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『僕の野球人生』第2回 金子竜也投手

『僕の野球人生』第2回

金子 竜也 投手 (4年/開成)

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【野球人生嬉しかったことランキング】

 

第3位

「初球先頭打者本塁打を打ったこと(中2)」

 

僕は基本的にバッティングがあまり得意ではありません。なので逆に自分が打ったヒットに関してはその1本1本をかなり鮮明に覚えています。中でもこの1本はかなり自分の中では印象的です。

プレイボール直後の初球、インハイボール球の真っ直ぐをマン振りするとレフト線すれすれに落ち、延々と広がる緑の中を転がり続ける中、無我夢中に走り続けランニングホームランとなりました。柵越ではなかったですが、プレイボール直後の球をホームランにした、という都合良く切り取った事実が自分には凄くかっこよく思えて非常に興奮しました。

その後はこのホームランの幻影を追いかけ続けた結果体が開きに開き、当時のコテコテの関西弁の顧問の先生に「かぁねこぉー、それは開きすぎや!」とお叱りを度々受けていたことも併せてよく覚えています。ちなみにこの顧問の先生ですが大学時代には日本代表選考合宿にお呼びがかかる程の実力者だったそうで、レベルの高い世界で結果を出し続けてきた先生にいつも親身になって愛のある指導をしていただけた当時の環境は、当時も幸せでしたし今思い返しても非常に恵まれていたなとつくづく感じます!

 

第2位

「少年野球初先発で完投勝利したこと(小4)」

 

自分の通っていた小学校では年1度のクラス対抗ドッチボール大会が一大イベントで、特に低学年のうちはドッチボールの強さでなんとなくヒエラルキーが決まっている感じがありました。そんな環境の中小2までの自分は生粋のドッチボール少年で、クラスのエースとして期待されていたこともありかなり調子に乗ってブイブイいわせていました。このように当時の自分にとってはドッチボールが全てだったのです。しかし小2のある時、友達に実はドッチボールよりも野球っていうスポーツの方が面白いんだよ、ということを教わってそこからは野球に惹かれ、のめりこむようになります。野球を始めて最初の2年程は漫画メジャーを教科書に友達とめちゃくちゃな遊びの野球をしたり父親と土日に秘密の特訓をしたりとそれなりに楽しんでいましたが、少年野球チームに入っていた友達からチームに入った方が上手くなるし、ちゃんとルール通りに試合した方が本当は面白いよということを教わって学校の少年野球チームに入団することにしました。

そしてドッチボール仕込みの地肩の強さを買われた自分は投手を始めました。当時は茂野吾郎への強い憧れもあり、投手をやらせて貰えて非常に嬉しかったのを覚えています。その後入団後初めての公式戦で先発のマウンドを任され、四方八方に球を散らしながらも相手に的を絞らせず見事完投勝利を上げました。そしてこの時、ルール通りちゃんとやる野球って断然面白いな!1試合を投げきってチームが勝つというのはこんなにうれしいものなのか!と非常に感動し、投手というポジションにより強く魅力を感じるようになりました。

 

第1位

「リーグ戦初登板(大4)」

 

1位に関して嬉しかった要因はいくつかあるのですが、1番は怪我を乗り越えられたことです。

大学3年の6月、自分は右肘内側側副靱帯が部分的に断裂してしまいました。それまでリーグ戦の登板は無く、長いBチーム生活を経てようやくAチームに上がれたぐらいのタイミングだったので非常に凹みました。最初は耐えながらやればなんとかなるんじゃないかと思ってやっていましたが10mくらいのキャッチボールで激痛が走るまで悪化してしまい、流石に観念して靭帯再生のための注射(PRP注射)を打ちました。そこから長くボールの投げられないリハビリの日々が続き、こんな調子でラストイヤー大丈夫なのかな、出れずに終わりそうだなと普段能天気な自分も流石に不安に苛まれかけていました。ですがリハビリのプログラムが進んで何ヶ月かぶりにようやくボールが投げれるようになったある日、ボールが投げれるということがあまりに楽しすぎて非常に感動し、負の感情が消え去りました。ボールを投げるという健康な人には当たり前の行為が、たまらなく嬉しかったです。そこからは健康に野球ができる喜びを精一杯噛み締めながら、リハビリの段階を超えていく中でブルペンに入れるようになって、オープン戦で投げられるようになって、気付けば春の明治2回戦でデビュー登板を迎えることが出来ました。大差ビハインドでの登板ではありましたが、医師の方を始めトレーナーや指導者の方、両親といった数多くの方々のサポートなしには実現し得なかった登板ということで非常に印象的でした。この復帰までの過程に限らず野球人生の中でお世話になった方々には選手として直接勝ちに貢献する形で恩返ししたいですし、個別に最大限の感謝を伝えたいと思います。

