TOKYOROCKS2021 秋季号外

通常、紙面にてお届けしている号外スタイルの東京六大学野球情報紙。
今季も特別版として、本サイト上にて掲載させていただきます。
野球部員による記事だけでなく、各大学の新聞部や応援部などの様々な寄稿がこの号外を盛り上げます。
第8週 テーマ

この秋のMVP!

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東京大学

この秋のMVPは言うまでもなく主将の大音周平(4年=湘南)である。普段は物静かで後輩からもいじられることもしばしば、情宣での撮影では熟考を重ねて反響のある映像を数々作っていくなど、歴代主将の中でも異色な主将であったことは間違いない。しかし、野球に対して、そしてチームに対しては誰よりも熱い人間で、歴代最多となる126名の部員を束ね、持ち前の冷静さでチーム全体を俯瞰して的確な言葉を発し、誰よりも「勝ち」にこだわり続けてきた苦労人。コロナ禍の影響で数々のイレギュラーな出来事があった中でのチームの統括、そしてポイント制ではあるものの春秋通じて勝ち点3を取得できたのは、紛れもなく大音の功績である。全部員を信じ、数々の「変革」を成し遂げることができた雰囲気を作ってきた大音、本当にありがとう!そして4年間お疲れ様でした!(吉田洸)

立教大学

秋だけではなく、この1年間を通してのMVPは主将の太田英毅(4年=智辯学園)である。精神的柱としてチームの状態が良い悪いに関わらず最後までリーダーシップを発揮し立大野球部を率いてきた。自分の結果が出ない、スタメンで出場していない時も常にチームが勝利することを第一に考えて、4年生37名で決めたチームスローガン「一進」を体現した。そして、野球に対しては誰よりも熱く真摯に向き合っていた。法大2回戦で太田が決勝打を放って3塁コーチャーの後藤(4年=北海)と喜んだあの瞬間は未だに忘れられない。残念ながらリーグ戦優勝という結果で終えることはできなかったが彼が主将だったからこそ2シーズン連続で優勝争いをすることができたと私は感じている。言葉でも背中でもチームを引っ張ってくれた彼に感謝したい。そして、4年生37名と最後までやり切れたことにも感謝だ。みんなありがとう。(竹間心)

早稲田大学

早大のMVPは主将の丸山壮史だ。立大戦での2連敗から始まった今秋のシーズン。その暗い雰囲気を吹き飛ばす、2カード目の対東大初戦での先制アーチ。あの一発がチームに勢いをもたらした。主将としてどうあるべきなのか。このことを追求し続けた一年間だったと思う。春5位というかたちで終わり、想像もできない重圧を背負いこんでいたはずだ。しかし彼は、チームが勝つために努力し続けた。どんな状況でも、チームを鼓舞し、努力し続けた姿勢は、同期や後輩たちの胸に刻まれている。「一球入魂」。今年のチームはマルがつくり上げてくれた最高のチームだ。ありがとう!(鈴木 隆太)

慶應義塾大学

福井章吾(4年・大阪桐蔭)がこの秋のMVPだ。主将として、扇の要としてグラウンド内外でも1年間チームを引っ張ってきた。その姿は部員そして、スタンドで応援してくださっているファンの皆様も満場一致ではないだろうか。この秋、優勝が決まった瞬間、福井は安堵から涙を流した。この秋への大きな重圧はおそらく誰にも測れない。それほどのものであったと思う。また、個人として今季は打撃も本来の形ではなかった。身体のコンディションも絶好調ではなかったであろう。しかし、重圧や不調を感じさせず、彼は自らのやるべきことを失わずにチームの中心であり続けた。春の日本一の後に彼は「春の山は下って、秋の山を登ろう。他のチームはすでに秋に向けて動いている。」とミーティングでチームの緩みに対して発破をかけた。そして、堀井監督から絶大な信頼を置かれ、「すぐに監督をやってもいい」という言葉が出てきたのは記憶に新しいだろう。チーム作りから選手としての役割を理解した司令塔がグラウンドに立つのも残りわずか。最後は明治神宮大会。「一戦必勝」を掲げるチーム福井の集大成を目に焼き付けて欲しい。(湯川適)

明治大学

明治の「10」を背負う丸山和郁(4年=前橋育英)がMVPで間違いないだろう。高校時代から一線で活躍する彼だが、全てが順風満帆とはならなかった。入学直後の怪我により、リーグ戦デビューは2年春。自慢の脚を武器にリーグ戦優勝、その勢いのまま38年ぶりの全日本選手権優勝に大きく貢献したが、その後も怪我の影響で戦線を離脱した。しかし1年前に主将に就任してから、彼の言動は大きく変化し、チームのために主将自ら身を粉にしている姿は印象的であった。昨季の立大1回戦での一時逆転となる適時打や今季の立大2回戦でのサヨナラ適時打を放つなど主将の意地を魅せてくれた。先日のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから2位指名を受け、チーム1の苦労人が報われた瞬間であった。“聖地”神宮球場で今後も活躍する姿は楽しみである。「TEAM丸山」閉幕。(鈴木一真)

法政大学

今年のMVPはやはり三浦銀二(4年=福岡大大濠)しかいないだろう。この秋の戦績は1勝3敗6分けで5位と悔しい結果に終わり、三浦自身も1勝もする事ができず、決して満足のいく結果を残す事はできなかった。しかし、三浦は法政大学野球部の主将として常に先頭に立ち、チームを背中で引っ張ってくれた。チームの「エース」そして「主将」という重責を担う三浦には計り知れないほど大きなプレッシャーがあったはずだ。しかし、それをこの1年間、微塵も感じさせることはなかった。今年の法政大学野球部は「三浦銀二」という男の存在無くして成り立つことは絶対にあり得なかったと断言できる。それ程に大きな存在だった。私自身、彼と同じチームで野球ができた事を心から誇りに思う。彼がこのチームの主将で本当に良かった。私は生涯、三浦銀二がマウンドで躍動する姿を忘れる事は無いだろう。銀二、本当にありがとう。(小泉翔矢)

応援席から

明治大学応援団

1年生の頃に見た神宮の景色からは想像もできない場所で、今、野球部を応援している。
お客様は何を考えているのだろうか。選手に声は届いているのだろうか。団員は本当に達成感を得ているのだろうか。
そんな気持ちを吹き飛ばしてくれる程の「今日も応援よかったよ、また内野で応援できる日を楽しみにしてるよ。」とのお客様からの有難い声援。
「今日は応援ありがとう、応援団からの声が力になって今日ヒット打てたよ。」との選手からの感謝の言葉。
「今日よりももっと良い応援を届けよう。」との団員の応援に対する熱意。
変わったものは沢山ある。しかし、変わらないものもここにはある。
100年続いた伝統を更に良い1年に繋げるために、今日も声を飛ばし、手を鳴らす。(松下大輝)

神宮六景

「コロナ禍での東京六大学野球」

この夏には東京オリンピック、パラリンピックが無観客で開催され、野球競技では法政大学出身の稲葉監督率いる侍ジャパンが見事に金メダルを獲得しました。しかしながら新型コロナウイルスがまん延して緊急事態宣言が続いている中、加盟校は対策を講じていましたが野球部員にも陽性者が目立つようになってしまいました。8月後半に法政大学野球部でクラスターが発生し、同野球部の活動が停止される事態となりました。

連盟では常務理事会において不戦勝、不戦敗とせずに何とかリーグ戦を完遂する方向を確認し、法大野球部と大学当局の結論を待って対応することの方針を決めました。9月9日に理事会を開催し、六大学の各校はリーグ戦を6校揃って開催することは当然のことで、法大の報告を受けてリーグ戦日程の組み換えをして、11日開幕予定を次週に延期して全30試合を行う日程に変更しました。秋季リーグ戦は東京都に緊急事態宣言が発令中の中、観衆を上限5,000人として開幕、9月30日をもって緊急事態宣言が解除されてことを受けて、10月9日から上限を10,000人に変更しました。

今シーズンも10試合の勝ち点(ポイント制)、9回打ち切りでリーグ戦を開催していますが、これまでに引分け試合がたいへん多く各校のこの時点で優勝争いも混沌としています。
現在はワクチン接種が進み落ち着きを見せていますが、まだまだ誰もが感染してしまう可能性があります。秋季リーグ戦も終盤を迎え、各校の努力で感染対策を十分に行い最終日まで無事に終われたいとを願うばかりです。(東京六大学野球連盟 事務局長 内藤雅之)

第7週 テーマ

チーフマネージャー紹介!

