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主将 藤森 康淳
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【あなたにとって野球とは―#33】廣瀬凜人(学生コーチ・春日部共栄)

4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。

33人目は、廣瀬凜人(学生コーチ・春日部共栄)

です。

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まず初めに、途中で部を離れた自分にこのような機会を用意していただきありがとうございます。自分は現在バンクーバーに留学中であり、一足先に春のシーズンをもって野球から離れた生活を送っています。こうした自分の決断を理解してくださった監督を始めとする関係者の方々、後押ししてくれた同期には感謝しています。本当にありがとうございます。

さて、毎年この時期になると、部のSNSで4年生投稿が始まり、再来年は、来年はと考えているうちに自分の番となってしまいました。正直自分たちの代は大学野球が順風満帆であったと言い切ることのできる人は少なかったと思います。3年生からAチームに帯同させていただき、何度も壁に当たりながらも努力し続けてきたみんなの姿を見ていました。そんな同期の投稿を見ながら学生コーチとしてもっとできることはなかったのか、選手に必要とされる存在になれただろうかなどと考えながら野球生活を振り返っています。

振り返れば野球を始めたのは小学校2年生の冬。母に野球とサッカーの体験に連れていかれ、サッカーの監督が怖かったからなどという理由で野球を始めました。最初は楽しいからと始めた野球でしたが、所属していたチームが合併し、チームの雰囲気がガラッと変わり、勝利を求める集団へと変わったことをきっかけに自分の野球に対しての考え方が変わったと思います。正直練習は厳しいし、指導者は怖いし野球を知らない人からすればなぜ野球をやっているのかと思われても仕方がなかったと思います。ただ、厳しさの中にも愛情をもって指導に当たってくださった指導者の方々のおかげで今の自分があります。誰に何を言われようとも自分の野球人生の礎はあの北川辺ウォーターズです。きっと今後の人生でもあの時、あのチームで、あのメンバーで野球をやれてよかったと思い続けると思います。本当にありがとう。

小学校で県大会優勝し、そのまま順調な野球人生が送れるものだと思っていました。ただ、そう簡単にはいかないのが野球でした。中学では伸び悩み、高校では怪我に泣かされなかなか殻を破れず、すべてが中途半端になっていたように思います。高校時代入部後からAチームの試合で数多く投げ、モチベーションが上がってきたころに怪我をする。大会前に復帰し大会が終わるとまた怪我。そんな高校野球だったように思います。高校で野球は終わり、そんなことを考える時期もありました。それでも高校野球が終わった直後、まだまだできるんじゃないか、高いレベルの野球に触れたいなどと考え、前主将の凜さん(増田凜之介・R8卒)の後を追う形で法政大学の門をたたきました。

入部直後は先輩方のプレーを見て、このチームで選手として活躍するのは難しいのではないかとくじけそうにもなりました。それでも怪我なく地道に体を作っていけばチャンスはある。そう信じながら練習に取り組んでいました。それでも一向に実力は伸びず、やっぱりだめかなどと思った矢先、怪我を患い、選手として一区切りをつけ学生コーチとなることを決めました。最初は自分自身抵抗があるかなとも思っていましたが、いざ転身となるとすっと受け入れることができたように思います。次世代育成リーグの運営にも携わらせていただき、裏方として選手、チームを支えることに楽しさを覚え、目の前のことに一生懸命になることができていました。ただ、時にはBチームにいた自分がAチームの選手に指示をしてもいいのかと思うことや、先輩の圧に心折れそうになったこともありました。それでも必死に食らいつき、気づけば3年生ながらにAチームに帯同していました。そこからは苦労の連続でした。先輩方に指示することの難しさ、選手の方が野球に詳しいが故の難しさがありました。自分の学生コーチ像が確立できるのには半年程かかったと思います。夏が過ぎたころにようやく円滑なチーム運営という形で貢献できていると感じることができるようになりました。生意気なことを言った自分に理解を示してくれた先輩方、相談に乗り、時には愚痴も聞いてくれた同期、こんな自分についてきてくれた後輩。全ての人に感謝しています。

