ラストシーズンに懸ける想い!その37<内藤茉子>
こんにちは。
東洋英和女学院高校出身、学生アナリストの内藤茉子です。
私の野球人生とは、終わりなき道です。
一野球ファンとして幼い頃から始まった野球人生。裏方としてのこの4年間、そしてこれからも続き、終わりなき野球人生を歩んでいく中で、大きく一区切りつくこのタイミングで、今までの野球人生を振り返っていこうと思います。
まず、なぜその道が始まったのか。
幼い頃から神宮球場に連れていってもらうという、父による英才教育が功をなし、見事生粋のヤクルトファンとなりました。
そこからというもの、足繁く神宮球場に通い、傘を振る日常が始まりました。
雄平選手のサヨナラ打で叶えたペナントレース優勝、16連敗、受験直前の日本シリーズでの山田哲人選手の同点ホームランの現地観戦、村上宗隆選手の数々のHR、「希望の轍」など、現地で、特に神宮球場で、幾度となく涙を流してきました。
新入部員紹介の際にも綴りましたが、ファンに留まらずに慶應野球部でアナリストをしようと思ったきっかけは、大先輩である木澤尚文選手(2022年卒・現東京ヤクルトスワローズ)の入団です。私が高校2年生の時に、ヤクルトにドラフト1位で入団。ぼんやり抱いていた慶應への憧れが、塾野球部に入ることへの憧れと明確に変化した瞬間でした。その中でもチームの勝利や選手の技術向上に貢献できるアナリストという部署に惹かれ、入部のために勉学に励みました。
また、高校3年生の時に、プロで活躍した方のお話を伺いたいと、K先生に某元球団のOBの方にコンタクトを取っていただいた。K先生、あの時はありがとうございました。また、英和に伺った際にはよろしくお願いいたします!
なぜだか予定より一年多く勉強することになってしまったが、その際の息抜きも、モチベーションも全て野球だった。うまくいかない時は神宮へ行き傘を振り、また正木さんが表紙の「大学野球」をひたすら読み込み、何度も自分を奮い立たせた。
そして晴れて第一志望の学部に合格し、慶應野球部の門を叩く。
合流日初日の朝集合での挨拶で、今まで人生で見たことがない数の男性に囲まれ、腰を抜かしそうになりながら、震える声で挨拶をし、憧れの慶應義塾体育会野球部での生活が始まった。
12年間女子校だった環境から、屈強な男性たちに囲まれる生活へと一変し、カルチャーショックを受けながらも必死に汗水をかく毎日を過ごした。
野球部での4年間を特に彩ったものは大きく4つある。
1年生で経験した日本一、2年生の夏に過ごしたガーナでの1ヶ月、2年生秋に達成したフレッシュリーグでの優勝、フレッシュ直後のオータム、そして、4年春の全日本大学野球選手権での準優勝だ。
まず、1年生で経験した日本一。一人の慶應野球部ファンとして嬉しい気持ちが大きかったのはもちろん、自分が少しでもこの日本一に貢献できたのではないか、自分がこの部活に入った意味を見出せた瞬間だったと1年生ながらに感じることができた。
入部して間もない私たちに日本一という最高の景色を見せてくださった先輩方、本当にありがとうございます。1年生で日本一を経験したからこそ、特に自分たちの代で成し遂げたい、そして後輩から応援される先輩になりたいと思えるようになりました。ご飯のお誘い、待ってます。
次に、異色の体験、ガーナでの1ヶ月間だ。
ガーナでの子供達への野球の指導、そしてその指導を通じて人間としての成長にも寄与するプロジェクトの1期生として濃密な時間を過ごした。応募したきっかけは、好奇心と野球への愛である。今後人生でアフリカに1ヶ月間も行く機会があるのか(いやないだろう)、野球を知らない子供達に少しでも野球の魅力を伝えたい、という思いで手を挙げた。
私はテマチームでの担当になった。最初野球への関心がなく、ルールから学んでいた子供達も、最後開催される試合のガーナ甲子園大会で、ベンチから踊って歌って応援する姿や、試合で活躍している姿、また仲間を鼓舞する姿をみて、子供達の成長に少しでも貢献できたのではないか、と心の底から思うことができた。そして本気で向き合ったからこそ流していた決勝後の悔し涙を見て、自分たちを通して知ってもらった野球に真剣な姿を感じ取ることができ、私の頬にも気づいたら涙が流れていた。
