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甲子園ってどんな場所?その4

みなさんこんばんは!

3年マネージャーの小池です。

 

 

本日は「甲子園ってどんな場所?」企画第4弾をお送りします!

 

 

さて、昨日で地方大会が全て終了し、各地の代表として甲子園出場校49校が出揃いました!

8月6日から開催される甲子園に向け、多くの高校球児がひたむきに練習に励んでいる中…☀️

 

 

今回は2名の選手の、甲子園にまつわるインタビューを盛りだくさんでお届けしたいと思います!

 

 

それではさっそくまいりましょう!📣

 

 

 

1人目は花咲徳栄高校出身、4年・菅原謙伸

 

 

菅原といえば…自身にとっては最後の夏となる第101回大会の有名なあのシーン!⚾️

2回戦、1点ビハインドの7回に相手投手の球が菅原の肩に直撃し、死球で出塁!

と思いきや…ストライクゾーンに体が入っていて避け方が悪かったからと「デッドボールじゃないんです、すみません。」と審判に自己申告し、すぐに相手チームのバッテリー、ベンチに会釈をしました。

その直後、公式戦自身初ホームランを放ち、同点に追いつきました!🔥

 

菅原のフェアプレー精神に野球の神様が微笑んだ」とメディアでは大きく取り扱われました📸

 

 

━━まず、花咲徳栄高校を選んだ理由を教えてください!

菅原:練習体験の際、岩井監督と話してこの監督の元で野球をやっていきたいと思ったんだよね。

自分は岩手県出身なんだけど、部長も岩手県出身で親近感が湧いたというのもあったかな!

 

━━どんな監督でしたか?

菅原:岩井監督は生徒思いで選手のことをよく見ているなと思った。倫理の先生だったから、自分には難しい言葉もあったけど深いお言葉をたくさんもらったよ。

 

 

━━菅原さんの有名なあのシーン、甲子園2回戦でのホームランを打った時の気持ちを教えてください!

菅原:1点負けていて、自分の一打で同点になったから嬉しかったかな!でもベンチに戻ったらすぐ守備の準備。

自分の前の打席で代打が出て、ピッチャーが代わることは分かっていたから、「どう引っ張って守っていこう」ということを打席の中でもずっと考えていたよ。

 

━━やはりキャッチャーは守備中心なんですね!

菅原明石商業高校中森投手(現千葉ロッテマリーンズ)から打てる気なんかしなくて、初打席は真っ直ぐ見逃し3球三振だったよ(笑)それくらい気持ちはずっと守備に向いてたかな。

 

━━それなのになぜ試合の流れを変える同点ホームランを打つことができたのですか?

菅原:自分の力じゃないっていうか…なぜか真っ直ぐしか来ないような気がして、来た球をただ振り抜いた!

 

━━あのシーンの中でも特に注目された「フェアプレー精神」はどこから得たものですか?

菅原:難しいな…東北で生まれて過ごす上で培ったのかな?(笑)

 

東北人の粘り強さ、我慢強さといったところから生まれた行動なのかもしれませんね(^^)/

 

 

━━そんな菅原さんにとって、甲子園はどんな場所でしたか?

菅原:今が楽しくないっていう訳じゃないんだけど、一番楽しく野球ができた場所!!負けちゃったけど甲子園でもっとみんなと野球をしたかったなって今でも思ってる!

 

 

 

━━高校時代、切磋琢磨したライバルがいたら教えてください!

菅原ザキ(4年・石﨑)かな。春日部共栄高校で県大会も優勝してたし、センバツも出ていてその試合も見てた。バッティングも含め総合値はザキの方が上だから、何としてでもチームで勝てばザキにも勝ったことになると思って、夏まで頑張ってた!

 

 

━━印象に残っている試合はありますか?

菅原:それこそ3年夏の県大会準決勝、春日部共栄高校戦!初回に徳栄が4点取って、2回から1点ずつ取られて5回で同点になったんだよね。

整備で集まった時に「もう5回?早過ぎない?」とみんなで話したくらいあっという間だった(笑)

終盤でやっと3点取れて7対4で勝ったんだけど…

 

━━春日部共栄高校といえば明治に進んだ同期の村田さん石﨑さんがいますがどんな試合でしたか?