就職活動を終え、最上級生となったある日、ふと思ったことがあります。それは3年からAチーム帯同していた自分が野手との関りを上手く調整できるのは当たり前、自分がやるのではなく、後輩の育成こそが自分に求められていく役割なのではないかということです。高村助監督の元で、0から学生コーチとして教わったこと、選手ではないコーチとしての野球に対する考え方、選手に対する接し方。それらすべてを自分で終わりにするのではなく後輩へと受け継いでいく。この考えを持ったころから自分の中でチームに対する関わり方に変化がありました。今までの学生コーチとしての仕事をしながら、後輩育成をする。どれだけ上から目線だよと思う人もいるかもしれません。それでも野球を離れた今、やってよかったなと感じています。当時3年生の学生コーチがいなかったこともあり、西俣(西俣柚希・2年)、近藤(近藤祐槻・2年)、永井(永井智也・2年)の3人には口うるさく話をしたと思います。それでもついてきてくれたこと、本当にうれしかったです。帰国したらまた4人で飯いこうな。特に西俣には迷惑もかけたし口うるさく厳しく当たったと思います。就活等で練習にいないことも多く、一人でやらなければいけない場面も多かったでしょう。自分がこんなに自分勝手なことができたのも西俣がいたからです。今、OP戦もAに帯同できず、様々な葛藤があると思います。それでも根気強く、野球一筋に頑張ることができるのは自分にはできないお前の強みだと思います。残り2年、悔いのないようやりきってください。一OBとして応援しています。

同期へ

入部した当初、この部でやっていけるか不安な気持ちもあった中、ここまでやり切ることができたのはみんながいたからです。学生コーチとしてどう接したらいいかわからない時に迷惑をかけたり、愚痴をこぼしたりしたこともあったと思います。それでも相談に乗ってくれたり、時には冗談も交えたり、今の自分があるのは間違いなくみんなのおかげです。本当にありがとう。

特に上野(上野優太・4年)と助川(助川太志・4年)の二人は話をすることが多かったと思います。グラウンドでもプライベートでも一番仲の良かった上野。どんな時も野球に真っ直ぐで、飲みに行っても野球の話ばかりだった。プレイヤーとして一番努力していたし、野球に向き合っていたこと、本当に尊敬しています。それでいて第三者目線を持っていて、何か相談すると的確な答えが返ってくる。常に頼りっぱなしでした。学生コーチとして、人として成長できたのは上野がいたからです。ありがとう。チームに対する思いが一番強い助川。春のリーグ戦初戦の前、離脱者が多かった中で、開幕投手について大島監督から相談されたとき、迷いなく助川を推薦しました。あの時助川の名前を出してよかったと心から思っています。4年生の少なかったA投手をまとめ上げ、リーグ戦でも結果を出す。誰が見ても俺たちの代のエースは助川です。最後の東大戦、有終の美を飾ってくれ。

家族へ

小学校から野球を始めた自分に、中学、高校まで毎日朝早くから弁当を作ってくれた母さん。送り迎えや遠征で朝が早くても何一つ文句を言わず、少年野球ではスコアも書き、家に帰れば食事作り、感謝してもしきれません。本当にありがとう。

毎日遅くまで仕事をし、疲れて帰ってきても必ず試合の結果は確認していた父さん。あまり野球に対してうるさく言うことはなかったね。でもそれがとてもやりやすく、遠くからプレーのしやすい環境を整えてくれていたように思っています。

高校まで全く同じ進路をたどってきた弟。お前が後ろにいるから半端なことはできないと思いながらプレーしてきました。その刺激があったからこそやらなきゃいけないと思えたし、同じ野球をプレーしたからこそ話せたことも多かったかな。立教の選手紹介で今一番会いたい人として兄なんて書いちゃう自慢の弟です。残り少ない野球人生悔いなくやりきってください。神宮でプレーする姿期待してます。

あんなに野球が嫌いだったのに気づけばマネージャーとして入部してきた妹。いまだにあれだけ野球嫌いだった妹が同じ高校でマネージャーをしていることが信じられません。それでも野球というスポーツに興味を持ってくれたことは嬉しかったです。おそらく今多くの悩みを抱えているころだと思います。悩みに悩んで出した答えは必ず尊重します。ただそれでも最後までやりきったからこそ見える景色もあることは忘れないでください。

家族の支えがあったからここまで野球をやり切ることができました。次は自分が恩返しする番です。期待せずに待っていてください。

法政大学野球部関係者並びに、応援してくださる全ての方々

皆様の支えがあり、ここまで来ることができました。4年間多大なるご支援、ご声援ありがとうございました。部員一同、皆様の応援のおかげで普段以上の力を発揮することができたと感じています。法政大学野球部は近年、優勝から遠ざかっています。その現実を真に受け止め、選手は努力を重ねてきました。今季も優勝には手が届きませんでしたが、主将の藤森を筆頭にチームは日々成長を重ねてきました。今週末がチーム藤森最後のカードとなります。4年間の集大成、最後の闘志を目に焼き付けてください。ご声援のほどよろしくお願いいたします。

野球を通して出会ったすべての方々、本当にありがとうございました。野球というスポーツを通して学んだことを礎として、今後も成長していきたいと思っています。

最後に、チーム藤森、最高のチームです。このメンバー、このチームで野球ができて良かったです。最終東大戦、その場にいることができないのがすごく悲しいですが、みんなの最後の勇姿、遠くの地から必ず見届けます。みんなが笑って引退することができるよう願っています。

野球よ、13年間ありがとう。