子供達のキラキラした笑顔、現地のコーチの実家に連れていってもらったオフ、ガーナ甲子園球場で何十枚、何百枚と子供達と一緒に写真を撮った時間、毎日不定期な時間にくる朝食、何度も起こされた早朝から鳴いている野生のニワトリ、人口密度が満員電車並みのバン、しがみつかないと振り飛ばされるトロトロなど、生涯忘れることのない時間を過ごすことができたと思う。人生が豊かになった1ヶ月だった。
もしこの文章を読んでいて、少しでも興味を持った人がいたならば、ぜひ行ってほしいと思う。なんでも聞いてください。
また、この機会を設けてくださった友成さん、そしてガーナはもちろん、様々な件でお世話になった石橋さん、ありがとうございます。生涯忘れることのない、かけがえの無い時間を過ごすことができました。そしてテマチームだったお二人、ありがとうございました。2年生は私だけでしたが、一緒に行った方々に恵まれ、のびのびと過ごすことができました。ありがとうございました。
続いて2年秋のフレッシュリーグの優勝、そしてオータムリーグでの帯同だ。
同期が出る最後のフレッシュ。資料を作成するなど、全ての時間を捧げ、見事優勝した瞬間は何物にも変え難い時間だった。選手の活躍や勝利に自分が間接的にも関わっているということを、より近い距離で感じることができた。そして選手の喜びが自分のやりがいであることに気づいた。フレッシュ優勝という素敵な経験をさせてくれて、本当にありがとう。
またオータムでの帯同は一人で全ての作業をこなしていくというハードな時間ではあったが、大きく自分の成長に繋げることができたと思う。オータムにいらっしゃっていたK.K氏に成長したねという言葉をもらった時、とても嬉しかったことを今でも覚えている。また夜な夜なみんなで語り尽くしたこと、人懐っこい猫に会ったこと、パソコンの充電が10%を切っているなかどうにかしながらテザリングで1試合を丸々あげたこと、帰りのバンで揺られながら仕事をしたことなど、オータムでも数えきれない思い出がたくさんある。主にC.K氏、ありがとう。
3年生での思い出が抜けていたことに気づき、今記すことにする。
一つ上の代が最上級生となった一年。秋の早慶戦が終わり、4年生達が引退するとなった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。その時に、いかに自分が4年生の方々に支えられていたかに気づいた。ぽっかり自分の心に穴が空いたようで、いまだに忘れられない感覚だ。特にR.M氏。R氏がいなければ、ここまで過ごすことができなかったと思う。本当に本当にありがとう。
そしてラストイヤーを迎えた4年生。先輩がいなくなり、のびのびと活動することができるようになっていく。1年生の際に夢見ていた、自分たちの代で優勝、日本一を達成するという当学年に。また、一つ一つが現役最後の〇〇となっていき、時の流れの早さや最後である感じる虚しさや切なさも噛み締めながら、今も活動をしている。
このラストシーズン、ラストイヤーは、「感謝」を常に忘れずに最後まで走り抜けたい。
この文章でも、何度も感謝の言葉を述べているように、この野球人生は多くの周りの方々に支えられてきた。
支えてくれた方々に感謝の言葉を述べていこうと思う。
まずは父と母、23年間ありがとう。一年多くかかってしまったり、日々のしょうもない喧嘩で困らせてしまってすみません。手のかかる子供だけれども、生まれてからたくさんの愛情を注いで育ててくれて、大好きな学校に通わせてくれて、憧れの大学に通わせてくれて、部活動も支えてくれて、ありがとうございます。そして神宮に幾度となく観戦に通わせてくれてありがとう。苦しい時間ももちろんあったけれども、いつどの瞬間で人生が終わったとしても楽しかったと言える時間を過ごせているのは、両親がいたからだと思います。
傘を一回でも多く振れるよう、色んな形で恩返しできるように、今後精一杯働きますので、今後ともよろしくお願いします。
祖父母へ
いつも会った時にとびきりの笑顔で迎えてくれてありがとう。なかなか会いに行けなくてごめんなさい。やっと慶應に合格できた時や進級できたとき、野球部が勝った時、キャンプに行く時など、たくさん気にかけてくれたように感じます。引退したらたくさん会いに行くから待っててね。健康第一、元気に過ごしてください。
小学部、中学部からの大好きな友人たちへ
