【あなたにとって野球とは―#14】川崎広翔(捕手・日大三)
4年生38名によるラストシーズンにかける想いを投稿いたします。
14人目は、川崎広翔(捕手・日大三)です。
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日頃から法政大学野球部を応援していただき、ありがとうございます。
写真にある「肩」という文字について。 野球をやったことがない方からすると「肩…?」と思われるかもしれませんが、野球の世界で「肩が強い」というのは「すごいボールを投げる」ということです。僕にとって野球とは、ずっと「すごいボールを投げること」でした。
野球を始めたきっかけは、本当はサッカーをしたかったのに、小学校にサッカー部がなく”とりあえず”野球部に入ったことでした。そんな些細な始まりでした。
「自分は肩が強いのかもしれない」と思い始めたのは小学5年生の時です。ソフトボール投げで50mのラインを超えたときにそう感じました。それでも今、皆さんに「肩が強いね」と言ってもらえるのは、間違いなく父のおかげです。肘の怪我明けでうまく投げられなかった僕に、ボールに縦の線を書き、綺麗な回転で投げられるようになるまで根気強くキャッチボールに付き合ってくれました。
高校3年、最後のチャンスで掴み取った甲子園。 しかし、決勝の前日のシートノックでボールを投げた瞬間に肋骨を骨折してしまいました。激痛に耐えながら意地で出場し、同点タイムリーを打つことはできました。しかし、磨いてきた肩を発揮することができず、甲子園でも勝つことができなかったので、悔しさを残して高校を卒業しました。
「また神宮で野球がしたい」という思いを胸に、法政大学に入学しました。1、2年の頃は、同期の中西(中西祐樹・4年)が同じポジションでリーグ戦に出て活躍していて、「絶対に負けたくない」とライバル心を燃やしていました。
しかし、2年秋のフレッシュリーグ。当然出られるだろうと思っていた試合にほとんど出られず、大きな挫折を味わいました。その後、新潟のサマーリーグで練習や試合への向き合い方を学び、社会人チームの練習に参加した際にもありがたい言葉をかけていただきました。ちゃんと見てくれている人はいるんだと実感した時、両親が会うたびに何度も言ってくれていた言葉を思い出しました。
「絶対見てくれる人、広翔の良さを分かってくれる人がいるから。自分のことを信じてやってみなさい。」
どれだけ試合に出られなくても腐らず、今できることに全力を注げたのは、この両親の言葉があったからです。
3年、そして4年の春。リーグ戦ではボールボーイやブルペンキャッチャーとしてベンチの外からチームを支える日々でした。メンバー表に自分の名前がない現実を突きつけられるたび、「このまま一度も神宮のグラウンドに立てずに終わってしまうのかな」と、一人で押しつぶされそうな悲しさを抱えていました。4年夏のAチームの関西遠征にも選ばれず、正直、心が折れそうでした。
それでも諦めずに準備を続けていたら、秋のリーグ戦、ついに外野手のスタメンとして神宮のグラウンドに立つことができました。 最初は実感も湧かず、「絶対にミスはできない」という猛烈な緊張の中にいましたが、それ以上に「ついにここまで来られた」という喜びが溢れていました。何より、両親や親戚、おじいちゃんが喜んでくれたこと。あの時腐らずに前を向いて努力し続けて本当に良かったと、心から思えた瞬間でした。
ですが、先日の雨の中の立教戦。足を滑らせ、怪我をしてしまいました。 チャンスが回ってきて、これからという時の怪我で、チームに結果で貢献できていない申し訳なさと悔しさでいっぱいで、「もう自分の大学野球は終わってしまった」と絶望しました。 それでも、このまま終わるなんて絶対に嫌で、無理をしてでも、何としてもグラウンドに戻り、チームの勝利に貢献したい。これが最後のリーグ戦だからこそ、どんな形であれ最後まで自分らしくやり切ります。決勝前日に骨折をしたときも、全然ベンチに入れなかった日々も、本気でダメかもしれないと思った時に何とか踏ん張り、諦めずにもがいた先に「甲子園」、「リーグ戦」という輝く景色を見ることができました。なので、「リーグ戦優勝」という輝く景色を見るためにここでもう一度壁を乗り越えていきます。
残されたリーグ戦はあと2カード。 絶対に優勝して、最高の仲間と、応援してくださる皆さんと一緒に笑って学生野球を締めくくります。
【同期へ】
この4年間、毎日を楽しく過ごせたのは、最高のみんながいたからです。
1年生の時の帰省前清掃でできた、法政大学整備学部ホーム整備学科というグループでは、午後練が終わってから交代でご飯を食べて、夜遅くまで誰よりも全力でグランドの掃除をしました。新たなマンホールと水路を掘り当てて掃除をしやすくしたり、水浸しでどろんこになったり、埃をたくさんかぶっても全力でやったからものすごく楽しかった!!
あの辛い期間をあんなに楽しい思い出にしてくれてありがとう!
リーグ戦の応援では、4年生が最前列で大きな声を出して、特に4年生の打席になるといっそう盛り上がっています。僕もこの秋、ネクストバッターサークルからもう既に名前を呼んでくれる声が聞こえます。最高の仲間です!
【家族へ】
父も母も野球をやっていたわけではないのに、僕のために一からスコアのつけ方を勉強してくれたり、家でバッティングピッチャーを買って出てくれたり。本当にたくさんの時間と愛情を僕の野球に注いでくれました。
そして何より、どんな時もたくさん褒めてくれたことが、僕の大きな自信と支えになっていました。
高校で親元を離れてからは連絡もあまりできず、不安や心配ばかりかけてしまったと思います。それでも、遠くから試合会場まで何度も足を運んでくれて、誰よりも僕のこと信じ続けてくれました。
これまで二人からもらった分、これからは少しずつ親孝行という形で応えていきたいです。
そしておじいちゃん。おじいちゃんは昔、法政で野球をやりたかったけれど叶わなかったと聞いていたので、僕が法政のユニフォームを着て神宮球場でプレーする姿を、どうしても見せたいと思っていました。先日の早稲田2回戦でようやく神宮球場に来てもらい、その姿を見てもらうことができて、心から嬉しかったです。
いつも温かくて美味しいご飯で元気をくれたおばあちゃん。
自分のこと以上に僕の活躍を喜び、尊敬するお姉ちゃん。
僕の野球人生は、あたたかい家族の支えがあったからこそここまで駆け抜けることができました。心から感謝しています。本当にありがとうございました。
【最後に】
これまでそれぞれの場所で出会い、ご指導いただいた監督・コーチの皆様、どんな時も切磋琢磨し合えた仲間たち、そして温かく応援し続けてくださった皆様、本当にありがとうございました。
最後に、写真の文字「肩」について。 「肩だけ」と言われることがよくありました。最初は正直、「またか…」と悔しかったし、嫌な気持ちになることもありました。でも、「それだけ自分の肩をみんなが認めてくれているんだ」と思えるようになってからは、それが僕の揺るぎない誇りと自信になりました。高校も、大学も、この「肩」一本でチャンスを勝ち取ってきたと思っています。
だからこそこれからは、肩以外の人間性や価値もしっかりと磨き、1人の人間として社会で必要とされる人になりたいです。僕の野球人生は、この「肩」を通してたくさんの大切なことに気づかせてくれました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 最後の瞬間まで、応援よろしくお願いします!
主将 


