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俺たちのラストシーズン──島村遼太(明大中野八王子)

何かと言われがちですが、学生コーチからの信頼は絶大な石保から回ってきました。選手兼学生コーチの島村遼太です。

 

 

突然ですが、皆さんはこの写真の花の名前をご存知でしょうか。

 

 

 

この花は「カミツレ」という花で、カモミールとも呼ばれ、ハンドクリームやお茶として多くの方に愛されています。花に疎い私ですが、カミツレだけは好きだったりします。最後なので紹介したいと思い、写真を載せてみました。カミツレを見つけた際には是非、愛でてみてください。

 

 

この野球部に所属している間には経験したことのない量の感情が幾度となく襲いかかってきました。楽しいことだけではなく、勿論辛い、苦しいこともたくさんありました。しかし、今までにないほどの感情が揺れ動く経験だったからこそ、最適解を見つけ出すために考え、行動しました。振り返ると、そんな波瀾万丈な4年間だったと思います。

 

 

中学高校と中堅チームで野球をしてきた私は挫折を知らず、早い段階で試合に出場し結果も出ていたため、自信に満ち溢れていました。勉強でも比較的良い成績を残し、学級委員長も務めるなどして先生に怒られることもなく、優等生そのものだったと思います。そのような自信は過信へと変わり、両親には幼少期から「調子に乗るな」と言われていたのですが、見事に調子に乗り、プライドの高い天狗状態で明大野球部に入部しました。

 

しかし、入寮後は何もかも上手くいかず、どん底の日々を送りました。スポーツ推薦で入部した人たちは、テレビ越しに見た甲子園のスターばかりで、自分の実力は敵いもしませんでした。また、高校生まで実家暮らしで、何かと親任せにしていた私は、日々の生活で精一杯になっていました。そんな自分の事もままならない私にチームの仕事をこなせるわけもなく、ミスを犯し続け、当時の学生コーチには何度もお叱りを受けました。

こうなってくると悪循環はひたすら続くものです。誰も気にしていないことでも自身の一挙手一投足に注目されていると思い込み、こんなことをしたら周りにどう思われるのか、怒られてしまうのではないかと疑心暗鬼に陥りました。逃げ出したくなる思いを必死に堪えようと神宮のトイレで泣いたこともありました。そんな私は次第に野球部に対して塞ぎ込むようになり、気が付くと「島村はやばい奴」とそんな烙印が押されていました。

 

 

入部までに伸ばしに伸ばしまくった鼻は早々にボロボロとなりましたが、心機一転、一歩ずつ着実にできることを増やしていこうと努力しました。できるフリはしない、謙虚になる、素直に話を聞く、相手を認める。当たり前のことですが、当時の自分にとってはとても重要な事でした。

そして、ひょんなことから公家さん(R3年卒)に話しかけていただき、同期だけでなく先輩との関わりも増えました。周囲の人に自分の事を分かって貰い、自分自身も周囲の人の事を分かり始めたとき、霞んでいた視界が徐々に開けていくような気がしました。そこから、人との繋がりを大切にしたことで、おおよそのことが好転していき「島村はやばい奴」と聞くことはなくなった気がします。

 

中央

入部してから失敗だらけのこんな私も最高学年になると学生コーチを任せていただけるようになりました。自分で言うのはおこがましいですが、最高学年に上がるまでに多少なりとも成長できた証だと自負しています。

そこには、1人の力では到底到達できず、出会った先輩、同期、後輩との関わりの上で多くの事を学び、助けてもらったからこそ今の自分があり、その分感謝を伝えたい人がたくさんいます。

 

 

精神的に支えて貰っていた公家さん。

明八から一緒の天野さん、大池さん(共にR4年卒)、祐樹(杉山)、たけ(武井)、一真(鈴木)、熱田、麟太郎(渡邊)、丸尾、花岡、江口。

同部屋になって馬鹿みたいに話した奎太(中村)、竜聖(原田)、たんたん(鈴木涼)。

どんな時も味方でいてくれた泰河さん(大橋・R4年卒)。

就活をしながら毎日メニュー決めをして、苦楽を共に過ごした学生コーチの石保、雄大(石川)、原、遠藤。

厳しくも、優しくて愉快な同期。

田中監督、戸塚助監督、善波さん、福王さん、文雄さん、西嶋さん、織原さんの首脳陣やトレーナーの皆様。

応援団の皆さん。

ここには書ききれないくらい、多くの方々に支えていただきました。本当にありがとうございました。

 

