【あなたにとって野球とは―#25】井上結聖(外野手・法政二)
4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。
25人目は、井上結聖(投手・法政二)です。
_______________________

日頃より法政大学野球部を応援していただき、誠にありがとうございます。
私のことを知っていただいている方は、決して多くはないと思います。それでも、約16年間の野球人生に一区切りをつけるこの機会に、私にとって野球とは何だったのか、そして野球を通して出会った大切な人たちへの感謝を、少しだけ綴らせていただきたいと思います。
拙い文章ではありますが、最後までお読みいただけると幸いです。
「私にとって野球とは」
この問いに対して、私は『結』という漢字一文字を選びました。
物心がついた頃から当たり前のようにそばにあった野球。気がつけば、人生の大半を野球と共に過ごしてきました。
振り返れば、約16年間の野球人生の中で、誰もが認めるような輝かしい成績を残すことも、胸を張って自慢できるような大きな成果をあげることもできませんでした。思い描いていた理想とは程遠い現実に悔しさを感じたことも、自分の力不足を痛感したことも、一度や二度ではありません。それでも、そんな私の野球人生にも、誰にも負けないと胸を張って誇れるものが一つだけあります。
それは、この先の人生で何があっても、一生大切にしたいと思える友と出会えたことです。
くだらないことで腹を抱えて笑い合った日々も、時にはぶつかり合い、悔しさを分かち合った日々も、今となっては何にも代えがたい宝物です。同じグラウンドで汗を流し、同じ目標に向かって必死になり、嬉しい時も苦しい時も共に過ごしてきた仲間たち。野球が上手いとか下手だとか、試合に出ているとか出ていないとか、そんなことは関係なく、一人の人間として向き合い、笑い合える仲間に出会えたことが、私にとって何よりの幸せでした。
野球をしていなければ、きっと出会うことすらなかった人たちが、今では自分の人生に欠かすことのできない存在になっています。
そう考えると、野球というスポーツは、私にとって単なる勝ち負けを競うものではなく、人と人とを結びつけてくれる、かけがえのない存在だったのだと思います。
そして、この『結』という漢字には、もう一つ大切な意味があります。
それは、私の名前である「結聖」に込められた両親の願いです。父と母は、幼い頃から私の野球人生を誰よりも近くで支え、応援し続けてくれました。
決して順風満帆とはいえなかった野球人生の中で、期待に応えるような結果を残すことができず、申し訳なく思うこともありました。
もっと活躍する姿を見せたかった。もっと喜ばせたかった。そんな思いがないといえば嘘になります。それでも、いつだったか母から聞いた言葉が、今でも心に残っています。
「人と人との結び付きを大事にしてほしい」
そんな願いを込めて、私に「結聖」という名前をつけてくれたそうです。
野球選手として、両親の期待に十分応えることはできなかったかもしれません。それでも、野球を通して数え切れないほどの人と出会い、その中で一生大切にしたいと思える友に恵まれたこと。そして、その出会いや繋がりを何よりも大切に思える人間になれたこと。それだけは、両親に胸を張って伝えたいと思っています。
野球で大きな結果を残すことはできなかったけれど、父と母が私の名前に込めてくれた願いには、少しだけ応えることができたのではないかと思います。そう考えると、私の16年間は、決して華やかなものではなかったとしても、「結聖」という名前にふさわしい、幸せな野球人生だったと感じています。
だからこそ、これからは「結聖」という名前に恥じぬよう、社会人になっても、どれだけ歳を重ねても、大好きなバカな友達たちを結びつけられる存在でありたいと思っています。
ここからはお世話になった方への感謝を少しだけ述べさせていただきます。ここまで長文書きすぎて疲れたので、ラフに話そうと思います。
まぐろ専科もとみやへ
親方とたく(本宮拓朗・4年)のおかぁさん4年間本当にお世話になりました。同期みんな感謝していると思いますが、多分誰も言わないのでたくの次に専科を愛している私から感謝申し上げます。散々お世話になりましたので、社会人になったらみんなで飲みに行って沢山お金落とせるようにします!