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法政大学

このチーフマネージャー紹介を書くにあたり、私は1年前を思い出した。秋季リーグ戦が全て終わり、部車で寮に戻っている道中、彼の目に溢れた涙を後部座席から見ていたのを覚えている。初めて見せた涙は、自分の代になるプレッシャー、そして強い決意を感じられた。その日から1年、今思えば一瞬で過ぎ去っていったように思えるが、とても濃い時間であった。2021年度のチーフマネージャー小泉翔矢(主務=法政二)ほど忙しい1年間を過ごしたマネージャーはいないのではないだろうか。法政大学野球部のチーフマネージャーとして、チームの運営はもちろん、六大学を統括する東京六大学野球連盟チーフとしても奮闘した。未曾有のコロナ禍におけるリーグ戦運営は、事務局の方々や関係者の方々、そして彼の尽力なくしては実現できなかったであろう。常に冷静な判断をする能力と、様々な意見を折衷する能力は、人一倍長けており、見習っていきたいところである。そして、彼の最大の良さは人柄にあると私は思う。兄貴肌で面倒見が良く、優しさの中にも厳しさがある。その人柄を表すように、彼の周りにはいつも人が集まっている。 「自分で決めたことは“最後まで”やり抜く」これは彼が大切にしていることらしい。私達後輩にたくさんのものを残してくれた彼の勇姿を“最後まで”見届けていきたい。(宮本ことみ)

東京大学

「この人がいないとチームは成り立たない」とはよく使われる台詞かもしれないが、東大野球部においてこの2人はまさにそういった存在であった。主務の吉田洸(4年=栄光学園)と副務の守上知樹(4年=麻布)である。1年生の秋に選手からマネージャーに転身し、以来身を粉にしてチームに尽力してきた。常に先を見通し、首脳陣や選手と多くのコミュニケーションを取りチームを動かしてきた吉田、球場改修や一誠寮改築など長期間にわたる仕事を大学やOBと協力しやり遂げてきた守上、2人の仕事が少しでも欠けていれば東大野球部がリーグ戦や日々の練習に存分に臨むことはできなかったであろう。性格も担当した仕事の性質も違う2人だが、「東大野球部で勝ちたい」という思いは1つ。最後までチームとともに戦い続ける。(田中平祐)

立教大学

「当たり前のことを、当たり前にやる。そのためには目配り、気配り、心配りを大切に。」常にチームのことを最優先に考え行動してきたのが、総勢141名の部員を統括する主務の竹間心(4年=立教新座)だ。1年の夏に選手からマネージャーに転身し、以降、よりよいチームを作るべく奔走してきた。指導者・選手・スタッフが1番に野球のことを考え集中できる環境作りをするために、マネージャー陣へ常日頃から伝えてきたのが冒頭の言葉である。立大野球部の顔として、この1年間、周りの人々から絶大な信頼を置かれてきた。2季連続優勝争いに絡むことができているのも彼のチーム運営があったからこそだろう。4年間の集大成となるラストゲーム、ぜひ最高の笑顔を見せてほしい。(大河原すみれ)

早稲田大学

令和の助さん格さん、マネージャー界のアライバとはこの二人のことだろう。我が野球部の主務、鈴木隆太(4年=早稲田佐賀)、そして副務の藤内裕夢(4年=大分上野丘)だ。鈴木は圧倒的な視野の広さと、ずば抜けた先を予測する力で広報とチーム運営を完璧に行ってきた。藤内は懇切丁寧かつ強い責任感のある性格で正確無比な仕事を会計担当として行ってきた。早大野球部・部訓の一つである「野球部愛」をまさに体現した2人の名コンビを間近で見ることができて幸せな1年間だった。劇的な逆転優勝を遂げた前チームから、チームを引き継いだ重圧は測り知れない。しかし、一球入魂で仕事に取り組み、野球部に対する熱い情熱を持った2人が作り上げたこのチームは、ちょっとやそっとのことでは倒れない粘り強いチームへと成長した。春季こそは辛酸をなめる結果となったが、日本一という目標に向かい厳しい努力を重ねてきた集大成を見せる時が来た。さあ、舞台は整った。早大野球部の歴史に新たな伝説を刻む彼らの雄姿に刮目してほしい。(菊池聡太)

慶應義塾大学

2021年、主務として慶大野球部を率いたのは湯川適(4年=慶應湘南藤沢)である。彼は「日本一になりたい」という強い思いと覚悟を持って慶大野球部の門を叩いた。下級生の頃から細部まで気を配り、徹底して勝ちにこだわりを見せた。その姿勢は主務になっても変わらず、特にコロナ対策では徹底した感染対策を実施した。そうした一つ一つの取り組みが春季リーグ戦優勝・日本一に繋がった。判断基準は全て「勝ちに繋がるかどうか」であるが故に、時には厳しい言葉を後輩にかけることもあったが、厳しさの中にも優しさを感じることができたため皆から愛される理想のマネージャーであった。彼の4年間の取り組みの集大成をこの早慶戦で目の当たりにしてほしい。(服部昂祐)

明治大学

彼がいなければチームが回らない。チームにおいて唯一無二の存在として約130名の部員を束ねるのは主務・鈴木一真(3年=明大中野八王子)である。彼が他の六大学の主務と大きく違う点が1つある。それは最上級生ではないということだ。この1年間、彼にしか分からない葛藤や苦悩が多くあったに違いない。チームでは3年生ながらも主務として先頭に立ち、時には先輩にも厳しく言わなければならないという難しい立場。しかし、自分の力を信じて行動し、どんな苦境にも立ち向かってきた。いまでは誰からも圧倒的な信頼を置かれる存在となった。“影の大黒柱”が今年もチームのために奔走する。(小田聖花)

応援席から

慶應義塾大学應援指導部

外野席での応援2年目。
今年も内野席でお客様とともに選手に声を届けることは叶いませんでした。本年度も外野での応援が決定した瞬間、悲しくなかったかといえば嘘になります。本当はみんなで共に、盛り上がり、喜び、一緒に応援を作り上げたかった。
でも、だからこそ、直接声を届けることを許されている私達には、声を出したくても出せないお客様、球場に足を運ぶことができなかったお客様など、多くの人の思いを背負って選手を支えることができ、それが私たちの使命です。
私たち應援指導部四年生にとっても最後のリーグ戦。選手への思い、今迄の思い、塾野球部を応援する皆様の思い、全てを応援に乗せて外野席から届けます。

絶対優勝するぞ慶應!(應援指導部四年生一同)

