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『僕の野球人生』第9回 植村友貴内野手

『僕の野球人生』第9回

植村 友貴 内野手(4年/灘)

植村③

植村②

我が身を抓(つね)って人の痛さを知れ
ということわざがあります。この原稿を書いている日の練習でもキャッチボール中に首を痛め、次の日の練習も「通院のため欠席」となることが危ぶまれるような状態の僕は、このことわざの意味を文字通り痛感する大学野球生活を現在進行形で送っています。

そんな僕ですが、小学生の頃は、海外に住んでいてライバルチームの数が少なかったことや、チームメイト、コーチに恵まれたこともあり、楽しい思い出ばかりでした。

中学では、進学校に入ったこともあり、野球経験があったというだけで、低学年の頃から試合に出させてもらいました。自分たちの代では、一から練習メニューを考えて取り組みました。当時の監督が就任して以来十何年と一度も勝てたことのなかったらしい中学にサヨナラ勝ちをした試合は今でも自分を励ます時に思い出しています。引退するまでにチームメイトと何度もぶつかりましたが、今では毎日のように連絡を取り合う仲です。

高校低学年の頃は、大学までの長い付き合いとなる靖大(古川/投手/4年)と亮太(長谷川/外野手/2年)、頼もしい先輩方と共に公式戦の勝利に向けて練習を積み重ねましたが、兵庫県の高いレベルに阻まれ、全ての試合で、僅差での負けを喫しました。自分たちの代になると、怪我や受験勉強などで中学の頃からの中心メンバーが次々に部を去り、一つ下と合わせても9人に満たない状態となってしまいましたが、秋と春の大会はなんとか助っ人に来てもらってなんとか出場に漕ぎ着けました。最後の夏は多くの有望な1年生の加入や、当時の監督の指導もあり、それなりに戦えるチームになりましたが、現実は厳しく、結局全ての公式戦で涙を飲む結果となりました。とはいえ、ここでもかけがえない仲間が出来ました。

ただ、今思うと、高校までの自分は野球に対しての向き合い方が本当に未熟でした。自分のことを客観視して、出来ないことを受け入れ、その上で出来ることを積み重ねるという当たり前のことに甘さがありました。そのツケなのかはわかりませんが、中1の夏には今でも膝に痕が残るオスグッド病になり、その冬にイップスになり、高校で自分の代になって数回の練習試合を終えた後に股関節を痛めて好調だったバッティングを崩し、それに伴って肩も痛めて、ひどい時はキャッチャーの返球すらままならず、最後の夏まで痛み止めを飲むことになりました。

結局そのツケは大学まで響き、高校から引きずった肩の怪我や3回を数えた腿の肉離れ、一時期は毎日のように寝違えていた首の痛み、と今までにない頻度で体のあちこちが悲鳴をあげてきました。技術や体力の面で、自分よりレベルの高いチームメイトの存在を前に、殻を破る必要に迫られ、今までにない負荷がかかったことが原因でしょう。怪我をする度、無事此れ名馬という言葉の重みを実感していました。メンバー外として過ごす日々では、自分の野球の実力を客観視する機会が増えましたが、リーグ戦で勝負するチームメイトを尻目に、今までの自分の取り組み方がいかに甘かったかを思い知らされるばかりで、逃げ出したいと思うことも多々ありました。腐りそうな時には、選手を断念してまで自分たちのサポートに回ってくれた洸ちゃん(吉田/マネージャー/4年)と守上(マネージャー/4年)をはじめとする、自分に期待をかけてくれる人達の顔を思い出して踏ん張りました。しかし、自分にとって、野球というスポーツはあまりに難しく、頭でわかっても身体で表現出来ないことや、昨日出来たのに今日出来ないことなど、理想と現実のギャップと向き合う日々を過ごしているうちに、首脳陣の信頼を得られないまま、気づけば引退まであと1ヶ月となっています。

もっと野球が上手くなりたいという一心でここまで野球を続けてきましたが、もしかしたら、高校までは心の中で自分の取り組みの甘さに気付いていたことが、次のステージでも野球を続ける原動力となっていたのかもしれません。ただ、今は違います。大学では自分の身体が壊れる限界まで野球を追究できたと言えるからこそ、野球の大舞台で強い相手を倒すという小さい頃からの夢をきっぱりと諦め、大学野球を最後に別の夢に向かう覚悟が固まりました。野球でやり残したことは、頼もしい後輩達や野球を続ける同期、ファン球団、そしてパワプロ君に託したいと思います。

自分の野球人生に関わってくださった方々へは、恩返しになるようなレベルに到達することが出来ず、申し訳ないという思いで一杯ですが、今の自分があるのは間違いなく皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。特に、いろいろな面でサポートをしてもらい、自分自身が納得できるまで夢を追わせてくれた両親には、感謝してもしきれません。これからの人生でぼちぼち恩返しをして行けたらと思います。

最後に、野球というスポーツは自分には手に負えないとても奥の深いものでしたが、得られるかわからないものを得るために犠牲を払い、失敗を重ね、いろいろな痛みを知りながらもなんとか前に進もうとした経験によって、より他者の痛みに寄り添えるようになりましたし、当たり前だと思っていた様々な幸せに気付くこともできました。また、今後の人生で直面するであろう様々な試練を乗り越えるための大きなエネルギーにもなってくれるはずです。自分は、野球というスポーツと出会えてよかった、ここまで野球を続けてきてよかった、と心から思えて幸せ者です。こんなに多くを与えてくれた野球人生の最後に花を添えられるよう、最後まで野球と向き合って、楽しんで、チームの勝利に貢献したいと思います。

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次回は9/27(月)、榎本内野手を予定しております。

お楽しみに!