 

しかしこのデビュー戦から1週間後、リーグ戦空き週のシート打撃で牽制球の暴投をきっかけに炎上して、以降春のリーグ戦での登板機会が無くなってしまったのは悲しいことランキングというか情けないことランキング堂々のランクインです。デビュー戦を無失点で抑えた投手に次の登板の機会が無かったことは自分がざっと調べた限りではありませんでした。何気ない1プレーで野球人生が大きく変わってしまうことを、全然嬉しくないタイミングで痛切に思い知ったと思います。非常に情けないと思います。

 

また悲しいことランキングといえばつい最近秋リーグ開幕まで1週間を切った段階で腰椎が疲労骨折してしまいました。自分比ですが結構調子が上向いて来てるところだったので、流石に絶望しまくりました。

ですが同期の岸野(投手/4年)に紹介してもらった福島の名医の方に注射を打ってもらったことで一縷の希望が生まれました。厳しい状況ではありますが、なるべく早く復帰してなんとか選手として貢献しようと頑張ってあがいている所です。ここまで選手を続けてきた以上はなんとか自分のプレーでチームの勝利に貢献したい所存です。

腰は折れましたがまだまだ心は折れておりません。

僕個人のファンの方が万が一いらっしゃいましたら是非応援のほどよろしくお願い致します。

 

こうして振り返ってみると去年の肘の怪我、そして現在の腰の疲労骨折と大学野球における大切な時期にそこそこの怪我をしてきたのですが、毎度気持ちが沈みそうになりながらも前を向いて頑張ろうと思えています。それにはちゃんとした理由があると確信しています。

自分は辛い時、苦しい時にいつも聴く曲があります。能天気な性格もあまり落ち込まない要因の一つですが、辛い時いつもこの曲が僕の背中を押してくれたと思います。その曲を聴くとどんなに気分が落ち込みそうになっても頑張ろうという気にさせてくれます。その歌詞はいつも自分を鼓舞してくれます。

そんないつも自分に勇気をくれるこの曲の一節を僭越ながら紹介させて頂きます。

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DANGER! 鳴らせサイレン

君はターゲット 僕のターゲット 走れ

I CAN’T BABY DON’T STOP THIS

終わらせないで この未体験なサウンドを

 

WOW FANTASTIC BABY

DANCE I WANNNA DAN DAN DAN DANCE

FANTASTIC BABY

DANCE I WANNNA DAN DAN DAN DANCE

WOW FANTASTIC BABY

 

BOOM SHAKA LAKA BOOM SHAKA LAKA BOOM SKAKA LAKA

DAN DAN DAN DAN DANCE

BOOM SHAKA LAKA BOOM SHAKA LAKA BOOM SKAKA LAKA

DAN DAN DANCE

 

さぁ選ぼうか YE YE YE

敗者が勝者 YE YE YE

僕なら後者 YE YE YE

君とは今夜 WOW FANTASTIC BABY!

 

♫FANTASTIC BABY    (BIGBANG)

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いかがだったでしょうか。

 

最後になりますがいつも応援して下さっているファンや応援部の方々、皆様の声援がいつも力に変わっております、ありがとうございます。例えとして正しいか分かりませんが、投手は神宮での球速が普段の試合よりも速い人が多いです。これは皆様の声援の力に他ならないと僕は確信しています。

そして皆様ご存知の通り東京六大学野球連盟の他大学は強いです。分かりやすくドラゴンボールに例えると魔人ブウ(純粋)くらい強いです。我々が日々厳しい修業を続けることは当然ですが、勝ち切るためには皆様の力が必要不可欠です。どうかできる限りの元気を分けて下さい。

オラ達と皆様で特大の元気玉を作りあげましょう。

 

最後の最後まで読んでくれた現役部員へ

トレーニング長として長くお世話になりました。特にピッチャーのみんなはろくに実績もない自分に1から全てメニューを任せてくれて、何から何までやりたいようにやらせてくれました。信用して貰えて幸せでした。

たくさん勝ちましょう。

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次回は9/15(木)、岸野投手を予定しております。

お楽しみに!