菅原:埼玉じゃ完成された県No.1バッテリーだからね、とってもしんどい激闘だったよ(笑)

4点あったのに追いつかれたから、1個1個アウトを取るしかないと思って、1個のボール、1個のアウトに全力でやってきた!

 

━━そんな最強バッテリーを倒したんですね!

菅原:岩井監督が「準決勝(春日部共栄高校戦)前に梅雨明けする」と予言していて、そしたら準決勝当日に梅雨明けして快晴!監督の一言のおかげで暑い日を想定して準備してきていたから、その時点でマイナスなポイントはなかったなって思う!

 

 

━━高校生活はどんな3年間でしたか?

菅原:みんなで寮から学校に行って練習して一緒に帰ってきて食事してお風呂に入って寝る!大学の寮生活よりも各自での行動がなかったからか、とっても濃い3年間だった!

 

 

━━甲子園を目指す全高校球児に一言お願いします!

菅原:勝つことも大事だけれど、気持ちが結果に繋がると思うから、まずは県大会から楽しく野球をやってほしい!

 

 

 

 

菅原のインタビューは以上となります。

 

「甲子園楽しかったな〜」と呟いていた菅原

この後も、感情豊かに全力でプレーする高校野球の魅力を語り合いました🗣

甲子園で一躍注目を浴びた菅原には知られざるエピソードがたくさんありましたね☺️

 

 

 

 

 

2人目は中京大中京高校出身、3年・松島元希

 

 

松島が甲子園球場でプレーをしたのは2020年最後の夏での一戦のみ。

 

 

みなさんは、2020年夏の野球界における悲劇を覚えていますでしょうか?

世界的に蔓延した新型コロナウイルスの影響で、甲子園球場で行われる全国高等学校野球選手権大会が戦後初めて中止となりました。

それは「甲子園に行きたい」という全高校球児の夢がついえた悲報でした。

 

“コロナ世代”と呼ばれる当時の高校球児がどのように感じ、どのように受け止め前に進んだのか…

 

 

実際の声をズバリ聞いてみたいと思います👂🏻

 

 

━━まず、中京大中京高校を選んだ理由を教えて!

松島:県内の強い高校だからかな。

実は高校で通用する気がしなかったから野球はやめるつもりでいたんだよね。でも中京の監督に猛アプローチしてもらって、必要とされている場があるなら野球を続ける価値があると思って進学を決めた!

 

 

━━中京大中京高校でよかったと思うことはある?

松島:神宮大会優勝して日本一になれたこと!

 

━━その時どう思った?

松島:喜ぶよりも先に、みんなで甲子園も頑張ろうという感じだったかな!結局甲子園は無かったんだけど…

 

 

━━コロナウイルスの影響で甲子園中止が決定したときの率直な気持ちを教えて!

松島:春の甲子園が無くなるっていう想像ができなかったらみんなで落ち込んでたよ。落ち込んでたってよりかはみんなイライラしてたかな…全体練習も3ヶ月間くらいなくなったし。

 

 

━━野球中心の生活がいきなりなくなってその3ヶ月間はどうやって過ごしてたの?

松島:最初の1ヶ月は外出禁止だったから、人がいない夜中に散歩したり、勉強とか料理したり…

野球部のみんなでオンラインで繋がってゲームもしてた!懐かしい(笑)

 

 

━━全体練習がやっと再開できるってなった時のチームはどんな雰囲気だった?

松島:どうせ夏の甲子園もないんじゃないか、もう坊主もやめてもう次の代だ…って思ってしまって、気持ちを保つことが難しかった。試合をするにしても本当に気持ちが入るのか、みんなとたくさん話した記憶があるよ。

 

 

━━色々な方の尽力のおかげで独自大会ができることになっても「よーし!」ってすぐにはなれなかったんだね。

松島:独自大会があったからモチベーションは何とかたもつことができたけど、なかったらもうそのまま終わりだったじゃん。今思えば独自大会があって良かったなって心から思うけど、それ以前に甲子園があったら良かったなって今でも思う…

 

 

━━独自大会の開催が決定した時のチーム状況は?

