フリーパス付きアプリ 2026年度版 販売中!
BIG6 BLOG LEAGUE

慶應義塾大学
野球部ブログ

主将 今津 慶介
  • TOP
  • ラストシーズンに懸ける想い!その25<村岡龍>

ラストシーズンに懸ける想い!その25<村岡龍>

こんにちは。
慶應義塾高校出身、外野手の村岡龍です。

小学2年生で野球を始めてから、気付けば14年が経ちました。

「大学で日本一になる」という目標を持って塾野球部の門を叩いたものの、入部直後は周りのレベルの高さに圧倒されて、「この中で自分はどうやって生き残るか」ばかりを考えていました。 そこで見つけた自分の役割が、バントでした。 記録に残る派手なプレーではないけれど、確実に1つ進めることでチームを勝たせる。そう決めてからは、毎日バント練習ばかりやって、相手投手のビデオを擦り切れるほど見ました。

1年秋の早慶戦。同点の場面で代打として送られ、一塁線にバントを決めたこと。チームが勝ってリーグ優勝し、神宮大会で日本一になったこと。当時は「このままトントン拍子にいけるんじゃないか」と甘いことを思っていました。でも、そんなに甘くはありませんでした。 2年春にスタメンを掴んだ直後、怪我をして約1年間グラウンドを離れることになりました。 仲間が試合をしているのを外から見ている時間は正直かなりキツかったですし、毎日地味なリハビリを続けながら「これ何の意味があるんだろう」と腐りそうになる日もありました。それでもトレーナーの方々と一から身体を作り直して、3年春に神宮に戻って来ることができたときは、野球ができること自体が当たり前ではないのだと痛感しました。

そして、4年春。 全日本大学野球選手権の決勝、9回裏のノーアウト1・2塁。 1点ビハインドの場面で代打を告げられました。 求められたのは、1年の頃から磨いてきたはずのバントでした。 結果は、決められずに三振。チームも負けました。 目の前で日本一を逃した瞬間は本当に屈辱でしたし、自分のせいで負けたという申し訳なさで、しばらくはあの打席の夢を見るくらい引きずりました。でも、1年秋に決めたバントも、4年春に失敗したバントも、どちらも紛れもなく自分の野球人生です。 上手くいった瞬間だけを切り取ることはできないし、怪我でスタンドにいた時間も、あの最悪な三振も、全部ひっくるめて今の自分を作ってくれたと思っています。

そんな野球人生も、いよいよあと少しで終わります。 振り返ると、華やかなことよりも泥臭いことや悔しいことの方が圧倒的に多かった14年間でした。それでもここまで続けてこられたのは、単純に「このチームで、この仲間と勝ちたい」という思いがあったからです。 これまで何不自由なく野球をやらせてくれた両親。 怪我のときも見捨てずに寄り添ってくれたスタッフや指導者の方々。 そして何より、どんなときも前を向いて一緒に走ってくれた同期には、本当に感謝しています。春にあと1歩届かなかった借りは、この秋、日本一になって返します。 最後、バントでも守備でも代走でも、チームが勝つためならどんな泥臭いところでも体を張るつもりです。 やり切って笑って終われるように、最後の一球まで、全員で戦い抜きます。

(4年・外野手・村岡龍/慶應義塾高校出身)