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【4年間を一言で表すと】大沢翔一郎

32人目は大沢翔一郎(外野手・上尾)です!

おおさわ のコピー

残暑厳しい折、いかがお過ごしでしょうか。私は、最近巷で話題のMBTI診断でADHDという診断結果が出そうなくらい計画性がないことに焦りを感じております。そんな私による、計画性がないなりに真剣に心を込めて書かせていただいた引退投稿。拙い文ではございますがご一読いただけますと幸いです。

いきなりですが、「人生を一言で表すと」という質問を投げかけられたとき、皆さんは何て答えるでしょうか。そんな、人生を一言でなんて表せるものか、と殆どの人はそう感じるはずですしそれが普通なことです。しかし、いかんせん私はまともな人間ではないので一般的な普通が通用しません。よって私は人生を一言で表せてしまいます。しかも漢字二文字でです。

私にとって”人生“とは、

それは「野球」です。それ以上でも、それ以下でもない。自信をもって断言できます。

それくらい野球を愛し、人生の殆どを野球に捧げてきたという自負があります。ただ野球には愛されてこなかったので、最後まで野球は下手くそだったなと感じています。

どんなに下手くそでも、キャラ負けしてしまうくらいちっぽけだったとしても、目指すものを見つけそれに向かってめげずに、どれだけ心が打ちのめされようとも立ち上がって、常に前を向いて諦めることなく闘い続ければ、その先に、ちょっとはいい景色が見られるものだなとこの4年間を経て学ばせてもらいました。

①

「篠木って実在するんだなー。」「西村、こりゃ人間やめてるな。(凄いって意味ね!)」

この野球部の第一印象です。ド平凡で才能も功績も何一つない私かすると、今まで目にしたことのないハイレベルな野球人ばかりでとんでもないところに足を踏み入れてしまったと感じるほどでした。しかし、私にとってそれは本気で野球に挑むきっかけとなってくれました。入部当初はまだ「憧れるのをやめましょう。」という風潮はなかったので正直めちゃくちゃ憧れていました。しかし、“憧れ”から始まった関係はいつの日か、共に日本一を目指すかけがえのない存在になっていました。人生の夏休みと揶揄されるこの大学4年間を野球に捧げる中で切磋琢磨し、ときには喜びや苦しみを分かち合うことであらゆる逆境を乗り越えてきました。本気で追い越したいと思えるライバルがいる。本音でぶつかり合える同志がいる。そして、心の底から応援したいと思える仲間がいる。他の誰でもないみんなだったからこそ、この4年間これでもかというくらい本気になって命を懸けて野球に打ち込めたのだと思います。嘘偽りのない私の本心です。本当に同期には恵まれたなと、4年間の日々を思い返してみて改めて感じます。

みんなにはいっぱい迷惑かけてしまいました。プライベートでは時間を守れず待たせてばかりでごめんね。迷惑をかけたといえばあの事件。1年生の冬の帰省前清掃で、気が狂ってあの事件を起こしてしまい部全体で犯人を捜索する中、ずっと黙っていたせいで皆に多大なるご迷惑をお掛けしました。本当にごめんなさい。犯人が自分と徳田だと疑われ始めたとき、山城が「本当にやってないんだよね。じゃあ、俺は信じるよ。」って言ってくれたときの山城の寛大な心と、それを嘘によって裏切ってしまったという自分の情けなさに涙が出そうでした。本当にごめんなさい。個人的に迷惑をかけてしまった人っていうのはたくさんいるし、それぞれのエピソードも鮮明に思い出されますがその中でも特に、萩。萩とはたっくさん一緒に自主練しました。室内にこもってひたすらバッティングしたよね。特に2年生のときは、毎日のように夜11時までバッティングしてたね。うまくいかない自分に腹を立て、毎球打つごとに“BAD”に入って険悪な空気にしてしまってたな。それでも萩は優しすぎるから、そんな俺に何ひとつ文句を言わずに練習に付き合い続けてくれました。俺が萩だったらきっとぶん殴ってるよ。あのときは本当にごめんね。萩との自主練があったからバッティングが上達したし、これほどまでに成長することができました。本当にありがとう!

