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2021.10.06

『僕の野球人生』第17回 櫻木隼之介外野手

『僕の野球人生』第17回

櫻木 隼之介 外野手(4年/鶴丸)

櫻木①

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小学校でソフトボールを始め大学まで野球を続けてきて、僕は野球が好きだとつくづく実感します。しかし、同時にこれまで野球をしている中で感じた苦しさ・悔しさや挫折の経験は今でも記憶に深く刻まれていて、僕が大学野球というカテゴリーまで本格的に野球を続けてきたのは野球の楽しさと同じくらい野球がうまくいかない悔しさを感じていたからでした。もし僕が、野球が楽しいという一心だけで野球をしていたら高校野球が終わったときに野球人生も終了していただろうし、そもそも東大を目指そうとも思わなかったでしょう。

 

僕が野球と出会ったのは幼いころ祖父に連れられて行った千葉ロッテマリーンズの春季鹿児島キャンプでした。試合ではなかったけれど、生で野球というものを見たのはこれが初めてだったような気がします。

小学2年で学校のソフトボール少年団に入り、野球の楽しさ、勝つことの嬉しさを知った小学生時代、今思えば野球人生の中で一番過酷な練習をこなしていただろう中学生時代を過ごした僕は、文武両道で野球部もそれなりに強いと言われていた鶴丸高校に入学しました。

鹿児島で過ごしていた僕にとって、この高校3年間が自分を東大野球部に導くことになるとは入学時に考えるわけもなく、何なら入学当初は東大野球部のことを認知すらしていなかったように思います。

3年間で県大会ベスト8を3度も経験でき、恵まれた代が続いていた中で、僕は高2の5月からスタメンで試合に出させてもらえるようになり、自分たちの代ではチームの4番を任されました。決して満足していなかったけれど、平日の練習時間が90分しかない進学校の野球部としては十分な成績を収めていたといえるし、自分としてもまあまあ順調な高校野球生活を送っていると思っていました。しかし、春の県大会で結果を残し自信をつけて臨んだ最後の夏、チームは緊張とリードを許したことによる焦りで0-14の初戦コールド負けを喫し、あっけなく高校野球は終わりを告げられました。中軸として何もできないまま終わってしまいチームメイト、学校で期待して応援してくれていた人たちに対し申し訳ない気持ちで一杯になり、今までやってきたことを試合で発揮できなかったという自分の実力不足が本当に悔しかったです。強豪私立高校に勝つこともかなわず不完全燃焼で終わってしまった高校野球、このまま野球人生を終えるわけにはいかない、大学野球でリベンジしたいという思いが強くなり、当時2つ上の貴介さん(濵﨑/R2卒)が入学し、1つ上の武隈さん(R3卒)も目指していた東大に行って野球を続けようと決意しました。

 

しかし、僕の勉強の実力は公に「東大目指してます!」といえるようなものではなく、浪人しても受かるかどうかわからないレベルでした。実際に現役で不合格になり、70点差で落ちたことを知ったときには途方に暮れたことを覚えています。鶴丸の先輩2人から色々と受験勉強のアドバイスを受けながら苦しい浪人生活を経てなんとか東大に合格でき、晴れて東大野球部への入部が叶いました。

 

1年生時、僕は順調な大学野球生活を送れていたように思います。バッティングの力を買われて春と秋のフレッシュリーグではスタメンで試合に出させてもらい、多くの実戦の機会を得ることができました。これまでに見たことのない速球や変化球のキレに自分と他大選手との間の大きな実力差を感じることもありましたが、一冬で身体的・技術的しっかり成長できれば2年生の間にリーグ戦デビューはできるのではないかと期待していました。

しかし2年の春に自分の描いていた順調な大学野球生活の絵図は崩れていきました。春のリーグ戦直前にバッティングで左肩を完全脱臼し、手術の選択を余儀なくされることとなりました。全治6か月。この瞬間僕の大学2年の選手としてのシーズンは終わってしまい、チームを裏で支えながらリハビリで復帰を目指す苦しい日々が続きました。オープン戦で結果を残した同期たちが次々とリーグ戦デビューしていくのを黙ってスタンドから眺める中で、本当に怪我が治るのか、治っても自分が出る幕はあるのかと焦りや不安を覚えることも多々ありました。脱臼手術の先輩である馬場ちゃん(内野手/4年)と励ましあいながらも、苦しい・悔しい気持ちと日々向き合い、ひたすらもがいていた時期でした。

2年の冬にようやく実戦復帰が叶い、3年春のリーグ戦までにできる限りブランクを取り戻そうと意気込み練習に打ち込みましたが、思ったように上がらないバッティングの状態に徐々に焦りを感じるようになり、どうしたら怪我の前の状態に戻すことができるのか何もわからなくなりました。試合に出られない悔しさとかうまくいかない苦しさとかそういった感覚から逃げ出したくなりましたが、それを失ってしまったら野球がつまらないものになってしまう気がしたのでそこはなんとか踏ん張ることができ、少し状態が上がったときに秋のシーズンで1度だけリーグ戦に出場する機会を得ることができました。苦しみながらもなんとか掴んだリーグ戦デビューは、やっぱり野球の試合は楽しくて、ようやく大学野球の歯車が再始動したと実感できた1試合でした。

そして迎えたラストイヤー、自分としては1年時以来の万全な身体の状態で野球ができると意気込んで臨んだ春のリーグ戦。慶應2回戦で初めてスタメン出場し、ひとつ結果を残せたのは大きな自信になりましたが、翌日の練習中に有鉤骨骨折、大学野球生活2度目の手術をすることになり、春の法政戦勝利はスタンドで迎えることとなりました。もちろん嬉しかったですが、勝利に貢献できなかった悔しさも同じくらい大きかったため、先日の立教戦勝利をグラウンドで迎えられたのは忘れられないものです。

 

神宮球場という舞台でハイレベルな相手と対戦して結果を出し、そして勝利するという経験はどんな経験にも代えがたいものです。自分のこの4年間の大学野球生活は怪我を含めうまくいかないことばかりで、もっとうまくやれたんじゃないかと自分でも思うことはありますが、神宮のグラウンドに立つと毎回あの頃の怪我をして苦しんでいた時の自分の踏ん張りが報われているような気がします。大学野球生活を通して、グラウンドに立ってベストパフォーマンスをするために自分がその時々に置かれた状況の中で今自分にできることの最大値を目指して努力を続けることはできたと思います。

 

 

最後に、僕が東大野球部に入るための道標を立ててくださった鶴丸の先輩方、チームの運営や練習を支えてくれたマネージャー・学生コーチ、怪我をした時にサポートしてくださった病院や整骨院の先生方、本当にありがとうございました。怪我で思うようにいかない時でも最後までやりきって頑張れと応援してくれたお父さんお母さん、2年間実家のように住まわせてくれて支えてくれたお祖母ちゃん、いつもありがとう。

 

同期、4年間楽しかった!ありがとう。残りの試合1つでも多く勝とう!

 

 

神宮で野球の真剣勝負ができるのもあと4試合。野球は失敗するスポーツで全く悔いを残さないように野球人生を終えるなんていうことは都合のいい話だと思うのでそこは割り切って、野球の1プレー1プレーを楽しみながら、チームとしても個人としても良い結果を出せるように最後まで貪欲にプレーしていきます。最後まで応援よろしくお願いします。

 

 

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次回は10/7(木)、辻外野手を予定しております。

お楽しみに!

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