神宮六景

私は成東高校(千葉県)から明治大学に進学し、学生野球のメッカである神宮球場で東京六大学野球を体験することが出来たことは私の大きな財産である。
特に、明治大学野球部で過ごした4年間は人生の宝である。卒業して45年が経った今でも絆は強く、他大学とも定期的に交流があり幸せに感じている。
昭和50年春、島岡吉郎監督は怪物江川卓投手(法大)を攻略することが優勝の必須条件と判断、あえて“打倒 江川”を掲げた。また、リーグ戦前には、ハワイ遠征を行いゴンザガ大学、ハワイ大学など190㎝の角度ある投手との対戦を積みリーグ戦に臨んだ。
リーグ戦終盤1勝1敗の法大戦、優勝を左右する試合に神宮球場は超満員。明大の先制攻撃が功を奏して4対2で勝利、次週の東大戦にも勝ち点をあげリーグ戦優勝することができ感無量の喜びを味わうことができた。
神宮球場には不思議な魅力がある。私は、第二試合の神宮球場に足を踏み入れ、チームで外野を走るときに観客の大歓声(声援や拍手)に鳥肌が立ち、自分の中から大きな力が沸き上がる経験をさせて頂いた。幸運にも春季リーグ戦に勝ち、夏の地獄の強化練習を乗り越え迎えた秋季リーグ戦は、まさかの東大戦2連敗(実力負け)、そしてまさかの優勝にたどり着いた。そのうえ、明治神宮大会優勝、日本一をもって卒業させて頂き人生の大きな自信となった。
卒業後は神戸製鋼、母校明大監督から今日まで、島岡監督の“なんとかせい”と“打倒江川”で導いた目標を明確に掲げチームをひとつに纏める姿(PDCAサイクル)は私への教えとなった。こうした素晴らしい環境で野球ができたことに心から感謝している。
社会に出てからも神宮球場が好きで母校の応援に駆け付ける。
特に、試合の七回の校歌は堪らなく好きだ。
また対戦校の校歌も思わず口づさむ。神宮に六大学校歌は似合う。

現在、私は千葉黎明高校副理事長、野球部総監督の立場で、幸運にも3名が明治大学に進学、東京六大学の後輩である彼らの一挙手一投足をスタンドから応援できる幸せを噛みしめている。彼らも神宮球場において多くの事を学んでもらいたい。

今年の夏はコロナ禍の中東京オリンピックが開催、野球・ソフトボール競技がいずれも堂々たる試合を展開し競技の素晴らしさを示して金メダル獲得には感動した。
2028年ロサンゼルスオリンピックは、世界の人々に共感や感動を与える競技と認められ復活することを心から願っている。

昭和51年3月明治大学商学部卒業
荒井 信久

第6週 テーマ

我が部の俊足選手

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明治大学

明大上位打線は六大学屈指のスピードスター3名である。1番陶山勇軌(4年=常総学院)、2番村松開人(3年=静岡)、3番丸山和郁(4年=前橋育英)は50m5.8秒の脚力、高い走塁技術を持ち合わせ、春季リーグ戦では3名とも5盗塁以上を記録した。彼らは塁上にいるだけで相手投手のみならず守備陣にプレッシャーを与え続けることが出来る選手であり、チームメイトで良かったと多くの選手が口をそろえて言う。彼らの快足は走塁だけでなく守備でも遺憾なく発揮され、脚を生かした広い守備範囲はまさに鉄壁である。3名ともスピードスターと称されるが、盗塁のスペシャリスト陶山、チーム1の俊足村松、総合力No.1丸山と三者三様である。攻撃や守備、そして精神的支柱として彼らの存在は必要不可欠である。「明大スーパーカートリオ」がリーグ戦優勝のキーマンとして神宮球場を駆け回る。(鈴木一真)

法政大学

我が部が誇る俊足選手は木下将吾(3年=静岡)である。これまでリーグ戦の出場はなかったが、この秋に持ち前の俊足を買われて初めてベンチ入りを果たした。すると4試合中3試合に代走で起用され、早大戦では初盗塁を決めて見せた。50メートル6秒0で走る俊足はもちろん大きな武器だが、最大の武器は常に先の塁を狙う「攻めの走塁」である。ここぞという場面で、先の塁を狙う姿勢にも注目してほしい。法政のスピードスターが大きな1点を呼び込んでくれるはずだ。(小泉翔矢)

東京大学

我が部には大音周平(4年=湘南)をはじめ、何人もの俊足選手がいるが、特に隈部敢(4年=浅野)と阿久津怜生(3年=宇都宮)をピックアップしたいと思う。今年のチームの走塁長である隈部は、それまで疎かにされがちであった走塁への意識の底上げを図るべく、普段の練習に走塁練習を取り入れ、またバリエーションを増やすことで実戦でも生きるよう創意工夫を凝らした。身体能力が元々高い阿久津には効果的面であり、持ち前の速さに磨かれた走塁力が加わり、盗塁成功数・成功率などが上昇するなど、出塁すると非常に厄介な選手となった。他にも、春では盗塁することが叶わなかった井上慶秀(4年=県長野)や松岡泰希(3年=東京都市大付)が盗塁を記録するなど、走塁力は格段に上昇。隈部や阿久津をはじめ、数々の俊足選手の活躍で勝機を見出す。(吉田洸)

立教大学

立大が誇るスピードスターは外野手の道原慧(3年=駒大苫小牧)である。今春のリーグ戦からレギュラーの座を掴み、ここまで全試合で1番打者としてスタメンに名を連ねている。50m5秒9をマークする彼は、走塁のみならず、俊足を生かした広い守備範囲と長打力も併せ持っており身体能力が高く、走攻守三拍子揃った選手である。出塁すれば投手の動きだけではなく野手の動きも観察し、思い切りの良い走塁で得点に絡む活躍を見せている。今春、開幕戦の法政大学戦では俊足を生かして先頭打者ランニングホームランを放った。これが記念すべきリーグ戦初本塁打となった。彼が出塁すれば瞬く間に次の塁を陥れ、得点をもぎ取る。神宮を駆け抜ける背番号「1」を背負う道原慧に注目だ。(竹間心)

早稲田大学

試合終盤、ここ一番の勝負所で、一投一打に懸ける勝負師がいる。神林壮真(4年=成蹊)は、「代走」として自らの足を武器に、勝負所でチームに得点をもたらすのが役割だ。「早稲田のユニホームを着て、神宮の舞台に立つ」1年間の浪人を経て入部。憧れの神宮を目指して練習を重ねてきたが、ラストイヤーを前にリーグ戦の出場はなし。神宮の舞台に立つことはおろか、メンバーの25人にも入ることが出来ずにいた。「代走としてメンバー入りし、チームの勝利に貢献する」そして迎えたラストイヤー、仲間の前で力強く宣言をした。チームの弱点であった走塁において、自らの足で勝負をかけた。スタンドから春5位という屈辱を味わい、この夏誰よりも汗を流し泥だらけになりながら練習を重ね、ついに秋のメンバー入りを勝ち取った。そして足で勝負をかけた彼の初出場は、まさかの形でやってくる。対東京大学2回戦、8回に「代打」で登場し、見事にセンター前へのタイムリーヒットを放った。チームメイトもびっくりの一打に、誰もが喜びを爆発させた。自分を信じ、強い信念を持って愚直に練習してきた彼の、執念の一打だ。残るは早慶戦、「代走」として来たるべき時に備え、ベンチから鋭い視線を送る。今日も彼は人知れず汗を流し、グラウンドを駆け抜ける。全力疾走で、輝けKAMBA!(藤内裕夢)

慶應義塾大学

光の速さでダイヤモンドを駆け巡るのは背番号7の俊足巧打の選手だ。「渡部遼人」(4年・桐光学園)は攻撃、守備どちらの面でも自慢の足を惜しげもなく披露する。この秋任されたポジションは一番センター。アナウンスの声が心地よく響く俊足選手理想のポジションではないだろうか。一番バッターとしては4年生になり成長したバッティングと得意なセーフティバントで相手をかき乱す。出塁すると盗塁を狙い相手の注意を引くことで相手の守備に風穴を開ける。守備では抜群の野球感を活かしたシフトをはじめとし、際どい打球にも追いつく俊足を生かした守りは部内で「エリア7」と称される。そんな彼の足が多くの場面で勝ちに絡んでくることは間違いない。「渡部遼人」の活躍が慶大の勝利には欠かせないだろう。(湯川適)

