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『僕の野球人生』第28回 小野悠太郎学生コーチ

『僕の野球人生』第28回
小野 悠太郎 学生コーチ (4年/渋谷幕張)

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「野球の楽しさ」、「勝利の尊さ」「1点、1ストライク、1ボールを取る喜び」。これらを再び教えてくれたのは東大野球部での4年間でした。真剣勝負の野球人生も残り1週間程となり、この思いが増す毎日です。

拙い文章ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

自分が野球に出会ったのは幼稚園の頃です。初めはバットを振っても上手くボールを打てませんでしたが、初めて上手く打って遠くに飛ばした時の感触が気持ち良くて忘れられず、それ以降野球がどんどん好きになっていきました。

小学3年生の頃から塾に入ったのもあって地域の野球チームには入りませんでしたが、毎日のように公園で野球をして家に帰ったらパワプロをして好きなロッテ戦を見るという野球少年だったと思います。

受験を経て中学校では念願の野球部に入りました。球速を買われ、投手として使っていただきましたが1年の秋に肘を壊してしまいました。その当時の自分は楽観的で、しばらく投げなければ完治してすごい投手になれるだろうと考えていました。しかし半年間ボールを投げなくても完治しなかったりと、それからの野球人生では常に肘痛と向き合わなければなりませんでした。(今でも肘痛に悩まされ、手術をしなければ完治しないことが最近判明しました。泣)

そのため、中学の途中からは投手の道を諦め、主にサードとして試合に出場しました。

高校でも野球部に入りました。高校ではそれまで好きで続けていた野球が次第に辛く目を背けたくなる時期もありました。

入部当初は15人いた同期が次々と辞めていき、2年の秋には7人だけになりました。必死に引き止めても仲間が辞めていってしまい無力さを感じる日々でした。

新チームでは副将を努めサードのスタメンとして試合に出ていました。しかしメンタルの弱さからか守備でエラーを連発してしまったりと自分のことに精一杯になってしまい、チームの勝ち負けにこだわる余裕がなくなっていきました。次第に試合に出るのが、野球をするのが怖くなりました。

仲間が辞めていったり、野球をするのが本当に辛くなる中、野球部を辞めるという気持ちは全く起きませんでした。弱い自分から目を背けて逃げたくなかったからだと思います。

そうして最後の夏の大会を迎えました。結果は初戦敗退。呆気なく最後の夏が終わってしまいましたが、この試合は大きな転機となりました。この試合には応援団や沢山の友達が駆けつけて応援してくれ、このような舞台でもっと戦ってみたいという思いや、このまま野球をやめてしまっていいのかという思いが強まりました。元々、東大野球部が六大学野球という日本最高峰の大舞台で並み居る強豪を相手に奮闘していることを知っており、興味を持っていた自分はこれらの思いから東大野球部に入って神宮のフィールドで活躍したいと思うようになりました。

野球部に入って活躍することを目標に掲げて勉強に励み浪人の末、東大に合格することができました。

合格発表当日に期待を胸に入部届を出してその数日後から練習に参加し始めましたが、レベルの高さを痛感する日々でした。朝5時半に家を出て帰るのは夜という毎日で入部して3ヶ月は殆どボールを触れず、ひたすらランメなどの体力トレーニング漬けでした。

身体的にも精神的にもきつい日々が続きましたが、先輩方が神宮で戦う姿はやはりとても輝いて見え、自分もあの場所に立ちたいという思いが強まりました。

しかし1年生の間はサードでの競争が激しく、試合で結果を出せなかった自分はリーグ戦はおろかフレッシュなどにも出ることはできませんでした。その後オフシーズンで練習を重ね少しずつですが手応えを掴みつつあった中、突如コロナ禍となってしまいました。部としての活動が2ヶ月ほど停止され、それまでとは一変して野球が出来なくなり、仲間とも会えずモチベーションは最悪でした。

一人で考え込む時間は増え、果たしてこのままでリーグ戦に出れるのかといったことを考える中で、入部当初にも考えはしたけど肘の爆弾から断念したピッチャー転向が頭に浮かぶようになりました。正直先行きは全く分かりませんでしたが、やらないで後悔するより思い切ってやってみようと2年の7月ごろから転向しました。

しかし現実はそう甘くはありませんでした。ランメで肉離れをしてしまうし、いくらトレーニングを積んでも、肘の状態は良くなるどころか悪化していくばかりで実力は向上しませんでした。色んな病院にいくら通院しても肘の痛みは原因不明で希望を見出すことは次第に出来なくなりました。

2年生の終わりになるとキャッチボールすら限界になったため選手を続けるのを諦め、学生コーチに転身しました。本当に情けなく、悔しかったです。自分が神宮でプレーするのを楽しみにしてくれていた両親には申し訳なさで一杯で、転身したことを中々伝えることができず、父親に伝えた時に自分は号泣してしまいました。