 

後列左端

 

 

左端

 

 

手前から2列目右

 

 

 

私は最後の1年、天狗でプライドの高かった自分を変えてくれて、成長させてくれた野球部に恩返しがしたいという想いで学生コーチとして過ごしてきました。暗中模索の日々が続きました。とても辛い1年間でした。壁にぶつかる度に、他の学生コーチと力を合わせて乗り越えてきました。選手としてプレーすることは無くても、自分にできることをチームに還元しようと過ごしてきました。その分、この1年間は色濃く、学びのあるものとなり、チームにかける想いも強くなりました。9割以上の苦しい思いの中で1割にも満たない楽しさとやりがいを求めて走ってきました。辞めようと何度も思いました。

 

 

でも、辞めなくて良かったです。

 

右から3番目

 

 

 

ちなみに、冒頭に触れたカミツレには以下の花言葉があります。

 

 

『苦難の中の力』

 

 

踏まれても踏まれても強く咲き続ける姿から、このような花言葉がつけられたそうです。私は、人生は苦難の連続で、全てが上手くいくことはないと、この身を持って体験しました。そんな中でもめげずに食らいついていくことが大切で、その姿勢に周囲の人は心を打たれ、カミツレのように愛されるのだと思います。突然現れ、邪魔してくる苦難に対して、もがき苦しむことも沢山あるでしょう。その度に逃げず、自分なりに力を発揮すれば、結果的に求めていたものが得られなくとも、下の写真のような、他のものには変え難い何かを手に入れることができると、私は強く信じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少しで引退です。来年度からは社会人となります。本気の野球とは一旦お別れです。

約15年間野球をしてきましたが、ここまで何不自由なく野球ができたのは家族の存在があったからです。本当にありがとう。

 

父さんは野球経験者という事もあって、常に熱く野球を教えてくれたね。中学のチームで結果がでなくて苦しんでいる時、毎日早起きして練習に付き合ってくれてありがとう。中学生の時に父母会長もやってくれたよね。高校生まではたくさん怒られてきたのに、大学生になるとどこか遠くから見守ってくれたね。1人の大人として接してくれているような気がして凄く嬉しかったよ。今度、一緒にお酒飲みながら野球見に行こうね。

 

母さんはいつも優しく、時間を惜しまず俺と向き合ってくれたよね。誰よりも俺のことを分かっていて、良い所は褒めてくれて、間違っているところは正してくれたね。今までは母さんが言っていることが分からないことも多かったけど、今ならわかります。分からない野球もたくさん応援しに来てくれて、高校生の時は慣れない父母会長もやってくれたね。いつも俺より早く起きて弁当を作ってくれたね。本当にありがとう。

 

2人の姉ちゃんは、「遼太うるさい」とか言いながら、なんやかんや買い物に連れて行ってくれたり、誕生日プレゼントをくれたり、ディズニーに連れて行ってくれたり、相談に乗ってくれたりしたね。2人が俺の姉ちゃんで良かったよ。社会人の先輩としてアドバイスくれたら嬉しいです。また3人で遊びに行こうね。

 

これからフィールドは変わりますが、これからも応援してくれると嬉しいです。まだまだ優勝の望みはあります。最後まで見届けてください。

 

また、日頃より応援してくださるファンの皆様におかれましては、私たちが引退した後も後輩たちが躍進して参りますので、応援していただけると幸いです。

 

長く続いてきた明大野球部がこれからも発展することと、より多くの方から愛されるチームになることを切に願い、結びの言葉といたします。冗長な文章となりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

続いては1年の時、共に漫才で滑り倒し、2年からは本マグロとろたろうファミリーの相方として、4年では学生コーチを共に務めた、なんやかんやずっと一緒の原です!紫パンフレットの注目選手の紹介文は彼が担当してくれていました!そんな文才溢れる彼のブログはきっと笑いあり、涙ありでしょう!お楽しみに!