応援席から

早稲田大学応援部

本年度の早稲田大学応援部は、「選手に近い応援」、「応援で勝つ」ことをモットーに野球部を応援してきました。選手が苦しい時こそ声を張り上げて鼓舞し、良い流れになれば選手以上に喜び盛り上がり、そして最後には応援で押し切って勝つ。リーダー、吹奏楽団、チアリーダーズ、各々が一つの動きに全力をぶつけながら、3パートでの繋がりを大切にし、必ず理想の早稲田応援を創りあげたいと思います。
早稲田を愛し支えてくださる皆様への感謝、思うように活動出来なかった悔しさ、勝利への執着心、全ての感情を乗せて早稲田を応援し続けますので、変わらぬご声援を宜しくお願い致します。(薗田将直)

神宮六景

20年の現役生活の中で、最も忘れられない試合がある。それが、2010年秋に行われた、50年ぶりとなる早慶での優勝決定戦だ。正直なところ、今でもその映像が流れると目を背けてしまうほど、感情を丸ごと記憶している。

当時、東京六大学野球は世間からの注目度も高かった。開門前から球場周辺には長蛇の列ができ、満員札止め。試合開始前から、神宮球場は異常なほどの熱気に包まれていた。

当時2年生だった私は、その先発のマウンドに上がった。
しかし、1回表にいきなり失点。紺碧の空が流れてきたのと同時に、自分が立っている地面と目の前の景色が揺れた。それ以降の記憶は一切ない。結局、3回で降板し、敗戦投手となった。唯一覚えているのは、人目も憚らずベンチで涙を流し続けていたことだけだ。先輩たちの想いに応えられなかったことが、本当に悔しかった。

試合のあと、4年生の先輩たちからかけられた「ありがとう」という言葉に耳を疑った。
なぜだろう。自分のせいで負けて優勝を逃したのに、そんな言葉をかけないでください。
申し訳ない気持ちが溢れた。
中でも4年生キャッチャーから言われた言葉が、強く胸に残っている。
「責任を感じているだなんて、烏滸がましいわ! ここまでよく投げたよ。自分のせいで負けたと言いたいのなら、それなりのピッチャーに成長しろ!」

あの試合から10年後となる2020年秋。
今度は助監督として、勝った方が優勝となる早慶戦に挑んだ。
コロナ禍でのリーグ戦となり、観戦者の人数制限がある中での試合。それでもやはり早慶戦特有の雰囲気が、神宮球場には満ちていた。
両校一歩も譲らず、緊迫した展開となった。9回表、慶應は2対1でリード。あとアウト1つで優勝という場面で逆転ホームランを許し、優勝を逃した。奇しくもマウンドにいたのは、あのときの自分と同じ下級生のピッチャー。泣き崩れる姿に、自分の姿を重ねた。
そして同じように、4年生たちが口々に「ありがとう」と声をかける姿があった。

後日、私は助監督として、一人の先輩として、その投手に次のことを話した。
「申し訳ないだなんて、責任を感じるのは烏滸がましいよ。自分のせいでと言いたいのなら、そう言えるようなピッチャーに成長しないとな」

今なら、当時先輩たちがかけてくれた言葉の意味がよくわかる。
「シーズンを通してよく投げてくれた。お前がいなかったら優勝を争うこともなかったし、あの試合もなかった」
心からの敬意とともに、感謝の気持ちを選手たちに伝えたい。
10年という年月を経て、あのときの答え合わせができた。

言わずもがな、東京六大学野球の歴史は長い。
その中で脈々と受け継がれている想いも含め、今、繰り広げられている試合を観てもらいたい。
それが、東京六大学野球を愛する一人のOBとしての願いだ。

慶應義塾大学野球部 助監督(平成25年卒) 竹内大助

第5週 テーマ

守備の要

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慶應義塾大学

サードというホットコーナーを守る男、下山悠介(3年・慶應)が今秋の守備の要だ。下山は高校時代、1年夏からサードの不動のレギュラーとしてKEIOのユニフォームを着てきた。その実力は大学に入ってからも遺憾無く発揮され、1年春のシーズンからリーグ戦出場、1年秋からはスタメンとしてサードのポジションを守り続けている。そんな彼は通算打率3割を超えており、バットでも魅せる男だ。しかし、今回は守備に注目していただきたい。右バッターの引っ張った強い打球に臆せず、前に出て捕球する姿。三遊間の強い打球に飛びつき捕球する姿。そしてしなやかな体から繰り出される正確な送球は幾多ものピンチを救ってきた。難しい打球を粘り強く捕球する姿は泥臭く、そして誰よりもたくましい。この秋は彼が守るサードを見ると安心できる。そんなホッとする守備を彼は魅せてくれるだろう。(湯川適)

明治大学

明大の守備はルーキーが牽引する。宗山塁(1年=広陵)は春季リーグ戦で1年生ながらレギュラーを奪取すると、今季は全試合にスタメン出場を果たし、甘いマスクと華麗なプレーで観客を魅了してきた。肩の強さやハンドリングなどテクニックがチームで群を抜いているのはもちろん、彼の最大の持ち味は度胸と集中力である。これまで全国の大舞台でも数々の結果を残してきた。ルーキーイヤーの今年は守備のみならず、バットでもチームを救ってきた。「六大学No.1」にとどまらず、「世代No.1ショート」へと成長する日もそう遠くない。チームの期待を背負ったルーキーが天皇杯奪還の立役者となる。(鈴木一真)

法政大学

今年の法政大学野球部の守備の要は中原輝也(4年=尽誠学園)である。3年生以下が中心である今年の内野陣を牽引し、内野陣で唯一の最上級生として精神的主柱を担う。中原はその華麗な守備も然る事ながら、“お調子者だがなぜか憎めないキャラクター”が最大の武器だ。試合中の1球1球に響き渡る仲間への愛のヤジはどんな時もチームを和ませ支えてくれる。今季のチームには欠かせない特別な存在だ。この秋は法政のムードメーカーが“必死のパッチ”でチームのピンチを救う。(小泉翔矢)

東京大学

東大野球部の守備の要はなんといっても松岡泰希捕手(3年=東京都市大付)である。入部当初からキャッチャーとしての能力が非常に高く、新チーム発足時は井手監督が当時正捕手であった大音周平主将(4年=湘南)をサードへコンバートさせるほど期待されていた。松岡泰希捕手はその期待に応え、春季リーグ戦より絶対的な正捕手として出場し続け、ある時は個性的な投手陣を好リードで引っ張り、ある時は強肩と正確なスローイングで相手走者を刺し、ある時は守備位置を指示する事で安打を阻止するなど、幾度となくチームを救ってきた。とにかく野球が大好きで闘志溢れるプレーをする反面、持ち前の記憶力の良さを利用して相手打者の情報を全てインプットし客観的に分析するというクレバーさも兼ね備える。まさにチームの司令塔としての役割を担い、チームを引っ張っている。(吉田洸)

立教大学

立大の守備の要といえば黒岩陽介(3年=静岡)と井上剛(3年=佐久長聖)である。黒岩は正捕手の座を今春から勝ち取り、ここまで全試合でスタメンマスクをかぶっている。リーダー気質あふれる司令塔である。黒岩の持ち味はゲームメイクと安定したキャッチングとインサイドワークである。ゲームの流れをつかむ試合勘に非常にたけており、個性溢れる投手陣からの信頼も厚い。井上も黒岩と同じく今春から正遊撃手の座を掴み、ここまで全試合でスタメンに名を連ねている。井上の魅力は強肩と俊足を生かした安定感ある守備であり、守備のセンスは六大学随一である。多くのファインプレーでチームの勝利に貢献してきた。ショートに打球が行けば確実にアウトにしてくれるという安心感がある。また黒岩と井上2人に共通して言えることは下位打線でありながら、粘り強い打撃でチームの勝利に貢献していることである。彼らが味方という安心感は計り知れない。守備でも攻撃でも魅力が多い黒岩と井上のプレーを焼きつけていただきたい。(竹間心)

