ラストシーズンに懸ける想い!その28<𠮷田雄亮>
こんにちは。
慶應義塾高校出身、外野手の𠮷田雄亮です。
日頃より、弊部へのご支援と温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。
このブログはリーグ戦開幕前に執筆していますが、ラストシーズンがもうすぐ始まると考えると、ワクワクより終わってしまう悲しみの方が大きいです。17年間やってきた大好きな野球が、泣いても笑っても最後です。守備練習ですら、三瓶遼斗(4年・学生コーチ・慶應義塾高校)に打ってほしいくらいです。ウソです。
この場をお借りして私の野球人生を振り返らせていただきます。ぜひ最後まで読んでください。
私の野球人生は、年中の頃にスタートしました。年中から小学校4年生の頃までは週1回1時間半の野球教室でプレーしていました。人数も少なく非常にアットホームな空間で、野球が好きになった私の原点です。
小学校5年生になり、兄が中学に上がるタイミングで富岡オールスターズというチームに移籍しました。朝5時30分からのマシンバッティング、足を揃えてのランニング、鬼のような速さで飛んでくる近距離ノック、その全てで圧倒されました。今思えば、大学生より難しいバントシフトも練習していたと思います。そんな今までとは180度変わった厳しい環境に飛び込んだことで、母には苦労をかけてしまったと思います。お茶当番や遠征の準備など、暑さに弱い母に負担をかけてしまって、小学生ながらに申し訳なさを感じていました。それでも弱音を吐かずにサポートをしてくれた母を心の底から尊敬しています。
中学では横浜中ボーイズに入団しました。横浜中ボーイズを選んだ決め手は鈴木監督の存在です。野球選手のあるべき姿や礼儀、立ち振る舞い、体の使い方からバッティング・ピッチングまで、私の野球の基礎を作ってくださりました。鈴木監督に出会えていなければ慶應には入れていなかったです。たくさんのご指導とサポートをしていただき、本当にありがとうございました。
高校は慶應義塾高校に入学しました。憧れだった慶應のユニフォームに初めて袖を通した感動は今でも覚えています。投手として入部しましたが、度重なる肘の故障で2年秋の新チームから野手に転向しました。森林監督、赤松部長、そして同期の期待を裏切ってしまい申し訳ないです。
そして、大学では不完全燃焼だった投手をやるんだと意気込み入部しましたが、気付けば野手をしていました。
1年生の頃は数ヶ月に1度A戦に呼ばれては三振か挟殺を打ち、肉離れを4度繰り返してはリハビリをする日々でした。リーグ戦で活躍する村岡龍(4年・外野手・慶應義塾高校)や竹内丈(4年・投手・桐蔭学園高校)は雲の上の存在でした。竹内丈はこれからも雲の上です。
2年生になり肉離れも癒えて、B戦のベンチを温める日々が続きました。そんな中、なぜかリーグ戦ベンチ入りをしました。自分でもなぜか分からない突然の招集でした。前の週までB戦の9回の代打だったのに。喜びより驚きが2-13で勝ちました。
初打席は震えました。これが夢に見た神宮の打席かと、今も覚えています。翌々週の早慶戦にはスタメンで出場させていただきました。大敗でしたが、一生忘れない経験をさせていただいたと思っています。
3年生は野球人生で1番の激動の1年でした。
リーグ戦は全然ベンチに入らないのに、早慶戦になるとライトのスタメンで復活、「ピーキングの𠮷田」を披露しました。そして春季リーグ戦の早慶二回戦の初回に失策を2つしました。ライトスタンドの大声援が私を飲み込みました。引退するまではトラウマではないと心に言い聞かせています。頭からつま先までの衝撃の稲妻が爆音のインパクトとして私の脳裏に刻まれています。
翌々日、堀井監督から電話がありました。「𠮷田、当初ピッチャーとして入部したよな?守備は厳しいものがある。ピッチャーをやらないか?」すぐに返事はできず、唖然としました。日を改めて寮の玄関で話した結果、投手を再開することが決まりました。正直望んでいた形ではなく、外野手クビの瞬間でした。なんとか投手として夏の北海道遠征に滑り込みましたが、絶対私は野手で神宮に戻るんだと、投手に気持ちは入っていませんでした。そんな心の隙間に広池浩成(4年・投手・慶應義塾高校)が入ってきて、「体重増やしてトレーニングして野手に戻ればいいじゃん」と言ってくれました。その一言で体重を3ヶ月で15キロ増やしました。毎日筋肉と胃と戦った結果です。
部内で少しずつ私の体の異変が知れ渡った頃、堀井監督に野手をやらせてほしいと直訴しました。快く受け入れてくれた堀井監督には感謝しています。チーム事情もあり、1週間後の早慶戦には野手としてベンチ入りを果たしました。ピーキングが上手くいったと自分を褒めたいです。
そして最終学年が始まりました。バッティング練習は良いのに、試合では、、、と言われ、もがき苦しみました。チームはリーグ戦優勝し、全日本大学選手権でも準優勝を果たしましたが、なかなか貢献できず悔しい思いをしました。
このままでは終われません。結果を残して恩返ししたい人がたくさんいます。
父は世界でトップ80には入る面白い人だと思います。小さい頃は血縁関係を疑われるくらい性格が違っていたのですが、最近になり父の血が少し濃くなってきた気がします。いつでも明るくて周りの人を笑顔にする能力は尊敬しかありません。
母は世界でトップ60には入る優しい人です。普段は可愛い動物の動画を送り合っています。好きな飲み物は紅茶、嫌いな食べ物は納豆です。母の優しさに救われた回数は数えきれません。母にホームランを打ってる姿を見せたいです。
兄は釣りが好きです。野球も好きだと思います。兄が野球教室のチラシを貰ってくれたから今があります。ありがとう。
野球人生はこの秋で幕を閉じます。悔いが残らぬように全力で最後まで駆け抜けます。
応援のほど、よろしくお願いいたします。

主将 