松島:その日から全員空元気で練習してたよ(笑)甲子園に行けるわけではないし、「甲子園で優勝したい」とか定まった目標が無くて難しかったよ。

でも「高校野球の3年間を締めくくるにあたってこのままでいいの?」って監督に言われて、「このままじゃだめだ、最後は勝って終わろう」ってチームのみんなで話した!そこから気合い入れて練習頑張った!

 

 

━━独自大会、高校野球最後の一戦はどうだった?

松島:勝っても負けてもこれで終わりという試合で悲しい気持ちもあったな。最後はサヨナラで勝って、「これで終わりか…」ってみんな泣き出しちゃってつられて号泣してた(笑)

 

 

━━松島にとって最初で最後の甲子園はどんな場所だった?

松島:ディズニーランドみたいな!夢のような素晴らしい場所!

小さい頃甲子園の試合を見てかっこいいなと思って、野球を始めるきっかけにもなった甲子園で、最後終わることができたから、自分にとって甲子園は思い出の場所です!!

 

 

 

━━高校時代、切磋琢磨したライバルがいたら教えて!

松島:それはもちろん、高橋宏斗(現中日ドラゴンズ)!!

東京タワーみたいな存在で、有名でも何でもなかった自分は宏斗がいたおかげでちょっとでも近づこうと思って頑張れたんだよね。

目標の位置(高橋選手)があったからモチベーションも常に持てたし頑張れたのかなって思う!

 

━━今でも連絡は取る?

松島:仲良いよ!高校の頃も3年間一緒に登校してた!

 

 

━━印象に残っている試合はある?

松島:神宮大会準決勝の天理高校戦、先発だったんだけど今までにないくらいボコボコに打たれて、その時に初めての挫折を味わって「このままじゃだめだ」って本気で思った。この一戦は自分のターニングポイントになった試合だと思う!

 

 

━━高校生活はどんな3年間でしたか?

松島:人生の分岐点だったな〜。高校で野球をやめるかどうか、活躍するかどうか、大学で野球を続けるかどうか、高校の監督や親、チームメイトが居なかったらここ(明治大学)に来ることは無かったと思うから、色々な意味も含めてそう思う!

 

 

━━ 甲子園を目指す全高校球児に一言お願いします!

松島:強い弱い関係なく、高校球児の第一目標である甲子園を全員に目指してほしい!目指すことに価値を感じるから、勝ち負け関係なく目指してきたものが高校野球で一番大切なものだと思うかららひたむきにボール1球を追って野球頑張ってください!

 

 

 

 

私も野球部マネージャーとして”コロナ世代”を経験しました。先が見えない中で選手のモチベーションをどうやったら高められるのか、たくさん悩んだことをインタビュー中に思い出しました。

 

甲子園が中止になるという想像もできない事態が起こり、当時の高校球児はどのように前に進んでいたのか興味深い話を聞くことができました!💪🏻

 

 

 

今回のインタビューは以上となります!

甲子園で一躍有名になった菅原と、目標であった甲子園が中止になってしまった”コロナ世代”の松島

この2名のインタビューはいかがだったでしょうか?

 

少し長くなってしまいましたが、甲子園が高校球児にどれだけ影響を与え、どれだけ大きな場所なのか改めて実感することができました😌

 

 

 

ここで、「甲子園ってどんな場所?」企画は一旦中断!

8月から始まる高森キャンプ、サマーリーグの情報をお届けした後、8月中旬に第5弾、第6弾をお送りします!

楽しみに待っていてください!📣

 

 

次回は、高森キャンプやサマーリーグ、夏季オープン戦、秋季リーグ戦等、今後の部での活動の紹介を行います!お楽しみに🏕

 

 

甲子園に出場する全国の高校球児のみなさん!

暑さに負けず最後の夏全力で頑張ってください!🔥

 

 

 

それでは本日はこの辺りで失礼します。

 

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