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『僕の野球人生』第15回 清永浩司内野手

『僕の野球人生』第15回

清永 浩司 内野手 (4年/佼成学園)

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いつからだろう。野球が楽しいとはあまり思わなくなった。

 

小4くらいまでは楽しかった。バットの芯に当てれば全部ヒットになった。自分が塁に出て、盗塁で2塁、3塁に進み、誰かのヒットでホームに帰る。ベンチのみんなが歓迎してくれる。自分の力で塁に出て、進塁し、仲間の力でホームに帰り、それをチームメイトが喜ぶ。野球の醍醐味だと思う。

 

小5くらいから打てなくなった。左なら打てると思い左打ちに変えたがもちろん打てるようにならず、小学生のくせにランナーがいなくてもバントのサインばかりでた。バントの神様という異名までついた。最後の大会は府中市で優勝し、6番センターで都大会に出場した。勝負所でセンターである自分の頭を抜かれ、都大会は初戦で負けた。

 

中学受験は全く考えていなかったが、高校野球の夏の西東京大会のベスト8くらいで佼成学園が早実に負けたのを新聞で見て、強すぎず弱すぎないその高校が自分にちょうどいい気がしたので、小6の9月から塾に行き始めて受験し合格した。

 

中学でもセーフティーばかりしていた。打ったらどんづまりのピッチャーゴロが多いが、バントは相変わらずの実力だったので「セーフティーをした方が塁にでれるだろ」と思われている気がして、仕方なくバントしていた。中学ではセカンドを守る人がいなかったのでセカンドになったが、ちまちました動きが多く、投げる距離も少なくて正直やりたくはなかった。のびのび走り回れて思いっきり投げられるセンターを本当はやりたかった。大型バッテリーのおかげで都大会まで進んだが、また初戦で負けた。特にチームの勝利には貢献できない8番セカンドだった。

 

中学のころからうすうす勘づいていたが、高校のレベルは小学生の想像よりはるかに高かった。それでも、永遠にノックを受け続けて鍛えた守備と、嫌々やってきたセーフティーバントの技術、盗塁のスタートやR2での右方向への打球出しなど、できる範囲のことを身につけた。バッティングはいまだにどんづまりのピッチャーゴロが多かったが、わずかな可能性にかけて1塁までは常に全力で走った。そういうことが評価され、3年ではAチームに居続け、最後のベンチ入りを決める選考では、1次、2次、3次を通過し、最終選考まで残ったが、それでも最後は自分よりも肩も強くてヒットも打てる、自分より少し体の小さい2年生が選ばれた。3年間スタンドで応援し、チームの勝利に貢献することはできなかった。それでもチームがどんどん勝っていくのが自分のことのように嬉しかったし、それと同時に吹奏楽部や女子校のチアに応援され、自分のような見ている人たちを熱狂させている同期が羨ましかった。

 

地獄のような練習を毎日やりきった自分は大学では野球をする気はなかった。それでも、東大へ行くモチベーションのために東大野球部の応援動画を毎日のように見ていたら、かつて自分がそうであった応援する側・熱狂させられる側から、応援される側・熱狂させる側としてプレーできる最後のチャンスが残っていることに気づき、入部を決意した。

 

1年の時の選手紹介動画では「目標はチームの勝利にいち早く貢献できるような選手になることだ」と言い、早くも2年生の頃からAに上がれた自分だったが、今度は先輩たちとプレーをすることのプレッシャーから投内でミスを続け、気づけば自分の目標は「神宮で試合にでること」になった。神宮で戦う先輩や同期が羨ましくて、チームの勝利は全く喜べず、その人たちの「僕の野球人生」なんて読む気がしなかった。スタンドでチームの勝利を見るのももう懲り懲りだった。4年春のオープン戦ではなぜかヒットが量産され、初めてリーグ戦に出場した。高校・大学の6年間分のスタンド生活もあり、さすがに嬉しかったが、勝利に貢献することはなかった。秋の目標は再び「チームの勝利に貢献する選手になること」になったが、夏の練習試合ではエラーを続けた。この試合でもミスをしたら選手をやめようと臨んだ試合では自分のせいで負けが確定し、選手をやめることを決意した。リーグ戦の大事な場面で守れる自信がなくなったどころか、打球と共に”仲間”の怒号が飛んでくるような”チーム”で勝ちたいなどとは微塵も思えなくなった。しかしながら、その日から内野でコロナが流行ったので人手不足にもなるかと選手を続けることになった。それでも結局先日の勝利に、自分は全く貢献していなかった。

 

そんな自分が試合に出ていないことを気にかけてくれる人たちがたくさんいる。こんな自分を最後まで気にかけて、応援してくれてありがとう。いまだに選手としてやっていけているのは、そういった方々のおかげであり、本当に感謝しています。残りの試合、出れるかは微妙ですが、またコロナが流行るかもしれないので準備しておこうと思います。

また、自分の選手としての道を捨ててチームを育ててくれた学生コーチには頭があがりません。他にもやりたいことはたくさんあるだろうに、夕方の帰りたくなる時間や雨の日にもノックを打ってくれたりしてくれて、本当にありがとう。

 

そういえば最近練習試合があった。外直や低めの変化を見極めなんとか塁に出て、盗塁で2塁に進み、仲間のヒットでホームに帰った。ベンチでチームメイトが歓迎してくれた。

 

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次回は9/30(金)、佐藤有為内野手を予定しております。

お楽しみに!