怪我を治療しながらの選手継続に縋ることも出来ましたが、それでも自分は学生コーチに転身しました。その理由は自分の身を賭してでも東大野球部を勝たせたい、一選手として燻っているよりも胸を張って東大野球部が勝ったと言えるようになりたいと思ったからです。

この時点で野球部を辞めることを微塵も考えなかったあたり、やっぱり何だかんだ野球が好きで、とにかく勝ちたいという気持ちがあったんだろうなと思います。

そうして学生コーチになったものの、それまではただ自分自身のことをやればよかったのに対して、今度は120人程のチーム全体のことを考えなければならなくなったので、初めは視野が狭く上手くいかないことが多かったと思います。

しかしその中でもノックはこだわりを持って取り組んできました。選手が上手くなるように、試合で取れない打球がないように、常にノックの技術向上を目指し、選手に頼まれたノックは決して断らずに打ってきました。(そんなことねーよっていう人がいたらごめんなさい笑)今でも選手が「ノックのおかげで取れた!」などと言ってくれるのは本当に嬉しいです、ありがとう。

そして3年春の最終戦、入部してから初めて勝ちました。役に立てたことは多くなかったですが本当に嬉しかったです。そして自分らの代になり、これまで怒涛の日々を送ってきて気づけば残るカードは法政戦のみとなりました。

この一年、学生コーチとして大きな裁量を持って取り組みをさせていただきました。チーム全体を見渡しつつ、練習体制やメンバー決め、起用決めなど様々なことをしましたが、どれも大きな責任が伴うものであり、選手として実績がない自分がその判断をしていいのか葛藤する場面もありました。実際に決定したことに関して選手と強く対立したこともあります。自分に出来ることは、選手に対して精一杯誠意を持って取り組んで信頼される学生コーチになるしかありませんでした。

自分達学生コーチの判断を受け入れてくれた選手達には感謝しかありません。

今春からはベンチで指示を送るなどして一緒に戦わせてもらっています。ずっと憧れ続けた舞台の神宮でプレーするみんなは本当にかっこよく、輝いて見えます。生き生きしています。神宮でプレーできないことが正直今でもすごく悔しいと思うほどに、です。

その中で1つ思うことがあります。それは「東大野球部は間違いなく強い」ということです。あの舞台に立てる人も立てない人も誰しもが必ず何かしらの挫折を経験し、それでも逃げ出さずに歯を食いしばって自分に、そして他大学という強敵に立ち向かう人間の集まりです。そんな集団が弱いはずはなく、その一員として戦えることを誇りに思います。

ここまで長くなってしまいましたが、最後に感謝の言葉を述べさせていただきます。

同期のみんなへ

未熟で頼りない学コだったかもしれないけれど、信頼してくれてありがとう。ノックも沢山受けてくれてありがとう。

みんなが生き生きと野球をする姿を見て野球の楽しさ、野球が好きだということを思い出せたし、みんなとの4年間は本当に濃くて充実していて大切なものでした。

最後法政戦、勝ち点を取ろう。

後輩のみんなへ

自分達学生コーチ陣について来てくれてありがとう。今苦しんでいる人や、きっとこれから苦しむ人もいるかもしれない。けれど、神宮での勝利というのは何にも変え難いものだし、誰にだってあの場所に立つチャンスが残っている。大学の貴重な4年間を懸ける価値が確かにあると思うので頑張ってほしい。そして東大を勝利が当たり前のチームにしてほしい。応援してます。

4年学生コーチの2人へ

まずは袋(島袋/4年/学生コーチ)。長い間学コを一緒にやらせてもらったけど、今年のチーム学コは袋がいてこそだと思います。破天荒なお前に付き合うのは楽しくて飽きない日々でした。ありがとう。

次にたかしげ(奥田/4年/学生コーチ)。たかしげの野球への情熱や野球観には圧倒されるばかりで沢山助けられました。引退したら沢山寝てください。

2人と寮で、毎日夜遅くまで眠い目を擦りながら話し合った日々は悪くなかったです。法政戦まで駆け抜けましょう。

応援部へ

どんなに悪天候の日でも、どんなに大差で負けていても変わらずに声援を送ってくれました。皆さんの声援は必ず自分たち野球部の力になっています。最後法政戦で勝ち点をとって喜びを分かち合いましょう。

これまでの友人達へ

みんなの応援は本当に励みになりました。ありがとう。

最後に両親へ

これまで何不自由なく野球を続けさせてくれてありがとうございました。神宮で活躍する姿を見せられなかったのは申し訳ないけれど、これからの人生で恩返ししていけるように頑張ります。

これまで何度も負けて本当に悔しい思いをしてきました。それでも強い東大を証明するためにも最後の法政戦、必ず勝ち点をとって最下位を脱出してみせます!

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次回は10/17(月)、島袋祐奨学生コーチを予定しております。

お楽しみに!