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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第8週(通算96号) 掲載
2015年10月28日発行

マネージャー時代の苦労話はと聞かれ、30数年前の事を思い出しています。
マネージャーに成りたての頃は朝から夜までの電話当番、先輩の頼み事が多くて、ちょっと苦でした。
仕事を先輩マネージャーから教わり、見様見真似で勉強して、少しずつ慣れていきました。

4年生の時に主務になりました。部内では監督と部員との間に立ち、また、先輩諸氏、学校、連盟、他大学との窓口、責任者の様な事が主だったと思います。小さな苦労が多々あったような気がしますが、覚えていません。それだけ一所懸命だったのかも知れません。

シーズン前には都内に勤務する先輩を訪問して、足が棒になる位、パス券をお願いして回りました。多くの人に出会う事で自分の視野や見識が広がり、非常に感謝しています。勿論、試合ではベンチに入り、監督の横に座り、スコアーを付けていました。ベンチからは相手チームの応援ばかりが見えて、初めて早慶戦の時に早稲田のライト側の応援が見えた時は感激しました。

チームの状態が良くない時はそれなりの苦労もありましたが、それも今となっては良い思い出です。
マネージャーとして過ごした3年間は自分にとって、大変、貴重でその後の人生において、かけがえのない財産となっています。

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第7週(通算95号) 掲載
2015年10月21日発行

明治大学を卒業後、㈱神戸製鋼所で社会人野球を12年間続けさせていただき、その後2001年(平成13年)より東京六大学の審判員を仰せつかり、現在も神宮球場に立たせていただいております。

大学時代の想いでは何と言っても4年生最後の秋季リーグ戦で優勝出来た事であります。結果的にこの優勝が島岡御大最後の優勝となってしまいましたが、島岡御大を胴上げ出来た事は最高の想い出として、自分の心に刻み込まれております。

優勝を決めたのは最終戦(第7週)の法政戦でした。1勝すれば明治が優勝という状況の中で、第一戦を1-0で勝利し、優勝を決めました。その優勝を掛けた法政戦の前日、4年生にとっては実質的には最後の練習となりますので、4年間良く頑張った、という意味合いで島岡御大が4年生に対して慰労会(昼食会)を開いて下さいました。練習終了後、外野芝生上にブルーシートを敷き、その上での昼食会でメニューは「お煮しめ」です。いざ食べ始めようと思った寸前に、「お煮しめ」に鶏肉が入っていない、と島岡御大が猛烈に怒り出し、鶏肉が出来るまでもう一度練習をやり直せ、となりまして、3年生以下も呼び戻して再度ウォーミングアップから始め、全く同じ練習をやり直した、という出来事もありました。二度目の練習終了後、ブルーシートの上で島岡御大を囲みながら、鶏肉入りの「お煮しめ」を4年生全員でいただきましたが、皆が涙を流しながらご馳走になった事も忘れられない想い出です。

現在は、東京六大学の他に都市対抗大会・春夏の甲子園大会に審判員としてグラウンドに立たせてもらっております。審判の難しさ、奥の深さを噛み締めつつ、神宮球場に立たせていただけるという感謝の気持ちを忘れずに、今後も東京六大学リーグの発展に少しでも貢献出来れば、と思っております。

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第6週(通算94号) 掲載
2015年10月14日発行

本年で90年を迎えた東京六大学野球連盟では、去る9月13日に明治神宮野球場三塁側の敷地におきまして「東京六大学野球連盟結成90周年記念植樹祭」を厳かに執り行いました。当日は明治神宮外苑関係者と当連盟関係者の約70名が参加、ユニフォーム姿の主将6名が「ユズリハ」を植樹しました。

「ユズリハ」は春に枝先に若葉が出た後に、前年の葉が譲るように落葉することから、代々その歴史が続いていくというように見立ててこのような記念植樹に適した木と言われています。三塁側の11、12番入口前に80周年で植樹した「アオダモ」の隣に並んでいますので、ご来場の際は一度ご覧いただければと思います。

春の全日本大学野球選手権大会では当連盟代表として出場した早稲田大学が見事に優勝して90周年に華を添えてくれました。現在秋季リーグ戦の真最中ですが、秋季リーグ戦の優勝校にはなんとしても明治神宮野球大会の優勝旗を持ち帰ってもらい、12月6日に開催される90周年祝賀会において「天皇杯」を囲むように日本一の優勝旗を2本一緒に展示したいです。

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第5週(通算93号) 掲載
2015年10月7日発行

今から35年前、1980年4月12日(土曜日)、春季リーグ戦の開幕日。初めて見るリーグ戦、球場全体の熱気に感動し、また、憧れの東京六大学野球、立教大学野球部の一員になれたと実感した日でした。

私が立教に入りたいと思ったのは、高校3年時の勉強会に参加し、その後も熱心に添削・助言などの受験指導をしていただいたことにあります。入学・入部できたのも野球部のおかげと本当に感謝しています。

当時の立教大学野球部は1966年春季リーグ以後優勝がなく、いわゆる低迷期と言われた時代でした。柱となる選手もいましたが、チームの総力としては他校に及ばないことが多く、二桁得点され大敗したり(チャンス法政は本当にイヤでした)、最下位の屈辱を味わうこともありました。しかし、部員全員が力を結集して早稲田・慶應・明治・法政・東大に立ち向かい、一戦一戦必死に戦ったことを今も鮮明に覚えています。