てことで、出会いにマジ感謝!みんな生まれてきてくれてありがとう!!大好き!!!

社会に出て行ってもみんなとは一生友達でいたいのでLINEはずっと残しておいてね。

そして、今後野球で飯を食っていこうとしている方々。あなた方は本当にカッコイイです。いつまでも私の憧れの存在で在り続けることでしょう。胸を張って野球に励んでください。都市対抗応援行きます!絶対にね!

②

ここでひとつ、私が人生を捧げた野球に対する考え方をご紹介します。

能力の無い自分を受け止め、下手くそなりに地道に努力をして一歩ずつ成長していくことや、時には仲間と喜びや苦しみを分かち合い共に切磋琢磨すること、その過程で巡り合う数えきれないほどのたくさんの学びや、プレイヤーとして、そして一人の人間としての生きる術を獲得すること。これらが野球をするということの本質であり面白さであると私は考えます。

この4年間は今までの野球人生においてこれらを最も体感することができたと同時に、人生史上最も野球を楽しむことができたと実感しています。それはまさしく、

「自分史上最高の青春」

この4年間を一言で表すならこの言葉に尽きます。このように感じることができた法政大学野球部での経験は、私にとっての財産です。とても幸せな4年間でした。

後輩の皆さん、特に指定校、付属、一般組の方々

ぜひ、レギュラーを目指してください。僕はリーグ戦のレギュラーになって活躍するという目標がありますが、とうとうその目標は果たせそうにないようです。正直めちゃくちゃ悔しくて今にでも涙がこぼれてしまいそうです。でも、みんなはまだレギュラーを目指すことができます。余計なことは言いません。レギュラーを勝ち取れ!以上。

品川ゆうせいくん

きみの野球センスはピカイチです。誰がなんと言おうとこれだけは言い切れます。僕が保証します。あと、”ちょけ”の精度もかなり素晴らしいです。ただ、たまに練習中でもちょけることがあるので程々にしましょう。後々それが自分の首を絞めることになっちゃうので。

君はもっとやれます。こんなもんじゃないはずです。大丈夫、君が思っている以上に君は野球うまいよ!だから自分で限界を決めず、更なる高みを目指し続けて下さい。

頑張れ!ゆうせい!

⑥

そして、母と姉

母には感謝してもしてもしきれません。「ありがとう」このたった5文字の言葉を伝えることにすら羞恥心を感じてしまう僕なので、今まで母に対して「ありがとう」と言えたのはまだ素直で可愛げがあった幼稚園の頃とか、小学校低学年の頃しかなくって恐らく数にして5回くらいしかないのかなって思う。しまいには、「ママ」から「おい」と呼ぶようになってしまいました。それでも母はこんな素直さも愛想もない自分の一番の味方で在り続けてくれました。小中高と野球を通してたくさんの苦労と迷惑をかけてしまったことから野球はここで辞めるべきなのかなと思いつつ不完全燃焼で高校野球を終えたことから、このまま野球人生を終えたくない、まだ本気の野球がしたいという気持ちもありどうしようかと思い悩ませていたとき、「あんた、もちろん大学でも野球やるでしょ?」と当たり前かのように自分の背中を押してくれたおかげで、一切の迷いなく思いっきり大好きな野球を続けることができました。また母は私のたった一人の熱狂的ファンでもありました。特に印象的だったのは2年時の秋フレッシュ。応援のないフレッシュ独特の静寂な空気をぶち壊すかのごとく、スタンドから「翔!翔!」という母の凄まじい声援が球場全体にこだまし、多くの部員にドン引きされるほどでした。リーグ戦のときは、試合後にバスの前で会えるからロッカールームには来ないでね、と何回も忠告しているにも関わらずロッカールームに来てしまう母にはさすがに呆れてしまいます。それでもやっぱり試合を観に来てくれるのは嬉しかったし何よりも、神宮でヒットを打つ姿を見せることができて本当に良かったです。これからは私の一生をかけて恩返ししていきますのでよろしくお願いします。

字数がかさんでしまったので姉の方は割愛させていただきます。これからも家族としてよろしく。

というわけで、この辺で終わりにさせていただこうと思います。ありがとうございました。

~自分史上最高の青春~ Fin.