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2020.10.19

『僕の野球人生』第11回 武隈光希外野手

『僕の野球人生』第11回

武隈 光希 外野手(4年/鶴丸)

武隈

父とキャッチボールをしたのが野球を始めたきっかけです。物凄いスピードのボールを投げる父に憧れ、何度もキャッチボールを頼みました。それだけでは満足できなくなると、遠くにある的にどちらが先に当てられるかというゲームを父に持ちかけ、何度もはね返され泣きました。勝負に勝つため公園でも壁当てばかりしていたので小学校の友達から一緒に遊ぼうか?と心配されたこともありました。

小4から本格的に始めた野球は高3の春までは比較的順調でした。

軟式野球チームに入った小学生の頃は本当に練習が楽しくて、土日が楽しみで仕方ありませんでした。平日は練習がないのでよく母に頼んでバッティングセンターに行きました。母が横からアドバイスしてくるので始めはイライラするのですが、その指示がかなり的確で最後は自分からアドバイスを求めるようになりました。

中学では1年生から1番打者として出場し、2年生で目標の県大会出場も果たせました。3年生になりキャプテン、エースとして出場した最後の大会で初戦負けを喫し、高校でも野球をすることを決意しました。野球部も髪を伸ばしていいと噂で聞いていたこともあり鶴丸高校を目指しました。

高校の入学式の日に当時の野球部監督に挨拶に行くと、「その頭、坊主にするよね?」と確認され、当日丸刈りに。こうして僕の青春はあっけなく幕を閉じました。1日90分しかない練習でどうしたら成長できるかを常に考え、県ベスト8を2度経験しました。あとは最後の大会でやりきって真剣にやる野球とはサヨナラするはずでした。

高3の夏最後の大会。チームは3度目となるベスト8まで勝ち進み、高校のクラスメイト、先生方、保護者の方が、すれ違う度に「次も頑張って、応援してる」と声をかけてくださいました。ベスト4をかけた試合は全校応援で、高校の同級生や後輩達1000人の前でプレーしました。試合中もたくさんの声援が聞こえました。間違いなく最高の試合でした。でも勝てませんでした。そして自分は全く打てず大会を通じても1安打。やるべきことをやってきたつもりでしたが結果が出ませんでした。厳しいことを何度も言ったチームメイトから「光希がいたからこれだけ頑張れた」と言われた時は嬉しさと共に申し訳なさを感じました。あんなに応援してもらって自分は何一つ恩返しできていない。貴介さん(濵﨑貴介/R2卒)が目指していたこともあり気づけば東大野球部を目指していました。夏の終わりには鹿児島から東京まで行って東大野球部の高校生練習会に参加し、自分が目指すべき場所がハッキリしました。

目指したはいいものの、成績は志望校に東大と書くのもはばかられるレベル。東京で浪人した1年間は想像を絶するほど辛かったです。予備校に坊主、ジャージ姿で通う野球少年の唯一の楽しみは夜10時からする20分間の素振り。妄想の中での神宮通算本塁打は、優に100を超えました。

一浪の末合格し、すぐ浜田前監督に電話して翌日から野球部の練習に参加しました。
ベンチで勝ち点の瞬間を味わえた1年目。東大で野球をする喜びを感じつつも、先輩達に勝たせてもらったことや自分が何もしていないことに悔しさを感じました。必ず自分が主軸となってチームを勝たせると心に誓いました。
代打として出場し、着実に実力がついていることを感じた2年目。浪人中勉強をしながら何度も聞いた「不死鳥の如く」が流れる中バッターボックスに入り、ヒットを打った時は何物にもかえがたい喜びを感じました。
レギュラーとして出るも結果を出せなかった3年目。同時に勝つことの厳しさを痛感しました。秋の最終戦。毎試合登板してチームを引っ張るコバさん(小林大雅/R2卒)に勝ちをつけたい、4年生を勝って送り出したいという思いで試合に臨みました。しかし逆転負け。チームの全員が同じ方向を向いて勝ちを目指す感覚を味わえたからこそ本当に悔しかったです。個人として活躍するだけでなく、チームで勝ちたいと心から思うようになりました。
そして4年目。個人としてわずかな成長を感じつつもいまだ勝利に貢献することができずにいます。法政から勝ち点を取った時のあの景色がもう一度見たい。ファンの方に感動を届けたい。お世話になった人に恩返しがしたい。勝つことでそれら全てが満たされることがわかっているからこそ、そのチャンスが残り少ないことに焦りを感じているのも事実です。

4年近くこの部で生活していて思うのは本当に幸せな環境で野球ができているということです。相手は甲子園を賑わせたスター達。場所は大学野球の聖地神宮球場。毎試合1万人近く入るお客さん。何点差になっても心から応援し続けてくれる応援部の仲間達。結果を出せばすぐにTwitterで動画が共有される環境。アマチュアスポーツでこれだけ揃っているのは東京六大学野球だけかもしれません。この環境には感謝してもしきれませんし、なによりここにくるまでお世話になった方々への感謝もつきません。全員を書くことはできませんが、いつも後押ししてくれた応援部や気にかけてくれた友人達、今までご指導頂いた全ての方々、その他お世話になった方、本当にありがとうございました。ただ両親には一言伝えておきます。

父さん
高校までは本当に怖い存在だったけど大学に入ってお酒を飲みながら野球の話ができるようになって嬉しかった。大事な日の前日に「俺とお母さんの息子だから大丈夫だ」と送り出してくれて心強かったよ。不器用なところもあるけど、いつも応援してくれてありがとう。鹿児島で試合させてくれたことも感謝してます。

母さん
いつも明るく元気づけてくれたね。高校で悔しい終わり方をした時に「お疲れ様、よく頑張った。」と言われて車で泣いたのが懐かしいです。今度は悔し涙を流さずに終わりたい。小中高の送り迎えや弁当作り、大変なこともたくさんあったと思うけどおかげで幸せな野球人生を送れました。ありがとう。

5年後10年後、あの頃は楽しかったなぁと呟く「あの頃」は間違いなく「今」です。残り少ない愛おしい日々を悔いのないものにするために、今を積み重ねていきます。

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次回は10/20(火)、土井外野手を予定しております。

お楽しみに!

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