最後に、当時、常に叱咤激励していただいた野球部長浜田陽太郎教授(元立教大学総長・故人)の言葉を紹介します。「学生としてまずあるべきこと、その上で野球がある」。現役の選手諸君にこの言葉を送ります。

                       頑張れ 東京六大学野球選手諸君

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第4週(通算92号) 掲載
2015年9月30日発行

大学での4年間、色々想い出がありますが、特に印象に残っているのが3年の秋、マニラでのアジア大会に東京六大学の選抜チームの一員として参加させてもらったことです。
遠征前には早大安部寮に泊まり込んで、安部球場での合宿になりました。それまで私は他校の選手と話をしたりすることはなかったのですが、そこで他校のメンバーと親睦を深めることが出来たし、早大の主将、大塚さんとは同部屋でお世話になりました。

練習では慶大・広野さんや法大・田淵君の飛距離、慶大・江藤さんのミートの良さに驚かされ、早大・八木沢君のコントロールと早大・三輪田君の豪速球にびっくりしました。一番の衝撃は明大・高田君のバックホームでそれまで私が見たことのないボールでした。

このチームの監督は石井藤吉郎さん、マネージャーは長船騏郎さんで、お二人には大変お世話になりました。団長の外岡茂十郎先生の大会挨拶の一節「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」はいまだに私の心に残っています。

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第3週(通算91号) 掲載
2015年9月24日発行

マネジャーとして野球部に入部し、毎週神宮に通っていた頃から、早いもので、もう35年が経とうとしている。当時の先輩から「マネジャーがしっかりしているチームは強い。だから選手以上に勉強し、精進を重ね、チームのために汗を流せ!」と言われた記憶が甦る。素晴らしい選手を擁しながら、優勝は叶わず、監督の胴上げも出来なかったのは、主務であった私の責任であったと言わざるを得ない。

しかし、4年生の秋、こんな取材を受けた。タイトルは「なぜ、もてるチーフマネ」。当時の福島敦彦監督の指導は、選手には勿論だが、マネジャーに対してもすこぶる厳しかった。挨拶、電話応対、文書の書き方、そして切手の貼り方まで、私が今、実践女子大学で教員として学生に伝えている「社会人基礎力」そのものである。この経験が企業からすれば即戦力として期待されていたからだと記事には書かれている。

「一人の立派な選手である前に、ひとりの立派な学生であれ!」福島監督の人材育成の信念でもあった。
マネジャーに対しては、さらに「学生時代に、社会で通用するすべての経験を重ねるように!」という、ありがたい指導をいただいたのだと思う。どんなに時代が変わっても、マネジャーの果たすべき役割は極めて重要である。よくマネジャーは縁の下の役割と言われるが、考えてみれば事業戦略、人事、広報、財務と、社会人として今後経験する多くの仕事体験が出来る、貴重な役職なのである。

選手、コーチ、スタッフ、マネジャー、それぞれが課せられた役割を遂行し、併せて誰もがリーダーシップを担える組織が最強である。貴重な大学生活を野球に懸ける学生たちの更なる成長を見守っていきたい。そして何よりマネジャーたちの大いなる成長と飛躍を心から期待したいと考えている。

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TOKYOROCKS!2015 特別号 秋季リーグ第2週(通算90号) 掲載
2015年9月16日発行

昭和59年に法政大学を卒業してから、7年後の平成3年、東京六大学野球の審判員を引き受け、今年で25年目になります。
神宮球場に審判員として初めて立った時の、あの感激と緊張感は今でも忘れることはありません。選手としてグラウンドには立つことはできなかったので、喜びと感動でいっぱいでした。

しかし、その後、幾多の試練が待っておりました。まさに、精神鍛錬、修行の場であります。審判の難しさ、厳しさが段々とわかってくると、今度はグラウンドに立つのが怖くなってきました。六大学の審判を始めて5年目の時でした。
「審判も慣れてくると、大きな落とし穴が待っているぞ。」と、審判を始めた頃に、先輩審判の方に言われたことが、わかった時でした。

審判に慣れてくると、緊張感が薄れてきて、集中力が欠けてくると、言うことだと思います。選手に違和感を与え、自分でも納得がいかない判定をすることが目立つようになってきたのです。慣れというのは、一番怖いということを思い知らされました。以来、常に「基本に忠実に、初心を忘れずに」の精神を持ってグラウンドに立ち続けています。
そして、試合の判定だけではなく、審判の立場から、六大学の先輩方が築いてきた「戦う相手を常に尊敬し、ルールを尊重して戦う。」ことを常に選手たちに言い続けています。

相手を尊敬することができれば、フェアなプレイが行われ、ルールも守られます。
それを選手に試合を通じて、伝えることができるのが審判であると思います。
今年、東京六大学野球連盟が創立90周年を迎えました。今日の東京六大学野球の今日の隆盛があるのも、先輩方が築き上げた伝統を継承し、その精神を引き継いでいるからであると思います。

「知識は学問から、人格は野球から学ぶ。」という六大学野球に受け継がれる、学生野球の精神は、今でも日本の野球界をリードしてきていると思います。
今後も六大学野球の精神が引き継がれ、全国の野球ファンが集う場所となっていくことを願っております。