出会って11年、長い人だと出会って17年、ずっとありがとう。セーラー服を着て駆け回っていたみんなと大学に入ってもこうして定期的に会うことができて、とっても仲間に恵まれたと思います。おばあちゃんになるまでずっと仲良くしていきたいです。みんなと話す時間は一瞬です。たくさんこれからも会って、喋り尽くさせてください。
浪人からこうしてまだ会えてるR.H氏、K.T氏へ
あの苦しい監獄時代を一緒に過ごして、今でも定期的に会えているのは奇跡なのではないでしょうか。早慶戦で毎回会えてとっても嬉しいです。ここに名前出すか迷ったけど、それほど私の中での浪人時代は大切なものだったし、二人はその時に出会えた今でも大切な仲間なので出させていただきました。これからもよろしくね。
野球部のみんなへ
いつも、私たちが頑張るモチベーションになってくれてありがとう。
ありがとう、という、ただそれだけの言葉でも自分が少しでも何かチームに貢献できているということを感じることができていました。
部活動の時間以外でもたくさんの楽しい時間を過ごすことができました。
これからもずっと仲良くしてくれたら嬉しいです。
野球部の中でも特にお世話になった方々へ
まずR.M氏
R氏には感謝してもしきれません。西会津キャンプ、ガーナと、この野球部の中で誰よりも長く一緒の時間を過ごしてきたと思います。たくさんの色んな話も聞いてもらいました。野球部以外での時間も、誰よりも長かったように思います。旅行もライブも野球もたくさん行きましょう!!そして、たくさん恩返しさせてください。この野球部生活が楽しかったのは間違いなくR氏がいてくれたからです。今までありがとう、そしてこれからもよろしくね。
続いてC.K氏
どのタイミングで話すようになったか全く覚えていない。が、気づいたらよく君が隣に来るようになっていたね。ただ、C氏との思い出は残念ながら様々な理由でここに記すことができません。それはC氏もわかっているように思うが、間違いなくC氏にも感謝し尽くせないほど、お世話になった。ありがとう!就活の動画をありえないほどのテイクを重ねながらも、嫌な顔ひとつせずに撮ってくれて、本当にありがとうございました。そして噛みすぎて本当にすみません。茹でたもやしを持ってきてくれたのは良い思い出です。ここに出せるのはこのくらいのエピソードですね。オータムも楽しかった。これからもよろしくお願いします。常識的な範囲内でこれからものびのびと生活してください。
次はA.F氏
A氏とはいくら時間があってもきっと話すネタが尽きないと思っています。同期でA氏がいてくれたから乗り越えられたことがたくさんあります。本当にありがとう。引退してもずっとおばあちゃんになるまで会うんだろうなと思っているよ!「たくさん」という言葉では形容できないほど色んな相談に乗ってもらったと思う。そういえば長電話もしましたね。
これからも様々ないろんな話を聞いてください!!末長くよろしくね。
※なぜか3年の夏に遠征が一緒になって近くのスーパーに行ったことをとても覚えてます。
かわいいかわいいアナリストの後輩たちへの文章は、お手紙にするのでとっておきます。
みんなご飯いきましょう!
大学生活でお世話になった(なっている)方々へ
クラスでお世話になった方々、ゼミでお世話になっている方々、いつも本当にありがとうございます。
特にゼミは私のとても大事なコミュニティになりました。まず、E.T氏、このゼミを紹介してくださってありがとうございます。きっとこのブログに登場するとも思っていらっしゃらないと思いますが、それほどとても恩師だと思っています。
そして、先生。このゼミに入れてくださって本当にありがとうございます。毎週の楽しみが増えました。また、早慶戦にも見に来てくださって、とても嬉しかったです!秋、最高に良い景色を見てもらいたいのでまたいらしてください!
ゼミの仲間へ 私はゼミの皆さんが1人残らず本当に大好きです。また、忙しい時間を縫って、早慶戦も選手権も見に来てくれて嬉しかったです!
これからもずっと、たくさんのキラキラした思い出を作りたいです。
いつもありがとう
これまでの野球人生、これまでの人生を綴っていると、改めて想像以上に多くの方々に支えられていることがわかる。この最後の秋のシーズン、感謝を忘れずに、恩返しができるように迎えたい。

主将 


