最後の秋、大好きな仲間と、もう一度、あの素敵な景色が見たいです。

(4年・投手・竹内丈/桐蔭学園高校出身)