「語り継がれる神宮の瞬間」
私が初めて東京六大学野球を観たのは、昭和三十年春の早慶戦に幼稚舎生として応援に参加した時である。初めて見る大学生のお兄さんたちのプレーと力強い応援は、九才の子供にはとてもまぶしく感じられた。それ以来、慶應の生徒、学生として、早慶戦を見続けていた。
時が流れて、まさか自分がそのベンチにいることになろうとは・・・。平成十四年の秋のシーズンから慶應の野球部長として毎試合ベンチに入ることになったわけだが、最初のシーズン早慶戦1回戦の試合前にグランドに出た瞬間は、本当に足が震えた。ベンチ前からスタンドを臨む。東京六大学野球を応援する多くの人が見えたとき思った。「そのひとにとっての六大学野球」「そのひとにとっての、あの日、あのプレー」があるのだと。
そしてその記憶が語り継がれる・・・。それがこの学生野球の素晴らしいところだと思う。
定年を控えて昨年末で慶應の野球部長を退任し、今シーズンはスタンドから声援を送っている。部長時代は、もちろん自チームのプレーに一喜一憂し、ピンチには自分の心臓の音が直接聞こえてきた。相手がミスをしてでも得点が入ると、とにかく嬉しかった。相手がファインプレーをすると、とにかく悔しかった。
しかし、今スタンドから見ていると、自チームの勝利を願いながらも、相手チームのファインプレーには拍手を送りたくなるし、相手チームのエラーにはその選手の気持ちを察したりしている。初めて六大学野球全体を楽しめる心の余裕が出てきたのかもしれない。
昨年秋の第三週のこの欄で岡田淳子さんが、「前回のプレーオフから二十年。早慶六連戦から五十年。そろそろプレーオフが観たい」と書いておられる。そしてそのシーズンは早慶五十年ぶりのプレーオフで幕を閉じた。私の部長としての最後の試合でもあった。
選手と応援が一体となった興奮の集大成の最終試合。東京六大学野球に係わったひとりとして語り継いでいきたい。