【あなたにとって野球とは―#10】奥田知朗(捕手・国士舘)
4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。
10人目は、奥田知朗(捕手・国士舘)です。
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私、奥田知朗の野球人生は、常に「チャレンジャー」としての野球人生でした。
少し長くなりますが、最後まで付き合ってくれたら嬉しいです。
【中学時代】
兄の影響で野球を好きになり、中学校から本格的に野球を始めました。最初は経験者についていくことに必死でしたが、練習を重ね、最後にはエース・4番・キャプテンを務めさせていただきました。振り返れば、ここから始まる野球人生は楽しいこと以上に「しんどい」「辛い」と思う時期の方が多かったように思います。
それでも、あの時野球を始めたことを後悔したことは一度もありません。
【高校時代】
国士舘高校に進学し、中学で実績を残してきた選手たちが集まる中でレギュラーを勝ち取り、甲子園を目指して必死に努力しました。嫌なことや理不尽もあり、何度も挫折しそうになりました。それでも食らいつき、秋大会はベンチ入りすることができました。しかし、最後の夏はチーム事情もあり、メンバーから外れました。あの時は本当に辛かったです。
それでも、「こんなところで終わってたまるか」と反骨心を燃やし、もう一度野球に挑戦することを決めました。
そして、夢だったプロ野球選手を目指すため、法政野球部に入ることを目標に、一般受験の道を選びました。
【浪人時代】
高校3年生の夏の自分は、机の前に15分も座っていられないほど勉強が嫌いでした。必死に机に向かってもなかなか成績は伸びず、何度も心が折れそうになりました。それでも、野球を続け夢を叶えるために、自分で決めた道だと歯を食いしばってやり続けました。そして、1年間の浪人生活を経て法政大学に合格することができました。この受験生活で身につけた「目標から逆算する分析力」は、その後の野球人生にも大きく繋がりました。
あの1年がなければ、今の自分はいないと思います。
【法政大学時代】
念願だった法政大学に入学し、最初はCチームからのスタートでした。それでも、実力を伸ばすチャンスだと捉え、基礎練習をひたすら繰り返しました。その結果、Bチームに上げていただき、Aチームの練習にも参加させてもらえるようになりました。当時は「このまま駆け上がって、リーグ戦で活躍したい」と思っていました。しかし、そこからの壁は高く、実力以前に越えられない壁も多くありました。「自分はどうなりたいのか」「今何が足りないのか」何度も自問自答を繰り返しました。
そして4年生になり、大島監督から「選手兼任学生コーチとしてチームを引っ張ってほしい」と声をかけていただき、これまでの法政にはなかった新たな役割を務めました。指導者と選手の間に立つ中で、難しい立場になることも、嫌な気持ちになることもありました。それでも、チームの優勝、日本一のために、自分にできることを尽くしてきたつもりです。自分のことを良く思っていない人もいると思います。それでも、「みんなが良くなり、チーム全体が勝つために」という気持ちだけは根本にあります。そんな自分のことを、少しでも暖かく理解してもらえていたら嬉しいです。笑
【両親、兄へ】
ここまで11年間、野球を続けてこられたのは、自分一人の力ではありません。苦しい、辞めたいと思った時、受験で心が折れそうになった時。いつもそばにいてくれたのは家族でした。
どんな時も味方でいて、支えてくれて本当にありがとう。11年間、野球にすべてを懸けることができたのは、家族の存在があったからです。
これからは、自分が少しずつ恩返しをして、兄、親孝行できるように頑張ります!
本当にありがとう!
【支えてくれたすべての人へ】
11年間で、本当にたくさんの人に出会いました。指導者の方々、一緒に汗を流した同期(特に黒須(黒須堅心・4年)、本宮(本宮拓朗・4年)、浅倉(浅倉大聖・4年))、支えてくださった方々。今の自分があるのは、間違いなく皆さんのおかげです。本当にありがとうございました!
【後輩へ】
最後に後輩たちへ、自分が4年間大切にしてきた野村克也さんの言葉を送りたいと思います。
「敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。」
野球をしていると、どうしても周りが気になり、比較してしまうと思います。でも、最後に向き合うべき相手は、いつだって自分自身だと思います。昨日の自分より少しでも成長する。できなかったことを一つできるようにする。その積み重ねが、いつか大きな差になります。
相手に勝つことだけではなく、自分に負けないこと。最後まで自分を成長させ続けて頑張れ!
【最後に】
ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました。
「誰かに勝つことよりも、昨日の自分より上手くなること」
「困難から逃げないこと」
「無理だと思った時に、もう一度立ち上がること」
結局、11年間で一番長く戦い続けてきた相手は、他の誰でもなく自分自身でした。
野球の実績がほとんどなかった自分が、ここまで野球を続けることができたことが、そもそも奇跡で運がいいと思います。
もちろん、まだ終わっていません。
結果がどうであれ、最後の瞬間まで「まだできる」と自分を奮い立たせ、悔いのないようにやり抜きたいと思います。
そして最後は、勝って、優勝して、みんなで笑って終わろう!
ありがとうございました!
主将 