早稲田大学

WASEDAの投手陣を引っ張る徳山壮磨(4年=大阪桐蔭)、西垣雅矢(4年=報徳学園)が守備の要だ。「3球以内に追い込む」。投手出身の小宮山監督が常々投手陣に伝えている言葉だ。野球の試合では、ピッチャーが最も長くボールを持っている。ピッチャーの出来によって試合の勝敗が決することは少なくない。責任感を人一倍背負い、1年生の時から神宮球場のマウンドに立ち続けた二人。お互いの存在があったからこそ、良きライバルとして、ともに切磋琢磨し成長を遂げてきた。WASEDAのユニフォームを着て神宮のマウンドに立てる機会も残りわずかだ。チームの勝利のため、仲間を勝利に導いてくれるだろう!(鈴木 隆太)

応援席から

立教大学体育会応援団

まず東京六大学野球秋季リーグ戦を開催するにあたり、応援活動を行うためにご尽力いただいた皆さまに深く御礼申し上げます。

この一年間は様々な変化の生まれた一年であったと思います。日々の生活様式も変わり、神宮球場での光景も変わりました。

それでも全力でプレーをする野球部の方々の姿は変わりませんでした。

我々応援団も場所は違えど、選手の方々を応援し続けるその気持ちは変わりません。
立大野球部の優勝を後押しするべく、全力で応援します。

観客の皆さまも声を出すことはできなくても心の中で共に選手を応援していただければ幸いに存じます。(堀尾将良)

神宮六景

コロナ禍において最近は行けていませんが、卒業してからも神宮球場で東京六大学野球を観戦するたびに、他の球場では味わえない心の高ぶりを感じます。大学を卒業して35年になりますが、学生野球の聖地、神宮球場でプレーしていた当時を重ね合わせたような高揚感を毎回感じさせてくれます。そして卒業後、社会に出て年を経るごとに感じる、共に対戦した球友たち、先輩や後輩との絆や信頼感は、心の支えであり本当に感謝しています。

さて現在私は高校野球の指導者をさせていただいています。当校(松商学園)には学生野球の父といわれる早稲田大学野球部初代監督、飛田穂洲先生の『練習常善』という直筆の書があり、屋内練習場の正面玄関に額に入れ飾ってあります。当時、飛田先生には度々、高校にお越しいただき指導していただいたようです。『練習常善』とは、練習では常に最善をつくすという意味ですが、学生野球は教育の一環であり、試合よりも練習に取り組む姿勢が大切であり、また試合でいかなる状況においても実力を発揮するために生まれた言葉であると聞いています。今なおこうして諸先輩方との関わりを持てるのも、早稲田で学び、神宮球場に育てていただいたおかげと本当に感謝しています。

今秋のリーグ戦も関係者皆様のご尽力によって開催されましたが、コロナ禍で練習環境にも活動制限がある中、選手一人ひとりが野球と向き合ったこの経験は相当厳しいものであったろうと思います。是非、神宮球場でその練習の成果を思う存分発揮していただきたいと思います。

最後になりますが、リーグ戦開催にあたり大変なご尽力をされている東京六大学野球連盟はじめ関係各位には敬意を表するとともに、東京六大学野球の益々のご発展と、皆様のご清栄を祈念申し上げます。
(昭和61年卒 足立 修)

※飛田穂洲先生の有名な言葉には『一球入魂』がある

第4週 テーマ

打撃の要

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早稲田大学

パワーや飛距離なら、この男の右に出る者はいない。今井脩斗(4年=早大本庄)は誰もが認める強打者だ。横綱のようにどっしりとした構え、力強いフルスイング、バットとボールが当たる凄まじい音、そして遥か彼方へと消えていく打球。彼のパワーが規格外であることなど既に知っていたはずの私も、時に想像を遥かに超える打球に、度肝を抜かれる。もちろんパワーだけではない。追い込まれてからの粘りや選球眼にも磨きをかけてきた。そして、彼が打撃の要である最大の理由は「今井に回せば大丈夫だ!」という仲間からの信頼にある。今春の早慶戦や夏の練習試合でも、チームに勢いをもたらす一打を放ってきた。そんな彼を支える練習がある。新人監督の占部(4年=早稲田佐賀)が魂込めて投げる球を、場面を想定しながら打ち続けていることだ。バットを振るその姿は「とにかく野球が好きだ、バッティングが好きだ」そんな純粋な野球少年のようにも見える。迎えたラストシーズン、打席に立つ今の彼には、早稲田打線を率いるプライドと支えてくれた仲間への強い思いがある。自分を信じ、仲間を信じ、輝けSHUTO!(藤内裕夢)

慶應義塾大学

本年、慶大の打撃の要はこの男に限るであろう。「正木智也」(4年・慶應)は慶大の不動の4番として六大学通算10本の本塁打を放っている生粋のアーチストだ。高校通算50本を放った打棒は下級生の頃から目立ち、常に結果を出してきた。今年の春はリーグ戦、全日本選手権の結果を求められる場面でホームランを放ち、チームを日本一に導いた。そんな彼の勝負強さはもちろんだが、副将としてチーム作りにも積極的に関わりチームを鼓舞する。数多くの勝利に貢献した彼の言葉はチームの誰よりも重く、心に響く。そして後輩を積極的に指導する彼の姿は誰よりも大きい背中。自らの鍛錬を欠かさない正木智也の姿は、今年の慶大を象徴する姿であることは間違いないないだろう。彼から放たれるホームランがチームを優勝へ導く。(湯川適)

明治大学

1年生ながら明大打線のクリーンナップを担う杉崎成(1年=東海大菅生)、春季フレッシュトーナメントで3本のホームランを放つ鮮烈な神宮デビューを果たした。その勢いのまま今シーズン初戦の慶大戦のスタメンに名を連ねると、持ち前のフルスイングで長打を記録した。高校時代に52本塁打を放った長打力は木製バットでも留まることを知らない。 打撃への探求心は誰よりも強く、オープン戦で結果を残しても彼は満足することなく、グラウンドや室内練習場で常にバットを振り続けていた姿は印象的である。。ルーキーであり、貴重な主砲の飛躍が明大5季ぶりの優勝の鍵を握る。(鈴木一真)

法政大学

春季リーグ戦は10試合で28得点、チーム打率.234と、得点力の弱さが浮き彫りとなったシーズンだった。今季、そんな法政大学野球部の打撃の要となるのはやはり岡田悠希(4年=龍谷大平安)だろう。この男が放つ一撃には特別な力がある。チームの副将を務め、野手陣を牽引してきた岡田が出塁することは他の選手が出塁する事よりもチームにとって大きな意味がある。チームの精神的主柱であるからこそ彼の活躍が大きく影響することは間違いないだろう。法大の切り込み隊長が一振りでチームの“橙志”に火をつけてくれる事を私は信じている。(小泉翔矢)

東京大学

東大野球部の打撃の要はなんといっても井上慶秀副将(4年=県長野)である。副将としてチームを支える主力だが、決して順風満帆ではない道を歩んできた。東大を目指して勉強するも最初は叶わず、2浪を経て一橋大学へ入学。入学後は準硬式野球部に入部し活動するも、東大が法大から勝ち点を奪うシーンを間近で見ると再び東大野球部への想いが再燃。必死に猛勉強をし、念願の東大野球部への切符を手にした。紆余曲折を経た分、神宮への想いは強い。誰よりもバットを振り、誰よりもストイックに練習をした井上は、立教戦終了時点で12打数6安打5打点1盗塁2得点と、4番としての貫禄を見せつけている。チーム最年長の苦労人が打棒で神宮を魅了する。(吉田洸)

立教大学

立大の打撃の要は、現在4番を務めている東怜央(4年=福岡大大濠)である。高校時代は通算52本塁打を放ち、3年春の選抜高等学校野球大会ではベスト8という成績を残した。立大へはアスリート選抜入試で入学し、1年春に神宮デビューを果たした。昨秋のリーグ戦からスタメンに定着し、今春は打率.359、3本塁打、12打点という好成績を残しベストナインを獲得した。彼の持ち味はチャンスの場面で1本を打つことのできる勝負強い打撃であり、打撃のセンスは六大学随一である。まさしく、立大が誇る勝負師である。今週から後半戦が始まる。「福岡の怪物」が神宮の舞台で、勝利につながる打撃を見せてくれるだろう。東の活躍が優勝には必要不可欠である。

