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2020.10.14

『僕の野球人生』第8回 早川怜志内野手

『僕の野球人生』第8回

早川 怜志 内野手(4年/菊里)

早川最終版

こんにちは。東大野球部4年の早川です。僕の野球人生を振り返ろうと思ったところ、もうすぐ齢24を迎える頭だからでしょうか、あまり覚えていません。覚えていることを頑張って書きます。

 

僕が野球を始めたのはいつだったか思い出せません。小学校の野球部に入る前に、よく自宅の駐車場で壁あてをしていたのは覚えています。野球もしていない自分が、なぜ壁あてをしていたのかはわかりませんが、昔からボールを取る感覚が好きだったからでしょうか。ボールが取れないと向かいの家のシャッターにあたり、ガシャンという大きな音が立ち、暴投すると家のガラスに当たるという試合さながらの緊張感があったことが、今に生きているのかも入れません。窓ガラスを一度割ってしまいましたが、二重ガラスだったので貫通せずに済みました。

 

小中高の野球で、とにかく悔しい思いをするたびに気が済むまで練習したのは覚えています。小学校の頃には両親、高校の頃には外部のコーチに付き合ってもらいました。失敗したことを次にはできるようにする感覚はとても気持ちが良かった気がします。この頃に、野球の試合の楽しさを知りました。

 

イチロー選手も言っているように、無駄なことって無駄じゃないということを感じながら、二浪した末に、東京大学に晴れて合格しました。齢20の時でした。成人式など、辛いイベントを乗り越えて、頑張って良かったと心から思いました。

 

東大野球部に入部しました。

頑張るぞ と思っていた矢先、二浪の現実に直面することになります。長い間座って下を向いていた影響か、僕の体は筋肉は細くなり、脂肪を蓄え、巻き肩反り腰といった色々な不良を抱えていました。その結果、1年目は肩の痛み、肉離れに悩まされることになりました。高校の時のように体が動く感覚を取り戻したのは年末でした。来年に向けて頑張るぞ と思っていた時、今度は有鈎骨を骨折しました。原因は手のマメが厚くなっていたことでした。野球をやっている人はこまめに取りましょう。こうしている間に、試合にも出られず、練習もろくに出来ず、周りと差は開いていきました。焦ったりもしました。しかし、焦ってもどうしようもないのでイメトレばかりをしていました。すると、復帰してからの方が上手くなっているという不思議な経験をしました。イメージの大切さを学びました。

 

2年生になり、下手な自分は新人戦にも出られず、手の骨折などさらなる怪我をしながら、日々を過ごしていきました。この年にはさまざまなことを学びました。考えて練習することの大切さや身体に目を向けることを学びました。とても良い学びとなりました。

 

3年生になり、先輩の怪我もあり、春リーグに出場しました。全くといっていいほど、通用しませんでした。側から見ている分には、出来そうだと思っていましたが、全くそうではありませんでした。明治に延長の末負けるなど、とても悔しい経験をしました。秋にはベンチになりましたが、チームに貢献できる役割を探し、バントと守備を徹底的に練習しました。先輩方が必死に勝とうとする姿をみて、勝って送り出したいと心から思いました。しかし、それは実現できませんでした。

とても無力感を感じた年になりました。

引退の日、毎日ノックを打っていただいた、髙野学生コーチ(R2卒)に、お前がいい守備をした時、本当に嬉しかったと言われました。その時に、試合に出たくても出られない人、サポートしてくれる人には、勝つことで少しでも報いることができると感じました。なので、来年は絶対に勝つと決めました。

 

4年生になり、内野手長になりました。自分の経験をチームに還元できるようにしてきたつもりです。春リーグが終わり、秋ももう開幕してしまいました。自分は毎試合、ここで体が動かなくなってもいいという意気込みで、臨んでいますが、未だに勝てていません。しかし、この苦境は、何かを変えれば、変えられると考えています。自分で自身の可能性を狭めなければ、僕たちはもっとできると心から思います。勝てば、みんなで笑って引退できると信じてやり遂げます。

 

両親、部活関係者をはじめ、自分に関わっていただいた全ての方に、感謝します。ここまで野球ができたのは皆様のおかげです。最後までよろしくお願いします。

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次回は10/15(木)、伊津野外野手を予定しております。

お楽しみに!

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