いつも温かく、お忙しい中でも迎えていただき本当にありがとうございました!!
せいたろうさんへ
私が大学まで野球を続けられたのはせいたろうさんがいたからだと私は感じています。八王子シニア時代、毎週のように和田バッセンに行って無限に打たせて頂いたこと、グローブやバットなどをほんとに数え切れぬほど頂いたこと感謝してもしきれません。野球で恩返しすることができませんでしたが、これから飲みに行ったりご飯に連れて行ったりして恩返しできればと思っています。本当に私の野球人生を支えていただきありがとうございました。
川上さん(川上陸斗・R8卒)へ
先輩の中でお世話して、お世話に1番なりました。これからの人生でも沢山お世話になろうと思っています。ありえないほど大学生活で飲みに連れて行っていただきました。感謝してもしきれません。いつもバカな話しかしていませんが尊敬しています。これからの飲みに連れってください。よろしくです。
やれてるやつらへ
やれてるやつらという恥ずかしい名前は私の仲の良い法政野球部員たちの総称です。正直、みんなとは野球の思い出より飲んだり、飯食ったり遊び行ったりバカなことをしたことの思い出の方が多いです。ほんとに一緒にいすぎて気持ちが悪いと思うほどです。ただ毎日のように飯食って、飲みに行くのがなくなると思うとまじで少しだけ寂しく感じます。ほんとにふざけた俺みたいなやつを受け入れてくれたみんなには感謝しかないし、大好きです。沖縄行ったり、色んなとこ行ったり、遊んだりしてきましたが一生の思い出です。残りの大学生活もっともっともっと飲んで、ド派手に暴れまくろう。これからも死ぬまで色んなとこに行って酒を飲みましょう。4年間まじでありがとう。これからもよろしく。
家族へ
父と母には感謝しかないです。ここまで自分が野球をできたのも全て2人のおかげです。法政二高に行くと言った時、2人には色んな考えがあったと思いますが、その道を選ばせてくれたことには非常に感謝しています。
親父は毎日のように仕事から疲れて帰ってきた時でも、庭で練習に付き合ってくれました。そんな親父の背中に憧れ、俺も子供ができた時にそんな親父でありたいと思っています。俺がどんだけダメでも俺をせめなかった親父の優しさが大好きです。いつまでもかっこいい親父でいてください。
今まで野球をさせてくれてありがとう。
母へ
ここまで野球をやらせてくれてありがとう。高校時代は特に毎朝4時に起きてお弁当を作ってくれて感謝してもしきれません。口が悪く、素直になれないバカ息子に厳しくも優しくしてくれてありがとう。飲んだくれでダメダメな息子だけどこれから沢山恩返しして、自慢の息子だと言わせてみせます。
今まで野球をやらせてくれてありがとう。
前文にもある通り、野球で恩返しすることができなかったことは本当に申し訳ありません。これからは2人に恩返しできるように頑張ります。
ダメダメな息子だけどこれからもよろしくお願いします。
綾菜へ
生意気な弟でごめん。死ぬほどむかつくこともあるし、死ぬほどむかつかれたこともあったと思います。それでもたまに俺の野球を見に来てくれたりしてくれてありがとう。これからはもっと兄弟で飲みに行ったり、もっと両親に親孝行しよう。
汐音へ
俺の弟で沢山迷惑をかけてきたと思います。喧嘩して顔面に鉛筆刺して今でも顔に芯が残っていることもごめんなさい。多分俺がしおんだったら俺の寝込みを何度か襲っていたと思います。兄貴らしいことは何一つして来れなかったと思いますが、これから沢山飲みいったりしましょう。
いつか俺が兄貴で良かったと言わせて見せます。
一緒に両親に親孝行しよう。
俺の弟でいてくれてありがとう。
野球を通して出会ってくれたすべての人へ。
私の人生に関わってくれて、本当にありがとうございました。そして、これからも一生よろしくお願いします。
主将 