応援席から

東京大学運動会応援部

平素より東京大学に熱いご声援を頂き、誠にありがとうございます。このような社会情勢の中、私達の応援のためにご尽力頂いた全ての方に、心より感謝申し上げます。春季リーグ戦では、一勝することが出来ました。その一勝は、応援部や野球部の先輩方が「今年は勝つことが出来なかった」と言って去っていった三年間を見てきた私達にとっては念願の勝利でした。それと同時に勝利した試合で活躍したかったという悔しい想いも抱えた選手もいるかと思います。どの試合も、それに向けて野球部の皆さんが計り知れないほどの努力をしている大切な試合です。更なる勝利のために応援部も力を尽くし、最後の最後まで応援していきたいと思います。
玉置励伊

神宮六景

昨年から公式記録員をさせていただいております。
ネット裏の一番近い場所で、プレーボールからゲームセットまで一球一球に集中し、このあと起こるであろう様々なプレーを想定しながら、広い視野をもってプレーを見る。
これは格別な眺めです。

さて、私が神宮球場でプレーしたいという憧れを持ったのは、中学生の頃、テレビで東京六大学野球中継を見てのこと。プレーはさることながら応援団の応援にも魅せられました。
まずは自宅からも近かった立教高校を目指し猛勉強、無事高校受験に合格すると即野球部に入部、立教大学へ進学、そして憧れの神宮球場へ。

1年の新人戦で初めて「憧れの神宮球場」でのプレーが実現、3年春のシーズンからベンチ入りしましたが、当時は最下位を争うチーム力、残念ながらチームとしても個人としてもプレーでの華やかな思い出はあまりないですね。
4年秋、最後のシーズンは4位だったと記憶しています。

大学での4年間で思い出されるのは、規律正しい寮生活と当時の横川監督の「私生活がプレーに出る」という教えです。
この4年間は私の人間形成の礎を築いた貴重な時間だったと社会人になってからつくづく実感しています。
当時の生活は今でも克明に思い出せます。苦しかったことばかりでしたが(笑)

長男が小学校の少年野球チームに入ることになり、同時に私もコーチとしてチームへ。
次男が卒業するまで土日は少年野球の指導に明け暮れました。
二人の息子は私の願いを推し量るように、中学、高校と野球を続け、ともに母校である立教大学野球部に入部。
そして私の神宮球場通いが再びスタート。
父母としてスタンドからの観戦、別の視点から眺める神宮球場、とても楽しい時を過ごさせてもらいました。

「選手」として、「OB」として、「父母」として、そして「公式記録員」として、立場を変え、視点を変えながら神宮球場とは長いつきあいになりました。
公式記録員としてはまだまだ初心者ですが、瞬時に公正かつ正確なジャッジができるよう精進し、東京六大学野球連盟の益々の発展の一助となれればと思います。

コロナ禍、現役選手は思うように練習ができなかったり、思い描いた学生生活が送れていないかもしれません。それでも東京六大学野球に捧げた4年間はこれからの人生に於いて、とても意義のある時間となる筈です。
秋季リーグ戦も開幕しました。選手諸君の素晴らしいプレーを期待して止みません。

(立教大学公式記録員 河村 誠一 昭和62年卒)

第3週 テーマ

この選手に注目!

9/29 UP
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立教大学

この秋は荘司康誠(3年=新潟明訓)に注目だ。188cm,88kgと恵まれた体格から、最速151kmの角度ある力強いストレートが武器の長身右腕。今春に神宮デビューを果たし3試合に登板した。縦のカーブと落ちる球の精度も高く勝負所で三振が取れるのも強みである。9月20日(月)に行われた早稲田大学戦に先発し、4回1失点とゲームを作った。今春は各カードの2戦目の先発を固定することができず、池田陽(2年=智辯和歌山)が7試合に先発する展開となった。2戦目の先発に荘司が固定となれば、立大の優勝はかなり近くなるだろう。また、主将太田(4年=智辯学園)、副将栗尾(4年=山梨学院)、4番東(4年=福岡大大濠)計3名の4年生のリーダーシップにも注目していただきたい。(竹間心)

早稲田大学

この夏、一球に魂を込め、誰よりも熱い情熱を持って取り組んできた男が、秋の開幕カードでベンチ入りを勝ち取った。背番号33、小野元気(4年=芝浦工大柏)。開幕戦の7回に代打でリーグ戦初出場。惜しくも初ヒットとはならなかったが、センターに鋭い打球を放った。高校の先輩である小宮山悟氏(現監督)に憧れ、1年間の浪人を経て入部。浪人中の予備校では、机の下に敷いた人工芝を踏みしめ、神宮の舞台を夢見て勉強に励んだ。それだけに神宮への思いは人一倍強い。1年生の頃から、泥臭くガッツ溢れる全力プレーでチームを鼓舞し、アピールを続けてきた。何としても早稲田のユニホームを着て、神宮の舞台に立つ、そしてチームの勝利に貢献する。4年間で強い信念と強靭な肉体に磨きをかけ、多くの仲間を巻き込んで、「一球入魂」の精神を体現してきた。「泥臭くても、綺麗な形ではなくても、執念でなんとかする男」そう感じているのは私だけではない。野球を愛し、早稲田を愛し、仲間を愛し、チームに欠かせない唯一無二の存在へと成長した。迎えたラストシーズン、チーム1の元気と全力疾走、フルスイングで、憧れの神宮の舞台を駆け抜ける。全力プレーで、輝けMOTOKI!(藤内裕夢)

慶應義塾大学

塾生注目!今季の一押しは誰だ!と応援席に聞いても部員に聞いても彼の名前が上がるだろう。それは令和3年の秋は若林将平(4年・履正社)である。彼に関するエピソードは山ほどあるが、この4年間を表すならば、苦しんだ時間が長い、そんな選手と言えるだろう。簡単な経歴を説明すると高校時代には神宮大会、センバツ準優勝を達成した履正社のキャプテンを務めた。大学入学後は下級生の頃からベンチ入り、スタメンなど数多くの起用をされてきたが、満足の行く結果は出ていない。また、毎シーズンのリーグ戦を目前として怪我や不調に苦しんできた。しかしながら、迎えたラストシーズンは夏のオープン戦から好調を維持し、リーグ戦でも念願の長打を放った。この秋に賭ける想いは誰よりも強い「若林将平」が神宮球場で暴れる。さあ「SHO-TIME」の始まりだ!(湯川適)

明治大学

今シーズン蓑尾海斗(3年=日南学園)が神宮球場に返り咲く。2年前の春季リーグ戦優勝の瞬間もマスクを被り、森下暢仁投手(R2卒=広島東洋カープ)とマウンドで抱き合った。攻撃的なリードで数々の投手を1年生ながら牽引してきた。しかし打撃面で不調に陥り、その後は影を潜めた。自分自身と向き合う時間が長く、苦しい思いをしてきた彼は大きな飛躍を遂げ、チームに必要不可欠な存在へと名乗りをあげた。大舞台での経験豊富な彼が持ち前の度胸と野球勘で明大投手陣を盛り上げる姿に注目だ。(鈴木一真)

法政大学

村上喬一郎(3年=東福岡)に注目してほしい。彼の存在を知る人は多くないだろう。それもそのはず、これまでリーグ戦出場はわずか1試合のみ。168㎝/74㎏と小柄な体格だが、非凡なリードと肩で守備の要を担う大きな存在だ。プレーは勿論だが、彼の野球に対する姿勢にも注目してほしい。彼ほど野球に真摯に取り組み、心から野球を楽しんでいる選手を見たことがない。グラウンドに響き渡る彼の明るい声と笑顔はチームの大きな支えとなっている。今シーズンは、法政の“野球小僧”の一挙手一投足を見逃すな。(小泉翔矢)

東京大学

東大野球部イチオシの注目選手は副将である水越健太(4年=明和)である。走攻守ともに卒なくこなす選手であるため、主将の大音周平(4年=湘南)やもう1人の副将である井上慶秀(4年=県長野)と比べると、あまり取り上げられることが多くない選手であるが、プレー面でも精神面でも我がチームの大黒柱である。当初は捕手として入部するも、より出場機会を増やすために内野手に転向した苦労人。2年生より主に代打として出場すると、4年生では不動のセカンドとして活躍。さらに、春季リーグ戦では盗塁王となった。また、副将としてもつなぎ役の役割を遺憾なく発揮し選手からの信頼も厚い。ラストシーズンとなる今季も主力として活躍し続ける姿に目が離せない。(吉田洸)

応援席から

法政大学応援団

平素より法政大学に熱いご声援をいただき、誠にありがとうございます。
昨季に続いて今季も外野からの応援になり、皆さまと一体となって熱い気持ちを応援の力に変えて選手に届けることが難しくなっております。皆さまと我々が一緒に手を叩き声を上げての応援ができない分、やはり強い気持ちを持って選手に思いを届けることが大切になってくるのではないでしょうか。そして我々は九十六代体制の集大成として、力の限りを尽くして代々受け継いできたものを後代に姿で示して参ります。
これからも是非法政大学に変わらぬ熱いご声援のほどどうぞよろしくお願い致します。(保泉杏介)

神宮六景

今季もコロナ禍でのリーグ戦開催、またリーグ戦日程も大幅に変更となり連盟関係者、他大学関係者の皆様のご尽力に深謝申し上げます。
私は高校、大学、社会人と野球を続け、4年前に審判員を仰せつかり現在審判員としてリーグ戦の運営に携わらせて頂いております。

今季も開幕を迎え神宮球場に足を運ぶたびに、大学時代の最高の仲間達との練習の日々や、他大学のライバル達との真剣勝負の思い出が蘇ってきます。
法政大学を卒業して15年以上経ちましたが、東京六大学野球を通じて沢山のことを学ばせて頂きました。

社会人野球を引退し会社員としてのセカンドキャリアに悩んでいた時期がありましたが、恩師からの勧めで審判員を始めてから、自然と仕事も上手くいくようになった気がします。
審判員の仕事は、大きく分けて①プレイに対してジャッジをすること、②試合をマネージメントし成立させることの2つです。
審判は4人クルーで行うのでジャッジを行うことで空いた塁のカバーに回ったり、トラブル対応等の問題も4人で協力して解決していかなければなりません。
また試合のマネージメントに関しては、選手のため、試合を観に来ていただいている観客のためにスムーズに進行させ成立させなければなりません。

これらに共通することは、「自分以外の誰かの役に立つ」という意識を持つことが重要だということです。これは仕事をする上でも最も大事なことだと思います。この意識が仕事でも自然と好影響を与え成長させてくれていたことに気づきました。このように審判経験で学んだことが今の私を支えてくれています。

このような機会を与えて頂いたことに感謝し、今後も選手たちが思い切り輝ける舞台を残していけるよう、また連盟の発展を支えていけるよう尽力していきたいと思います。

平成18年卒 御手洗悠

第2週 テーマ

ラストシーズンにかける思い

9/22 UP
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東京大学

選手に勝ちを知るものがいない状況で発足したTEAM2021、何もかも手探りの中、「勝つこと」だけを探究してやってきました。新型コロナウイルスの影響により1-3月の間は満足に練習することができず、半ばぶっつけ本番の状態の中、やっとのことで連敗脱出を果たすことができました。しかし、これだけでは満足できません。今秋の目標は「最下位脱出」です。「最下位脱出」は1勝しただけでは到底叶わず、2勝、3勝と勝ちを積み重ねていかなければなりません。夏合宿の開催は実施できなかったものの、幸いにも活動を停止することなく夏場での調整ができ、準備は万端。ラストシーズンである今季は十二分に暴れ、東京六大学野球連盟に旋風と変革を巻き起こします‼︎ (吉田洸)

立教大学

昨年の11月に「一進」というスローガンを掲げ、主将太田が率いるチームが発足した。「一」には、一体感(部員全員が1つになる)、1位=優勝の意味。「進」には、優勝に向かって全員で進む、進化するという意味を込めた。今年のチームには、ずば抜けて能力が高い選手はいない。だからこそ、例年よりも全学年、全軍が同じ思いで進んでいかなければいけないという話し合いが4年生の中で行われ、スローガンが決まった。4年ぶりの優勝を目指して挑んだ春のリーグ戦、最終カードまで優勝争いには絡んだが終盤での負けが響き2位という結果に終わった。今の部員は誰1人優勝を経験したことがない。その分どの大学よりもラストシーズンに懸ける思いは強い。コロナ禍という中で、練習時間の制限があり、自校グラウンドでのオープン戦が開催されないなどなかなかうまくいかない日々が続いたが幹部を中心にどうしたら優勝できるか、そのためにはなにが必要かを常に考えて日々の練習に励んできた。春の悔しさを糧に、部員141人が1つになって本気で優勝を掴み取る。(竹間心)

早稲田大学

4年生のほとんどが、秋季リーグ戦をもって、幼い頃から続けてきた野球人生にピリオドを打つ。コロナ禍に見舞われ、多くのことが制限されてきた。それでも、野球が、仲間の存在が原動力となった。それぞれのバックグランドは違うが、ともに4年間を過ごしてきた仲間と最高の結果で終わりを迎えたい。立場や役回り、関わり方はそれぞれだが、チームが最高の結果を得るために個々が最高の準備をする。「一球入魂」というスローガンを掲げ過ごしてきたこの1年間が正しかったということを勝利というかたちで必ず証明する。一球一球に懸けるそれぞれの想い、チーム一体となって勝利をつかみ取る。(鈴木 隆太)

慶應義塾大学

ラストシーズン。それは4年生に向けられた言葉であろう。幼少期からはじめた野球に区切りをつける部員も数多くいるのだ。何よりこの大学野球4年間の集大成であることは間違いない。この代は4年間、数多くの悔しい秋を過ごしてきた。1年生の時の河合主将のヘッドスライディング。3年生時の早大・蛭間選手のホームラン。秋だけでも心に刻み込まれるシーンが多々ある。そして迎える私たちのラストシーズン。立場は今春の王者であるが、秋の立場は挑戦者であることに変わりはない。新チーム発足時のミーティングが頭に浮かぶ。「勝ってシーズンを終え、家族のような集合写真を取ろう。」その目標を叶えるべく、秋季リーグに挑む。最後に…秋の天皇杯を勝ち取ろう。そして、笑って「ありがとう」を伝えよう。(湯川適)

明治大学

日本一を経験してから約2年が経った。現在の4年生は下級生の頃からリーグ戦に出場しており、経験豊富である。しかし2年生の春は上級生の力で優勝させてもらった。4年生の力を実感したからこそ、現在の力不足を痛感しているに違いない。しかしその悔しさや春に優勝を逃した悔しさも糧とし、人間力野球をたいげんするために今一度チームや個人に向き合ったきた。個性派揃いの4年生だが、勝ちへの執着心はとても強いからこそ、4年生の力が発揮された春のリーグは勝つことの難しさを改めて感じたシーズンであったと思う。ラストシーズンで天皇杯を奪還するために、神宮の舞台で大暴れする。

法政大学

この秋季リーグ戦は法政大学野球部として“特別な想い”を持って参加をさせていただきます。新型コロナウイルスのクラスター発生により、東京六大学野球連盟をはじめ、他の5大学の関係者の皆様には多大なご迷惑をおかけしてしまいました。そのような状況にも関わらず、皆様の寛大な配慮により、リーグ戦日程を変更してまで、我々が参加できるような体制を整えていただきました。関係者の皆様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。この度の御恩は生涯忘れません。今回、改めて「東京六大学野球」の偉大さ、このリーグで野球をさせて頂けることのありがたさを痛感しました。東京六大学野球の関係者の皆様、そして弊部へのご支援を賜りました全ての皆様の御恩に報えるよう“感謝”の気持ちを胸に全身全霊でこのラストシーズンに挑みます。(小泉翔矢)

神宮六景

東大は今春リーグ最終戦で64連敗をようやく止める一勝を上げた。コロナ禍による特別運用下とはいえ、リーグ最終戦を勝利で飾ることは東大としては過去にそうあることではない。肩を震わせる何人かの四年生の姿に、ネット裏の筆者の目頭は不覚にも熱くなった。だが、考えてみれば4年振りに一勝しただけの話である。歯ごたえのないチームであっては、5大学野球部にも、神宮に足を運んで下さる観客の方々にも誠に申し訳ない。久々の勝利の瞬間、現役の学生たちは「たったひとつ」勝って喜んだのではなく、4年越しの重しを振り払った安堵とともに、秋に向けた手応えを感じていたのだ、と思いたい。

ところで六大学の中で東大だけにある特徴がいくつか挙げられる。そのひとつが「校歌がない」ことである。現在神宮球場で歌われている「ただひとつ」は正式には「東京大学応援歌」で、戦前の帝大時代から校歌制定が試みられたようだが、未だ日の目は見ていない。如何にも百家争鳴の東大らしい歴史である。私たちも四十余年前の現役時代、試合前に斉唱して自らを鼓舞した「ただひとつ」。他校の何れ劣らぬ名歌の重みに比べると、やや分が悪いきらいはあるものの、当事者にとって愛着はある。

今秋は、歌名に例えれば「ただひとつ」でなく「もうひとつ」勝って、東大の次なる懸案である連勝・勝点奪取を期待したい。「だがひとつ」まずは勝ってからの話。

ここぞの「一球入魂」、神宮での出来事は全てが「一期一会」。私が思う「ただひとつ」の根本精神は、「今ある自分を受入れたうえで出来る最善の努力を一瞬一瞬に積み重ねる」ということだ。私としては、東大に限らず六大学野球全部員の「ひとつ」にこだわる全力プレー、スポーツマンシップ溢れる瞬時の行動をこれからも神宮で確と見届けていきたい。 

東京大学先輩理事 西山明彦 昭和53年卒

第1週 テーマ

この夏の収穫

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法政大学

この夏の大きな収穫はフレッシュな新戦力の台頭だ。昨春のフレッシュトーナメントで活躍した1.2年生が勢いそのままに新戦力としてチームの大きな歯車に成長を遂げた。篠木健太郎(1年・投手・木更津総合)、吉鶴翔瑛(1年・投手・木更津総合)の2名は1年生ながら堂々としたマウンドさばきと持ち前の強気なピッチングを見せ、存在感を示した。浦和博(2年生・一塁手・鳴門)は昨春の新人戦で2本の本塁打を放つなど、新人戦優勝の立役者となった男だ。この夏のオープンでは2年生ながら4番に抜擢され、見事にその期待に応えた。コンパクトな身体からは想像できないほどのパワフルなスイングと勝負強さが輝る。法政の新戦力を篤とご覧あれ。(小泉翔矢)

東京大学

今年の夏の収穫は、春のリーグ戦の長所であった走塁力について、さらに磨きをかけることができたことである。春のリーグ戦では10試合で24盗塁とリーグトップの盗塁数を誇り、機動力を生かした野球を繰り広げてきた我が東大野球部。短所である長打力不足を補う練習ももちろん行ったが、長所である走塁力も欠かさずに伸ばした。今年のチームの走塁長である隈部敢(4年=浅野)を中心に走塁意識・技術の底上げを徹底し、夏には外部コーチをお呼びしさらに磨きがかかった。我々が勝利するためには接戦を繰り広げる必要があり、接戦ほど走塁力が目立つ時はない。ここ一番で輝きを見せる選手の走塁力に今季も目が離せない。 (吉田洸)

立教大学

この夏の収穫は各ポジションで熾烈なレギュラー争いが行われたことである。今春のリーグ戦では優勝まであと1つというところで勝ち切れなかった。優勝することができなかった悔しさを胸に、選手全員が1球にこだわる練習をし続けた。その結果、リーグ戦出場が少ないもしくは出場したことがない選手がレギュラー陣を脅かす存在となってきた。 投手では栗尾(4年=山梨学院)、荘司(3年=新潟明訓)、池田陽(2年=智辯和歌山)、野口(2年=東海大相模)の4名による先発争いが繰り広げられた。野手では三塁手で佐藤(3年=福岡大大濠)、西川(2年=智辯和歌山)、田中祥(1年=仙台育英)の3名によるレギュラー争いが行われた。また、今春のリーグ戦では内野手で出場した吉岡(3年=広陵)が外野に回ったことにより外野手の争いもさらに激しくなった。紹介させていただいたポジション以外でも熾烈なレギュラー争いが行われた。 選手の層は春よりも確実に厚くなっている。今のチームにスーパースターはいないが、試合に出場するメンバーが誰であろうと自分の役割をしっかりと果たすことができれば自ずと結果はついてくるであろう。コロナ禍でいろいろと制限がある中でのリーグ戦開催となるが、ぜひたくさんの方々に立教の野球をご覧いただきたい。(竹間 心)

早稲田大学

「勝ちにこだわる。」春季リーグ戦以降、最も意識したことだ。秋季リーグ戦に向けて、チーム全体としても雰囲気良く取り組めている。5位に終わった春季リーグ戦では、1点差以内で勝ち点をこぼした試合が大半で、勝ちきれない弱さを痛感した。勝ちと負けの大きな差、勝つことによって得られるものの大きさを再認識した。各々がチームのためにできる最善の役割を考え、実践する。チームの勝利のために何ができるのか。野球の技術だけでなく、その他の部分でもチームに与える影響は大きい。まだまだ未完成のチームだが、「勝ちにこだわる。」ことで、これまで以上の価値を得られたことが収穫だ。(鈴木 隆太)

慶應義塾大学

この夏は誰よりも「涼しく」、そして「熱い」夏を過ごしたのではないか。Aチームは8/4〜14まで北海道幕別町を中心としてタンチョウリーグ遠征に参加。リーグ戦さながらの緊張感の中で実戦経験を積むことができたのは大きなプラス材料であろう。また、15度前後の快適な気候の中で練習をすることで、いつもは取り組めない課題に向き合い、練習量を確保することができた。ちょうど北海道では小麦が豊作であったそうだ。そんな小麦のように実りある豊作の遠征であった。Bチームは横浜を中心として活動。いつも以上にハードな練習に取り組み、各自の技量を大幅にレベルアップさせた。両チームが合流してからは夏の成果を発揮すべく、A.B合わせて8月のみで29試合を実施。圧倒される熱気に包まれた日々であった。 最後に新型コロナウイルスの情勢下ではあるが、遠征、試合、練習の実施にご尽力いただいた方への感謝は計り知れない。数多くの方の思いを繋ぎ春秋連覇への坂を全力で駆け上がる。(湯川適)

明治大学

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、高森キャンプの中止など活動の制限を余儀なくされ、思うように練習が出来ない日々が続いた。 しかし、この夏は秋季リーグ戦開幕まで限られた時間しかないなか「量」より「質」にとことんこだわってきた。 春季リーグ戦では野手陣はチーム打率リーグトップを記録したものの、投手陣の成績が振るわずリーグ3位という結果に終わった。数少ない夏季オープン戦ではエース竹田祐(4年=履正社)を中心に投手陣の奮起により「明治らしい」守り勝つ野球で勝ち越した。 野手陣はみな複数ポジションに挑戦し、春季フレッシュトーナメントで3本塁打を記録した杉崎成(1年=東海大菅生)や中村奎太(3年=日大三)など新たな戦力が台頭し、競走が激化。 この秋、「人間力野球」を体現し、悲願の天皇杯奪還へ。(鈴木一真)